生存を知る 2
ガエルはジョゼットがいなくなった今、侯爵家に戻ることができるのではと実家に戻った。
しかし、門番が取り次ぐことはなく、父ともセラフィーヌとも会うことはかなわなかった。
どうにかして貴族に戻ることしか考えていなかったガエルは勝手知ったる屋敷に侵入しようとしたところを捕まり、騎士団へと突き出された。
セラフィーヌとの間に息子が生まれてから、フェルマンは屋敷の警備をより厳重にしていたのだ。
フェルマンは容赦なく通報した。
バカ息子とはいえ心が痛んだが大切な妻と子供を守るため、そして今度こそ自省してほしいと国に処罰をゆだねたのだ。
そんな親心はついぞガエルには届かず、牢に入ってる間ずっと平民の女に騙されたと怒り、妻に裏切られたと喚き、父に切り捨てられたと嘆いてばかりで一向に自分を顧みることはなかったという。
結果、ガエルは10年間の労働ののち、王都及びクローズ領への立ち入り禁止を命じられた。
その労働は国が推し進める治水工事で、河道掘削がガエルに与えられた仕事だった。
力仕事などしたことがないガエルが、毎日重いつるはしを振り上げて土を削る。弱弱しい力では削れる土はわずかで全く進まない。周囲の作業員や監督官からも厳しい声が飛ぶがさぼっているわけではなかった。これでも必死だった。もう腕が痛くて重くて本当に限界なのだ。
後ろからどやされてつるはしを持ち上げようとしたが、うまく支えることができず地面に倒れこんでしまった。
周囲から邪魔だとどやされたがもう体が動かなかった。
冷たい言葉を浴びせられ、頑張っても労いの言葉もかけてもらえない。
これだけ頑張っているのに誰も自分を……と考えて、セラフィーヌにしたことが胸によぎった。
何の瑕疵もない彼女に、八つ当たりで冷たく当たり散らした。自分の都合で騙すようにして結婚したのに。使用人たちからも冷遇され、挙句の果てに死の縁へ追いやった。
なんてひどいことをしたのだろう。自業自得の自分でさえこれほど辛く、苦しいというのにセラフィーヌはどれほど悔しく、辛かっただろう。
自分がこのような目に遭って初めて自分の犯したことの非道さにようやく気が付いた。
「申し訳なかった……すまなかった」
ガエルは監督官に邪魔だと引きずられながら、届きもしない謝罪の言葉を口にした。
「役立たずはここにいろ。かわりに今日は夕飯は抜きだからな!」
監督官にそう言われ、現場から少し離れた場所で突き飛ばされる。
いつもなら貴族の私にこんなことをして覚えていろなど文句をいうところだが、大人しくうなずいた。
怪訝な顔でガエルを見た監督官だったが、すぐに現場に戻っていった。
その次の日から、なかなか即戦力にはならないもののガエルは文句を口にせず作業に取り組むようになった。通常の作業員と違い、刑罰として作業に参加しているガエルには監視だけでなく定期的な面談も義務付けられている。
その面談でも、これまでのふてぶてしい態度から一転してセラフィーヌに対して謝罪の言葉を述べるようになった。父のフェルマンにも迷惑をかけて申し訳なかったと、これからは自分の罪を償うために生きていくと伝えて欲しいと話した。
その報告を受けたフェルマンは、しばらく目を閉じた。
その背中をセラフィーヌが優しくなでる。
「フェルマン様の想いが届いてよかったですね」
「いや、すまない。こんなことでほっとするなど君に申し訳ない。あいつは許されないことをしたんだ」
「父親として子供のことを気にかけるのは当然のことですもの。あなたが彼の変化を喜び、少しでもあなたの憂いが晴れるのなら私もうれしいですわ。でも、それはそれです。ガエル様のことは今でも恨んでおりますが、あなたとこうして結婚できたので相殺してあげますわ。ですからもうフェルマン様も気にせずガエル様の事を想ってください」
「ふっ……っはは。そうか。……ありがとう、セラフィーヌ」
セラフィーヌはフェルマンをそっと抱きしめたのだった。




