第十四話
傭兵団の出立から三日が経過した昼過ぎのことだった。
今日も賑わう広場で店を出していた商人たちが、不思議そうに首を捻っていた。
「なぁ。領主が遠征に出たらしいが、いつ戻るんだ?」
「本当にな。この時期に遠征に出て、結婚式は一体どうなるんだ。延期するのか?」
「領内の様子は変わらないし、延期だなんて話も聞いていないが、さてどうだろうな」
領民たちはいつもと同じように過ごしているが、数日前に比べるとどうにも数は少なく見える。きっと傭兵として領主と共に遠征に出たからだろう。
ベルガー領が傭兵団として有名なことは商人たちももちろん知っているが、まさかこのタイミングで仕事に行くとは思わなかった。
これで主役でもある領主が戻らず結婚式が中止にでもなれば、持ってきた縁起物などは途端に用を失ってしまう。これは明らかな損失である。
商人たちは市場の隅に集まってどうしたものかと唸っていたが、商隊のいくつかが顔色も変えずにいるのを見て思わず声を掛けた。
「おい、あんた達はこれからの商売をどうするんだ」
声を掛けられた商隊のリーダーは、薄ら笑いを浮かべ、そして荷物として馬車の荷台に積んでいた反物を取り出すとそこからするりと長剣を抜き去った。
抜き身の鋼が陽光を反射してギラリと光る。
商人たちは信じられないといった顔で目の前の長剣を見た。
反物に武器を仕込むのは密輸の常套手段であって、真っ当な商人としては禁じ手でもある。
「あ、あんたたち一体……」
サッと顔色を失った商人が後ずさる。
そんな商人を見て、武器を手にした商人は高らかに言った。
「俺達ァ、俺達の『商売』をするのさ!」
商人らは男達のその口振りに、目の前の相手が商人などではなく、奪うことを生業にするならず者達であるのだと察した。
この領地では少し前に野盗を返り討ちにしたばかりだと聞いていたから、商人たちはすっかり油断していた。
機を窺っていたのか、広場のあちこちで武器を突きつけられた商人たちが悲鳴を上げている。
いつの間に入り込んだのか、賊の数は多く、その場に居合わせたベルガー領民も状況に困惑し、丸腰であるのを理由に逃げるか逃げきれずに拘束されることしか出来なかった。
ベルガー領主が主力を引き連れて領を出れば、領地に残ったのは非戦闘員と防衛用の人員のみ。
しかも警備の兵は領を守るために外側に配置される。屋敷を守る人員だってたかが知れている。
よもや商隊を偽装し、しばらく前から既に領の中心部に賊が潜んでいるとは思うまい。
賊らはこのまま他の商人たちの荷を根こそぎ奪い、そしてベルガー領主の屋敷を制圧する算段で手分けして動き出したのだった。
太陽の輝く最中、まさに白昼堂々の襲撃であった。
「──ミア様!」
「どうした」
バン!とノックもせずに勢いよくドアを開け、今は司令室となったベルンハルトの執務室に飛び込んだのは、広場に買い物に出ていたメイドの一人だった。
息を切らせながら彼女は叫んだ。
「広場に賊が! 奴ら、商人に扮装してたようです!」
「ほう?」
「いかが致しましょう」
伺う様子のメイドの言葉に、ミアは少しだけ考える顔になった。
ベルンハルトから任された隊は屋敷に控えさせている隊と、周囲の警戒にあたらせている隊とがある。
外回りの隊に使いを出して広場へ向かわせるには時間が足りないし、かといって屋敷に控えさせている隊は引き続き屋敷とマリアを守らなければいけない。
あぁ、まさか領主の不在にこのようなことが起こるだなんて。
そしてミアは決断を下した。
「よし、鐘を鳴らせ。これは緊急事態だからな」
「はい!」
バタバタと駆けていくメイドが廊下の窓から何やらハンカチを振って合図を出すと、すぐに屋敷の鐘楼から鐘の音が辺りに響いた。
その音を聞き、これは鐘を鳴らすのを待機していたなとミアは苦笑してぽりぽりと頬を掻いた。
「……ベルンハルトには後で謝っておくか」
しかしその口振りは、とても今まさに広場に賊が出現しているとは思えないほど気楽なものだった。
──鐘が鳴る。
教会の鐘とは違う、どちらかといえばジャーンと響く独特な音の鐘だった。
遠くまで響く鐘の音に気づいた領民は、あるものは家に飛び込み、ある者は近くに設置された鐘台に上り、吊るされた小型の鐘を同じリズムで鳴らした。
そうして辺り一帯に鐘の音が響くと、領内に入り込んでいた賊らはどうやら自分達の存在がバレたようだと悟ったが、けれどこれだけの人数相手に傭兵の残りカスに何が出来るのかと鼻で笑うのみだった。
ベルガー領は確かに国内最強の傭兵団であるが、今領の中心部に残っているのは傭兵を生業としていない者、つまりは戦えない者たちである。
「以前の恨み、今こそ晴らさせて貰うぜベルンハルトォ!」
野太い声で叫ぶのは、以前この領を襲おうとしてあっさり返り討ちにされた野盗の一人だった。
ちなみにその際は領境でボコボコにされたので、領内に入ったのは今回が初である。
「おい、目的を忘れちゃいねぇだろうな!」
「うるっせぇな! 婚約者とかいう娘っこだろう!」
「そうだ。生捕りにしねぇと金が出ねぇぞ」
「チッ」
横から水をさされたことに舌打ちをしつつも、賊らにとってこれはビジネスであるので報酬が減るのは頂けなかった。
ベルンハルトの婚約者の令嬢を攫い、身代金をたっぷりふんだくった上で皆の前で憎きあの男を全裸で土下座させてやる。
野盗らはそんな下衆な目的のために今我先にとベルガー邸へ向かっていた。
「早いもん勝ちだってよ」
「おい、他のやつらに遅れ取んなよ!」
屋敷に向かい、色んな方角から野盗たちは武器を手に駆けていく。
途中で畑の柵を倒し、逃げ惑う人々をせせら嗤う。
勢い付いた野盗たちの背に、緊急事態を知らせる鐘の音が響いていた。




