ジョゼットの本性
何の話だったの? と顔を輝かせてしつこくガエルにすり寄るジョゼットに、父に言われたことを投げやりに告げる。
「父上から……廃嫡だと言われた」
「え? 廃嫡? なに?」
「勘当されたという事だよ。跡取りは私しかいないというのに!……何の身分もない平民になれという事だ」
「どういうこと⁈ なにそれ! おかしいじゃない! なんでそんなことになるのよ! せっかくあの忌々しい女が死んだのに何でそんなことになるのよ! あのくそ爺に文句言ってやるわ!」
「お前何を……」
その下品で粗野な発言を聞いて、腐っても貴族のガエルは血の気が引いた。
高位貴族である父に対しての暴言、そもそもそのような言葉を発することさえ信じられなかった。
ジョゼットとの間には埋められない溝がある。父が身分というものを重んじる意味、それを反故にするならそれなりの覚悟を持てといった意味がようやく本当に理解できた気がした。
この発言は使用人が聞いており、そのまま伝えられるのだろう。
自分を見放した父は冷ややかな顔をして、それみたことかとその報告を聞くのだろう。
「ガエル! あなたはそんなふざけたこと言われてはいそうですかと引き下がってきたというの? 相手はただの耄碌じじいじゃないの、力で脅せば言うこと聞くわよ! 取り消すように言いなさいよ!」
ジョゼットの暴力を何とも思わないような発言の数々にぞっとする。
可愛くて朗らかなジョゼットは幻だったのか。
本性はこんな醜い女だった? ……自分の見る目のなさに絶望する。
「いい加減しろ! 何を言っているんだ!」
「何言ってるじゃないでしょ! せっかく貴族になったのに平民に戻るですって⁈ 何のためにあんたの愛人やっていたと思ってるのよ! いい生活ができるからってこれまで猫被って我慢してたんでしょうが!」
「お前、はじめから私の金と身分だけが目当てだったのか! 本気で私が好きならもっと必死に勉強するはずだもんな!」
ジョゼットとの交際をずっと反対し続けていた父の忠告を聞かなかった自分の愚かさを思い知る。平民と貴族という身分差がある以上、一番懸念し、慎重に見据えるべきことだったのに。
ジョゼットからすれば自分などさぞかし世間知らずで騙しやすかったのだろう。
貴族令嬢にはない距離の近さと純真な愛情表現、豊かな表情と積極性に自尊心をくすぐられ、一緒にいて居心地がよかった。本当に愛されていると思っていたし、ガエルも本当に愛していたからこそ少しの無作法は目をつぶっていたというのに。
屈辱に憤ったガエルが立ち上がってジョゼットを見下ろすと、はっとしたようにジョゼットは笑顔をとりつくろった。
「ち、ちがうわ。あまりにものショックで取り乱しただけなの。愛するあなたを支えるために侯爵夫人になるつもりだったと言いたかっただけなの。ね? ごめんなさい。あなたを廃嫡するなんてひどいお義父様だと思って」
「……」
ガエルは、眉間にしわを寄せたまま縋りつくジョゼットを振り払うと部屋を出た。
「あなた!」
ジョゼットは両の手を握り締めてその後姿を見送るしかなかった。