フェルマンサイド 2
フェルマンはこの屋敷で何があったのか詳細に調査した。
セラフィーヌのそばにいた二人は、今更嘘で取り繕うこともできず屋敷全体でセラフィーヌを冷遇していることを認めた。そして別れたはずの平民の女をガエルが囲い、この屋敷にも自由に出入りをさせていたと白状した。
フェルマンは怒り心頭で、関わっていた使用人たちをその場で首にし、慰労金や紹介状なしで追い出した。
調査が進むにつれて、眉間のしわとため息が増えていく。
ガエルは仕事も手を抜いていた。
高位貴族としての自覚も矜持も他者への敬意も持たない息子のガエルにひどく失望した。
結婚前にあの平民と手を切ったと嘘までつき、貴族令嬢のセラフィーヌをだまして結婚し、結果もう少しで命を奪ってしまうところだった。
これはガエルだけの責任ではない、自分も侯爵家の当主として管理しきれていなかったのだ。気が付かなかったことを恥じ、自責の念にかられた。
フェルマンはガエルにセラフィーヌの生死を知らせなかった。
ガエルが自分の愚かな所業を真に後悔するならば、自ら何があったのか調査し、責任を持った行動をするはずだ。
それは、次期侯爵としての自覚を持ち、然るべき行動をとってほしいというフェルマンの願いだった。
しかしガエルはどこまでも愚かで、フェルマンの期待をことごとく打ち砕いてくれた。
セラフィーヌは亡くなり、フェルマンがそれを亡きがらごと隠ぺいして自分を守ってくれたと思い込んだ。自殺か事故か調べることも弔おうとする意志も見せなかった。
危機管理能力や問題解決能力もない。物事を俯瞰的に見て、どう動くべきか、貴族として何を重んじるべきなのか何一つわかっていない。
このような底の浅い狡猾さだけの愚息が侯爵家を守っていけるはずはなかった。
妻を早くに亡くし、自分も仕事で忙しくて様しい思いをさせてしまった。だからと言って過剰に甘やかしたつもりはなかったが、結果を見ると間違っていたのだろう。
唯一の子を切り捨てねばならないかと暗澹たる気持ちに苛まれたが、わずかな望みをかけて、最後のチャンスを与えた。
フェルマンはガエルから主要な仕事を取り上げ、本邸を追い出して離れで暮らすように告げたのだった。
一方、なかなか意識が戻らないセラフィーヌのもとへフェルマンは様子を見に行った。
メイドが唇に水を含ませたりして一生懸命世話をしてくれているが、このままでは栄養が取れず衰弱をしてしまう。
メイドを下がらせた後、セラフィーヌに真摯に謝罪する。
「本当に申し訳ないことをした。あなたは婚約前にガエルの愛人のことを懸念していたというのにバカ息子を信じて問題ないと私が言ったばかりにこのような目に遭わせてしまった。この落とし前はきっちりとつけさせる」
自分が後押しをして、嫁いでくれた彼女に対してまさか屋敷ぐるみで冷遇していたとは思わなかった。
「ガエルのみならず使用人までとは……情けない、私の管理不行き届きのせいだ。すべては私の責任だ」
刺激で意識が戻ってくれればと願って声をかける。
「あなたのサインがあれば離婚ができるよう書類は整えてある。使用人も首にした。もうセラフィーヌ嬢を苦しめるものはないから早く目を覚ましてくれ」
セラフィーヌが死ぬと醜聞になるなどの理由ではない。
ただひたすら彼女に申し訳ないと思った。
美しく気立てがよくてこれからいくらでも未来のある若い女性が、辛い事ばかりで命を終えていいはずがない。
彼女が気が付けば愚息とは縁を切らせ、その後は彼女の望む通りの支援をする。
万が一彼女が目を覚まさなかった場合、責任をとって国王に降爵を願い出るつもりだった。
愚息との結婚に気が進まなかった彼女との婚姻を結んだ責任、使用人を管理できなかった責任がある。
その様な事をつらつらと彼女に話していると、彼女の顔が見る見る間に赤くなってきた。
熱が上がってきたのかと焦って彼女の額に手を置いた。
自分の冷たい手にほんのりと温かい額の温度が伝わる。
しかし熱がないと分かり、ほっとしてその部屋に用意した机に座った。
執務室で仕事をしていても容態が気になって仕方がなく、それならばと書類仕事をセラフィーヌの部屋ですることにしたのだ。
書類に目を通しながらも時折セラフィーヌの様子を観察していると彼女の表情が変化した。
これまで一切動かなかった表情が、一瞬口元が動き笑ったように見えたのだ。
「セラフィーヌ嬢!」
名を呼びながらベッドに近寄るとセラフィーヌの目が開いた。
「気が付いたか! 誰か! 医師を呼んでくれ!」
意識が戻ったセラフィーヌは幸いにも問題がなかった。
少し落ち着くと改めてバカ息子の所業を謝罪した。
「セラフィーヌ嬢、本当に申し訳なかった。私が息子を信じたばかりに苦しめてしまった」
私が謝罪している間、セラフィーヌは悲しみをこらえるように何度も目を伏せた。
それを見て私ははっとした。
ようやく意識が戻ったばかりのセラフィーヌに、馬鹿息子のことを話すなどあまりにも浅慮で酷なことだった。辛いことを思い出させてしまうだけだというのに。
案の定セラフィーヌの目に涙が浮かんでしまい、慌てて謝った。
「息子の話などして済まなかった。あいつは本邸への出入りを禁じている。使用人も当家にふさわしくないものはすでに解雇した。だから安心して体を休めて元気になってほしい」
実家へのサポートでも新たな縁談でも、当主としてどのようなことでも責任を取ると約束した。
本人は実家には弟が居り気を使うし、結婚もすぐには考えられないというので当家にいてよいというとほっとしたようにやっと微笑んでくれた。
ただ、あのような行動は褒められたものではないと諫めると申し訳なさそうに頷いた。
最後に離縁のための書類に署名をもらうとゆっくりと眠るように言いおいて部屋を出た。




