再婚
ガエルは離れで自由気ままに過ごしていた。
仕事の大部分を父に取り上げられたが、大きな責任から解放されてありがたいくらいだった。いずれ、父の後を継いで重責を背負うのだからもう少し気楽な立場でいさせてほしい。
ガエルはそんな浅はかな考えで父のもとへ謝罪に行くことも、鍛えなおしてくださいと頭を下げにいくこともなかった。
流石にこれまでのようにジョゼットを自由に屋敷に呼ぶことはできなかったが、これまで以上に彼女との愛をはぐくんだ。
それから半年ほどして、父にジョゼットと籍を入れたいと相談した。
それを聞いた父の顔はなんの表情もなく、ただしばらく黙ってガエルの顔を見た。
「……それがお前の結論なんだな。もう私は口を出さない、好きにすると言い」
そう言ってジョゼットとの結婚を許可してくれたのだ。
一時は愛人として生きる覚悟もしてくれていたジョゼットはひどく喜んでくれたが、大々的に結婚式を行うことはできなかった。
結婚の許可はくれたがお披露目の許可も資金も与えられず、仕事をろくにしていない自分にはその費用を捻出することができなかったのだ。
それでも叶わないと思っていたジョゼットとの結婚を許されたことがうれしかった。
「ガエル、私たちは本邸に入ってはいけないの?」
「こちらの離れを丸々自由に使っていいと言われているんだからいいじゃないか」
「お義父様はいまだに会ってくれないし……一緒に暮らして仲良くなりたいわ」
「離れのほうが気兼ねなくていいじゃないか」
父が戻ってきてからは本邸や庭は見違えるように綺麗になっていた。
これまではジョゼットの事でガエルの意をくんでくれてることもあり、使用人たちに厳しくすることはなかった。目につくところをきれいにしていればそれでよしとしていたのだ。
そのため屋敷をきれいに維持することさえできなかったガエルは本邸に入る資格はないと父に言いわたされていた。
ガエルも厳しい父と一緒に暮らして小言を言われるのなら、こうして離れでのびのびと気ままに暮らすほうが楽なのだ。
「そうだけど……」
少しむくれたように唇を尖らすジョゼットは可愛い。だがいまだ貴族としての常識や所作が身についていない。
そんな無邪気な部分も惹かれるところなのだが、このままでは侯爵夫人として表に出ることはできない。
ジョゼットは使用人に対しても分け隔てなく親しく振舞い、またガエルに気に入られていることから前の使用人たちには好かれていた。というかジョゼットに物申す様な使用人は首にしたり、辞職していったためガエルのいう事を聞く使用人ばかりになっていただけなのだが。
しかし、いま本邸にいる使用人たちは質の高いものばかりでジョゼットに対して厳しい態度をとるだろう。
ガエルにも一線を引いた対応をするため、本邸で暮らすなんて息が詰まりそうなのだ。
離れと言っても、平民が暮らす一軒家よりも大きくて十分な広さがあるのだが、ジョゼットは本邸にこだわる。
「前の奥様の部屋は本邸だから……認めてもらってないと思うと悲しくて」
悲しげにうつむくジョゼットをガエルが慰める。
「すまない。でもあれだけ反対していた父が結婚を許してくれたんだ。これからだよ」
「それは嬉しいわ。だからこそお義父様に会いたいの」
「僕はまだ跡取りに過ぎないから勝手なことはできない。当主の父に許可をもらわなければ」
「貴族って大変なのね。自分のお父さんだし自分の家なのに」
「そういうものだ」
「せめて一度でもお茶をご一緒できると嬉しいのだけど……私のような平民などおこがましい望みね。ごめんなさい」
泣きそうな顔をしてジョゼットはガエルにそっと抱き着いた。
「いや、妻にと望んだのは僕だから。だが父と会うためにお茶の作法を一緒に学ぼう」
「……はい。頑張りますわ」
父のフェルマンは一度もジョゼットに会ったことがない。会おうともしてくれなかった。
父は身分や礼を重んじる、良くも悪くも貴族らしい貴族。
せめて、最低限の所作やマナーを身に着けないと合わせるわけにはいかない。
しかしジョゼットは子供でもできる当たり前のマナーができない。平民だからそれは仕方がないが結婚してからもジョゼットは上達しなかった。
交際中は、愛人の自分には貴族のマナーなどは必要がないと言っていたし、ガエルも必要はないと思っていた。
しかし結婚したとなれば別だ。マナー講師を呼んでもすぐにめそめそ泣いてしまい、真心があれば大丈夫だと思うのと言って諦めてしまう。
ようやく結婚が叶い、自分の妻として、侯爵家の一員となるために必死で努力してくれるものだと思っていた。
が、少し当ては外れてしまった。
確かに平民のジョゼットが貴族夫人としての教養やマナーを身に着けるのは大変だという事は理解している。徐々にここの生活に慣れれば必要性を理解し、ジョゼット自身に学ぶ意欲もわいてくれるだろうと期待するしかない。
最近は社交界にも参加させて欲しいとか、当主である父と一緒にお茶をしたいとか恐れ知らずなことを平気で言うのも無知ゆえだろう。
ジョゼットを未来の侯爵夫人として社交界に出すことが出来るのだろうか……そんな思いがわずかに胸をよぎった。




