第十一話
領民たちから貰った品々を一旦ヴォルフとローザに預けたベルンハルトが最後にマリアを案内したのは、街の外に広がる農地だった。
そこには一面に白い花が咲いており、花の手入れをしているのか何人かの領民の姿も見える。
農地というからには野菜だとか穀物だとかを想像していたマリアは、突如現れた美しい花畑にきょとと目を丸くしてベルンハルトを見上げた。
「ベルンハルト様。ここは?」
「ここは……」
言いかけたところで、二人は作業していた農民たちに声をかけられて説明は一時中断する。
背の高い年嵩の女性が子供達と共にニコニコしながら領主様と近づいてきて、ベルンハルトは軽く手を上げて応えた。
「領主様、花の方は順調ですよ」
「あぁ、そのようだな。マリア、紹介しよう。ミア・ゼットだ。元は傭兵で俺の剣の師匠でもあるが、数年前に引退して今ではこの辺の畑の管理を任せている」
「そうでしたの。ベルンハルト様のお師匠様ですのね。初めまして。マリア・アーシェ・ラカンと申します」
元傭兵と聞いてマリアの頬がポッと紅潮した。
その顔には大きく「かっこいい」と書かれており、ミアはマリアの様子に目尻に皺を刻みながら優しく微笑む。
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。領民一同ラカン令嬢を歓迎しておりますよ。ふふ、こんな可愛らしいご令嬢が若様に嫁いで来てくれるだなんて、長生きはするものですね」
「あら、まだお若いのに」
「おやおや嬉しいことを仰ってくださる。どれ、ご令嬢に何かお土産を差し上げませんとね」
言いながらミアは子供達に遊んでくるように促し、自身は近くの畑から花を一輪手折るとマリアの耳の辺りに挿し込んだ。
「若様のお達しで育てた花です」
「ベルンハルト様の?」
花を飾られたマリアがきょとと首を傾げると、そこでミアは悪戯っぽくウインクをしてベルンハルトを肘で小突いた。
とても一領民が領主にしていい行為ではないが、当のベルンハルトは何やら照れくさそうに目を伏せて咳払いをひとつする。
「……結婚式に飾る花を……」
「まさか、この畑のお花全部ですか?」
「あぁ。少ないよりは多い方が良いかと思ってな。家族と離れてこのような僻地に嫁ぐのだから、せめて式が華やかになれば君の慰めになるかと思って……」
結婚式にどのくらいの花が必要になるかわからない。
だが、きっと少ないよりは多い方が良いだろう。
そう思って新しく開墾したエリアで花を育ててみたのだと説明したベルンハルトは、急に無言になったマリアに視線を向けてギョッとした。
「な、どう、どうしたんだ。やはりやり過ぎてしまったのだろうか?」
ベルンハルトの視線の先ではマリアがポロポロと涙を零している。
まろい頬を伝う涙は途切れることがなく、ベルンハルトは婚約者の泣き顔にひたすら狼狽えていた。
「ベルンハルトさま……」
ほろほろと頬を伝う涙もそのままに、マリアはベルンハルトを見上げた。
「私のために、ありがとうございます。とても、とても嬉しいです」
睫毛を涙で濡らしながらマリアは微笑む。
まるで朝露を含んだ野の花のような可憐な笑みだった。
マリアは新興貴族であったが故に、伝統を重んじる貴族社会の中では爪弾きにされることが多かった。
だから本当は受け入れて貰えるのか、少しだけ不安だったのだ。
自分から強引に望んでしまった婚約を、ベルンハルトやベルガー領民にどう思われているのだろうか。こんなぽっと出の小娘など、領主の結婚相手に相応しくないと言われてしまわないだろうか。
領地に来て皆から歓迎される度に少しずつそんな不安が消えていき、これなら大丈夫かもしれないと思ってきた頃にこの花畑を見せられて、マリアの感激メーターは勢いよく振り切れて元々脆い涙腺が呆気なく崩壊したのである。
「結婚式もまだなのに、もうこんなに幸せでいいのかしら」
レースのハンカチで目元を拭ってマリアが笑えば、ベルンハルトはものすごく真面目な顔で頷いた。
「君がいつも幸せであるように、俺は今後も出来ることは全てしていくつもりだ」
「まぁ。では私もベルンハルト様を幸せに出来るようたくさん頑張りますね」
「これ以上の……幸せを……?」
「えぇ! だって私とっても嬉しくて幸せなんですもの! ベルンハルト様にも同じか、もっと幸せになってほしいわ」
婚約者が尊いと天を仰いだベルンハルトを見て、ミアはとうとう耐え切れずに笑い出した。
「あっはっは! あのベル坊がすっかり骨抜きじゃないか!」
ひぃひぃと笑い過ぎて涙まで流しながら、ミアはバシバシとベルンハルトの背中を叩く。ベルンハルトに剣を教えた元傭兵の腕力で力一杯叩かれるものだから、いかなベルンハルトといえど、その口からは時折うぐ、と低い唸り声が漏れた。
ちょうどそこに荷物を預けてヴォルフとローザが合流したのだが、二人とも状況がわからなさすぎてキョトンとしている。
「え、これどういう状況?」
そう呟いたヴォルフに、ミアが簡単にベルンハルトとマリアの二人がどれだけ仲睦まじい様子を披露していたかを伝え、もう一度声を上げて笑った。
「あー、ミア姐さん。こいつラカン令嬢のことになると途端にポンコツになるんスよ」
ミアの様子を見て全てを察したヴォルフは、ベルンハルトと共に剣を教わっていた頃のように慣れた様子でミアにそう言うのだった。




