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妻の処理

「父上、ただいま戻りました。妻が申し訳ありません。ご迷惑をおかけいたしました」

 すでにセラフィーヌから自分の所業を聞いているのではないかと冷や冷やしながら父の前に立った。

 父の顔はいつも通りの無表情ではあったが、怒っている様子はなくほっと胸をなでおろした。


「お前とセラフィーヌは離縁させる」

「は?」

 いきなりそう言われて戸惑った。 

 突然なぜ? 色々追い出す理由を考えたり、今日の言い訳を考えたりしていたのに。

 しかし労せず離婚できるのは嬉しい。思わず顔が緩みそうになる。

「そ、それは仕方がありません。あいつは当家にとって害悪でしかありませんでした。最後にこのような面倒までかけて。私の見る目がなかったばかりに申し訳ありませんでした」

 ガエルは口角が上がるのを隠すために、頭を下げた。


「……。お前は彼女の容態が気にならないのか?」

「あ、いえ。もちろん心配しております、不出来とはいえ妻の事ですから。それで彼女の容態は?」

 セラフィーヌが何も言っていないという事はまだ話せる状態にないのかもしれない。

 自分にとってはラッキーな状態だ。そのまま使用人に看病させ、さっさと送り返してしまえば父にばれる心配はない。

「ふん、興味はなさそうだな。お前にとってどうでもよい妻なのか」

「そ、そんなどうでもよいという事は……」

 そうやら勝手に嬉しさが表情に出ていたようで慌てて弁解する。

「彼女の件は処理済だ」

「しょ、処理?! セラフィーヌはまさか亡くなったのですか⁈」

 その言葉に思わずガエルは大声が出た。

 

 不要で煩わしい妻だと思っているとはいえ、流石に屋敷の池で溺れて死んだとなればいい気はしない。しかも事故なのか自殺なのか。自殺だとすれば自分の冷遇が原因……そうなれば非常にまずい。遺書などなかったのだろうか、不安が押し寄せる。

 しかし父はセラフィーヌについてはそれ以上何も話さなかった。

 これ以上踏み込んで藪蛇にならないよう、それ以上こちらから聞けなかった。ただ責を問われなかったので自分のせいではないのだと胸をなでおろしたのだった。


「ここにいた使用人もほとんど解雇する」

 妻の処理に続いて驚くような発言をしたのだ。

「ええ⁈」

「ろくに仕事もできないような者たちに支払う金はない」

「何か粗相を?」

 ガエルのその発言を聞いてフェルマンは大きなため息をついた。

「……もうよい。もう少しお前は有能だと思ってこちらの屋敷を任せていたのだがな。時期尚早だったようだ。領地には代理領主を置き、私はしばらくこちらに滞在する。お前に任せていた事業も執務も一から確認する必要がありそうだな」

「なっ……父上!」

「決定だ。下がっていい」

 ガエルは昨日まで自分の執務室だった部屋を父に追い出されたのだった。



 数日後、呼び出されたガエルは父のフェルマンから険しい顔で調査結果を告げられた。

 使用人たちの教育・管理不足は言うに及ばず、事業や執務にもたくさんの問題が見つかったのだ。ガエルは次期侯爵として全てにおいて能力不足であり、王都を任せるのは時期尚早だったと判断された。

 すべての執務、指揮はフェルマンが取るようになり、情報もすべて父に集約され統制されるようになった。

 自分に都合がよかった使用人たちは一掃されてしまい、父が領地から連れ帰った者や新たに雇い入れられた質の高い使用人たちに入れ替わってしまった。

 そのせいで簡単に情報を得ることができなくなり、結局セラフィーヌがどうなったのかも含め何もわからなくなった。

 ただセラフィーヌの部屋がきれいに片付けられ、私物がすべて運び出されているのを見て、生きていようと死んでしまっていようと文字通り処理されてしまったのだと悟った。


 ガエルを無能だと厳しいことを言った父だったが、やはり嫡男である自分が大切なのだろう。

 だからこそセラフィーヌの件がクローズ侯爵家とガエルの醜聞にならないよう事故そのものを隠ぺいし、なかったことにしてくれた。

 ただ、仕事をおろそかにしていた事は許せなかったらしく仕事を取り上げられたうえ、敷地内にある離れで過ごすように命じられた。

 必要最小限の使用人たちだけ与えられ、ガエルには書類整理のようなわずかな仕事しか回されなくなった。


 

「一時はどうなるかと思ったけど悠々だなあ」

 仕事を取り上げられ今までの様な自由な生活ができなくなるのではないかと心配していたがこうして離れで面倒を見てくれている。

 平民の恋人のこともいつの間にか調査され、まだ付き合いが続いていたことがばれた。

 それについても怒られることなく自分で考えて好きにしろと言ってくれたのだ。

 自分の思っていた通りやはり再婚であれば平民であっても良いと判断してくれたのだろう。彼女を日陰の存在にしなくて済むと思うと満足だった。

「最後の最後に夫孝行してくれたものだ」


 セラフィーヌの死を悟った時、それまで冷遇してきたことに少しばかりの後ろめたさがあったが、働かずに金を得ることが出来て、堂々と恋人を会えるようになるとセラフィーヌへの罪悪感はすぐに消えてしまっていた。

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