後悔の足音
当然のごとく、父からお茶会も食事会の誘いもないまま、そしてジョゼットも何の成長もないまま日だけが過ぎていく。
その間も、何度かベールの女性の姿を庭で見かけるようになった。
仕事関係なのか友人なのかはわからないが父と懇意にしているは確かだ。
自分たちには関係がないというのに、いまだ父に会ったことのないジョゼットはそれを見てイライラし、本邸に突撃しそうになる。
そんなジョゼットの気をそらすためと気晴らしのためにガエルは友人の屋敷を訪れた。
その友人から今度王宮でパーティがあると聞くことになる。
「え? そのような話聞いてないが?」
「招待状はもう届いてるはずだけどな」
「まあ、王宮で! とても楽しみだわ」
ジョゼットが両手を合わせて喜ぶ。
「いや……いきなり王宮のパーティは厳しいんじゃないかな」
ガエルは暗に連れていくつもりがないことをほのめかす。
「大丈夫よ。黙ってあなたのそばにいればいいんでしょう。それくらいできるから連れていって!」
ガエルの腕をつかんでねだるジョゼットを見て、友人が笑う。
その視線には少しあざけりが含まれていて、微笑ましいという温かい感情などなかった。
いくら親しい友人の家とはいえ、ジョゼットのお菓子の食べ方やお茶の飲み方は品がなく荒っぽい。王宮どころかどこのパーティにも連れていけるわけがない。
そんな友人の視線に気が付いたガエルは少し恥ずかしくなった。
学生時代から付き合っていたから、この友人もジョゼットのことをよく知っているし二人の仲を認めてはくれていた。だが、あくまでも愛人にしておいた方がいいと忠告もしてくれていたのだ。
セラフィーヌの急死というチャンスにジョゼットと結婚したものの、ジョゼットがこれほど貴族夫人としての勉強を拒否するとは思わなかった。これでは表に出すことは永遠にできないだろうと最近はガエルでさえあきらめている。
姿勢よく、微笑みを浮かべ黙って傍にいるだけのことがどれだけ大変なのかでさえジョゼットはわからないのだ。
「パーティの参加は父が決めることだよ。貴族の決まり事というのは難しいんだ」
「ほんとね、堅苦しいだけで意味がないことばかりね。でも大勢の人が集まるのだし行ってしまえば何とかなるでしょう? 連れていってね」
ジョゼットの無駄な自信と友の冷たい笑みを湛えた友の視線に、ガエルは頭が痛くなった。
しかしガエルとジョゼットにパーティの招待状が届くことはなかった。
そのパーティ当日。
礼服に身を包んだ父のフェルマンが、素晴らしいドレスを身にまとったベールの女性をエスコートして馬車へ向かうのが見えた。
(そうか、あれは父上の大切な人だったのか。もしかしたら再婚するつもりか? それなら二人で領地に行ってくれれば、こちらは自由にできるな)
楽観的に今後を考えて二人を見る。
嫡男である自分が誘われていないのは合点がいかないが、ジョゼットが妻としてまだ認められていないから仕方がないと納得もしていた。
今後のためにも本気でジョゼットには頑張ってもらわなければならないと思っていた時、それを一緒に見ていたジョゼットが離れを飛び出した。
「おい、ジョゼット!」
ガエルは止めようとしたが、ジョゼットは素早い動作で父のもとへ向かってしまった。
「お義父様! ガエルの妻のジョゼットです! 初めまして! お会いできて光栄です! 今日は王宮でパーティあるんでしょう? 後継者のガエルの妻として参加しますわ!」
フェルマンは冷ややかにジョゼットを見たあと、追いかけてきたガエルを見た。
「父上、申し訳ありません。おい、ジョゼットやめろ」
「どうしてよ! 家族でもない女も連れていくんでしょう? 次期侯爵夫人の私が行かないなんておかしいじゃない」
その言葉を聞いてフェルマンは鼻で笑った。
フェルマンが執事のオーバンに頷きかけると、オーバンの指示で使用人たちがジョゼットとガエルを足止めした。その間にフェルマンと女性が馬車へとむかった。
去り際にフェルマンはがちらりと視線をガエルに送り、またすぐに女性に笑いかけて去っていった。
父の笑顔を見るなど何年ぶりの事か……ガエルは訳の分からない焦燥感にかられた。
「ちょっと、話くらい聞いてくれてもいいでしょ! 私はあなたの娘になったのよ、無視しないで連れていきなさいよ!」
ジョゼットは納得がいかず、去り行くフェルマンの背中に向かってなお稚拙で乱暴な言葉をぶつける。
「いい加減にしろ! 父は当主で侯爵だぞ!」
「関係ないわよ、だって親子じゃない。なんの遠慮がいるのよ!」
一度も正式に挨拶をしたことも、紹介されたこともない。
父上と義理とはいえ親子というような関係も築けていないのに、自分より目上のこの家の当主であるフェルマンによくぞ悪態をつけるものだと恐ろしくなる。
ここまでくれば平民という身分など関係なくジョゼット自身の資質がひどく低いとしか言いようがない。いくら次期侯爵夫人になろうとも、いや、だからこそわきまえなければならない事がある。
愛人の時にはそれほどわがままも言わず非常に愛らしく思っていたジョゼットが、結婚してからはその立場に安心したのか慢心したのか、嫌な面が目につくようになった。
無学で努力しようとしないだけでなく、性根の悪さがどんどん露呈してきたジョゼットが侯爵夫人にふさわしいわけがない。
しかし結婚した以上、変わってもらうしかない……本当にそんな日は来るのだろうか。
セラフィーヌはどんな目に遭っていても我慢し、かつ気品を失わなかったというのに。父がジョゼットとの交際をあれほど反対していた理由がようやくわかった気がした。