セラフィーヌサイド 7
「あれ? ここどこかしら?」
目が覚めて周囲を見渡すとまるで見覚えのない部屋だった。
壁紙や照明器具、調度品に至るまで華美だが品がある。今まで過ごしていた部屋とは全く異なる広い部屋だった。
なぜこんなところに? と考えこみすぐに思い出す。
「あ、池で溺れたんだった……」
あのまま死ぬかと思ったがどうやら助かったようだ。
ひどい態度のメイドと使用人だったが、さすがに死にかけたセラフィーヌを放っておけず助けたのだろうか。
目が覚めたらまたガエルや使用人から文句を言われるかと思うと大きなため息が出る。
ふ~っとため息をついたところで、ドアの外から足音が聞こえてきた。
ガエルか使用人だと思い、顔を合わせたくなくて目を閉じて意識が戻っていないふりをした。
キッと小さな音を立ててドアが開き、誰かが入ってくる。
「セラフィーヌ嬢はまだ気が付かないのか」
聞こえてきたのは義父の声だった。
(まああ! お義父様!)
憂いを帯びたその声にうれしくて口角が上がりそうになるのを必死で我慢する。
「はい」
メイドと思われる年配の女性が返事をする。
「もう二日も意識がないんだ。このまま意識がなければ……」
「少し湿らせる程度ですが、ガーゼを口に含んでいただいて水分だけは何とか……」
「それでは栄養が……」
メイドとフェルマンの話から情報を得る。
……二日も気を失っていたなんて危なかったのかも。
少し騒ぎを起こすつもりだけだったのに、なんだか大騒ぎになってしまったかもしれないわ。
この事故はどのように受け止められ、対処されているのかしら。
あのメイドはどうなったのか。ガエルは? ジョゼットは? そして私はどのような責任を取らされるのかしら。
何よりもこんな騒ぎを起こしたセラフィーヌを義父がどう思っているのが一番気になる。
……もう少し寝たふりしておこう。
セラフィーヌが寝たふりをしていると意外にもメイドが優しい手つきで顔を拭き、唇に湿った布を押し当てて水分を摂らせてくれる。これまでの使用人とは雲泥の差だ。
「あとは私が付いているから下がっていい」
義父の声の後、メイドが出ていく気配がする。
部屋にいきなり二人きり。
(いくら意識がないとはいえ二人きりになるなんて~! お義父様ったら! あ、でもどうしよう。二日も顔を洗ってないわ。汚い寝顔を見られるだなんて……)
泣きそうだ。
胸の内で一人騒いでいると義父がセラフィーヌに話しかけてきた。
「本当に申し訳ないことをした。あなたは婚約前にガエルの愛人のことを懸念していたというのにバカ息子を信じて問題ないと私が言ったばかりにこのような目に遭わせてしまった。この落とし前はきっちりとつけさせる。だからどうか早く目を覚ましてほしい」
義父の苦難に満ちた謝罪の言葉には、セラフィーヌを責めるような言葉はなかった。
(お義父様……やはり、お義父様は思った通りの誠実な方だわ。よかった)
もしかしたら義父が愛人のことを知っていながら放置していた可能性もあっただけに、義父の言葉にほっとした。
義父は今回のことでセラフィーヌの扱いを知ったのか、それについても謝ってくれた。
「ガエルのみならず使用人までとは……情けない、私の管理不行き届きのせいだ。すべては私の責任だ」
(ん? んん?)
耳がぴくぴくする。
悪いのはガエルと使用人たちにもかかわらず、フェルマンは自分の責任だといってくれた。
(ということは! 遠慮なく責任をとってもらえるということですね!)
「あなたのサインがあれば離婚ができるよう書類は整えてある。使用人も首にした。もうセラフィーヌ嬢を苦しめるものはないから早く目を覚ましてくれ」
(ありがとうございます! 責任をとって私を娶るためにさっそく離縁手続きなんて! お義父様も私のことを……まさかこのまま再婚とか⁈)
カァ~っと体が熱くなり顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
すると! なんと!
お義父様の手が私の額におかれた。
心臓が爆発するかと思った。
ドキドキと大きな音を立てる心臓に気が付かれてないか、荒くなる呼吸を必死で抑える。
少しひんやりした大きな手の平の感覚が気持ちよく、うっとりする。
「熱はないようだな」
そう言って手が離れていく。
離れていく手がとても寂しかった。
そのまま部屋を出ていくのかと耳を澄ましていれば、キィッと椅子を引き、座る気配がする。
その後紙をめくる音やカッカッと文字を書く音が聞こえてくる。
(どうされたのかしら?)
そろっと薄目を開けてみると、机に座ってフェルマンが書類を積んでどうやら仕事をしているようだった。
静かな部屋にカリカリとペンが文字を書く音だけが聞こえる。
私のことを心配してそばにいてくださってるんだ!
これはいよいよ本当に私のことを想っているんじゃなくて⁈
セラフィーヌは嬉しさのあまり口角が上がるのを止められなかった。
「セラフィーヌ!」
義父が大きな声で名を呼んだ。笑っているのを気が付かれたのかもしれない。
あまりにもの大きな声にびっくりして思わずセラフィーヌは目を開けてしまった。
その瞬間、義父とばっちり目が合う。
「気が付いたか! 誰か! 医師を呼んでくれ!」
すぐさま医師がやってきて、義父との二人きりの素敵な時間が早々に終了した。




