セラフィーヌサイド 11
「冗談にしてもそんなことは言ってはいけないよ」
はっと我に返ったフェルマン様はきっぱりと断られた。
「冗談ではありません。フェルマン様は私の恩人というだけではありません。一緒にいて人柄にも仕事ぶりにも惹かれたのです」
「セラフィーヌ嬢……大変光栄だと思う。しかし私はガエルの父だ、あなたを辛い目に遭わせた愚か者の親なのだ。それにこれほどの年齢差を考えなさい。他にふさわしい相手はいくらでもいる」
初めは一目ぼれから始まったけど、フェルマン様の厳しさ優しさに触れるにつれてどんどん気持ちが募っていった。
「……受け入れていただけなければ神の御許へ行こうと思っております。幸いにして清い身のままですので、聖職者としてお仕えすることが叶いますので」
と悲しげに言ってみた。
「は? なんだと? あのバカはそこまで……。いや、神のもとなど……少し……時間が欲しい」
フェルマン様は少し顔を赤くして、動揺していた。
だからもう一押しした。
「ガエル様が何かしでかした時は責任をとってくださるとおっしゃいました」
「……それはそうだが。今はこの閉ざされた環境で私といることが多いからそう思っただけかもしれない。外に出ていろいろ経験してからでも遅くはない」
(初めてお会いした時から私の心はフェルマン様一筋なのですわ! いえませんけど)
初めからひとめぼれでしたなんてことは絶対秘密だ。ガエルのことを責められなくなってしまうから。
「私はフェルマン様がいいのです。外に出てもきっとフェルマン様を忘れることはありませんわ」
気持ちが高ぶったのか、勝手に涙が浮かぶ。
「しかし」
責任を盾にしてもフェルマン様は受け入れることを渋られる。
そこまで好かれていないのなら……もう駄目なのね。
「あの……大変失礼なことを言って申し訳ありませんでした。ご迷惑にならぬよう教会へまいります」
心底落ち込んだ。
泣いちゃいそう。
「それはならん」
「ですが……私はフェルマン様以外の方へ嫁ぐ気はありませんから」
「……あなたの父上を泣かせてしまうかもしれないが、よいのか?」
(それって、受け入れてくださるという事ですか⁈)
うれしすぎて涙が出る。
「ええ、ええ!」
(お父様は私のことをよく知っていますから大丈夫です! 今回のことはきっと驚くでしょうけど)
「私も……あなたのことを好ましいと思っていたがそれを口にしてはいけない立場だと理解していたのだ。これからともに歩んでくれるだろうか」
手を差し伸べてくれたフェルマン様の手が引っ込められないように、間髪を入れずがしっと掴んだ。
「はい……はい!」
とまらぬ涙をフェルマン様が優しく拭ってくれた。
フェルマン様は王宮での夜会に私をパートナーとして連れていってくれた。
屋敷を出る前にジョゼットに絡まれたのには驚いたけど、私の正体には気が付かなかったよう。
フェルマン様の前でもあのような態度をとるジョゼットにもガエルの趣味の悪さにも心底驚いたわ。
驚いたことに夜会が始まる前に陛下への謁見が予定されていた。
震えて足がすくむ私をフェルマン様が支えてくださり陛下の前に立つと、すでに諸々の事情を知る国王陛下は婚姻の許可を出してくれた。
フェルマン様はガエルの所業の件でクローズ家として処罰を受ける所存であると頭を下げた。
しかし、フェルマン様と学院の同窓生である国王は「長い間独り身だった朴念仁に春をもたらしたご令嬢に感謝する」そういって笑ってお許しくださった。陛下からの祝いの代わりらしい。
侯爵家を守り、王家に忠義を尽くすために嫡男を追放したフェルマンの英断と、冷遇され続けたのにもかかわらず侯爵家を支えてきたセラフィーヌ(となぜか美談にされている)。
ガエルとセラフィーヌの婚姻生活は実質無きに等しいことは王家が証明する。歴史ある侯爵家を守ろうとする同じ思いを持つ二人で今後とも侯爵家を守り反映させ今後とも国のために尽力するようにと言ってくださったのだ。
私はクローズ家のために何もしてないし、なんなら仕事のできないふりで嫌がらせをしていたがそこはまあ黙っておこう。
今まであまり忠誠心がなかった私だが、これからは国のために頑張ってもいいかなと思ったのだった。
晴れてフェルマン様と結婚できた私だが当面そのことは秘密にしてもらった。
ガエル達にはまだ私が生存していることも婚姻も知られたくなかった。
それを知ったらきっと抗議してくるだろうし、何か言いたくないとの意地があった。
そして与えられた試練に気が付くことも信用を取り戻す努力もしなかったガエルを、追い出す準備を着々と進められていたとき決定的なことが起こった。
日に当たった方が良いと庭でフェルマン様を待っていた時、禁じられているというのにジョゼットが庭に入り込んできたのだ。
いきなりがなり立てるジョゼットを見て、本当に何の成長もないのだと驚いた。よくこれで侯爵夫人になりたいなど思えるものだ。無知は罪……誰かの言葉だ。
大切な命に何かあってはいけないと立ち上がった私を使用人たちが庇ってくれる。
フェルマン様とは陛下の許可をもらった日に正式な夫婦になった。
その時に随分前から好きだったのだと告白してくれた。
そんなことならもっと早く言ってくだされば胸に飛びこみましたのに! と思ったが、未来ある私に幸せになってほしいというフェルマン様の愛情ゆえだったらしい。
諦めるべきだと思っていた恋を実らせることができたと珍しく高揚していたフェルマン様が大いに愛してくださったおかげで、私はすぐに新しい命を宿すことになったのだ。
その命を脅かすものは絶対に許さない。
ちらりと後方からフェルマン様と、遅れてガエルの姿が見える。
セラフィーヌはことさら怖がって見えるようにメイドに身を寄せた。
駆けつけてきたフェルマン様がジョゼットをはたいたのには驚いた。
暴力はいけなということは分かっている、でもそれが自分と子を守るためだと思うと頼もしいとしか言いようがない。
フェルマン様は、そのままの勢いでガエルごと即追い出した。
最後の情けでガエルでも雇ってくれる仕事先も用意してもらえるところだったのに、それが整わないまま放り出されていった。
痛快な気分だった。
ようやく私の幸せ結婚計画が完遂した。




