フェルマンサイド
必死で謝罪するガエルと大声で悪態をつくジョゼットが引きずられるように門の方へ連れていかれる。
愚かな息子とはいえ、胸が痛まないわけではなかった。
本気で後悔し改心するのなら……そんな気持ちも湧き上がってくる。
だが、何度も与えたチャンスに応えることが出来なかった愚息には侯爵家の当主となる能力も器もないことははっきりしている。
複雑な思いで二人を見送った。
「大丈夫ですか?」
妻に声をかけられ我に返り、妻をそっと抱き寄せた。
「私は大丈夫だ。セラフィーヌは体の方は大事無いか?」
憂色を浮かべたフェルマンを慮ってくれるのはセラフィーヌだ。かつての息子の名ばかりの妻で、今ではフェルマンの大切な妻である。
「はい。皆が守ってくれましたから」
大切な彼女と彼女に宿った新しい命に何もなかったと分かり心からホッとする。
怒りに任せて我を忘れたのは初めてだった。女性に暴力を振るってしまったことは恥ずべきことだが後悔はしていない。もっと早く追放すべきだった。
「……本当に良かったのですか?」
ガエル達が連れていかれた方に視線を向けた。
「ああ、ちょうどガエルに屋敷を出るように話をしていたところにあのありさまだ。自業自得だよ、怖い思いをさせて済まなかった」
「いいえ。……フェルマン様がどんなにお辛いかと思うと胸が痛みます」
セラフィーヌは悲しげに視線を落とした。
「セラフィーヌ……」
息子への失意と無念で落ち込む私を思って心を痛めてくれる心根の優しいセラフィーヌ。
彼女とこれから生まれてくる我が子のためにこれ以上愚息の事を引きずっている場合ではない。
「あいつはもうクローズ家の人間でも私の息子でもない。大丈夫だ」
虚無感や悲しみ、怒りなどすべてを飲み込み、何でもないような顔をして笑った。
セラフィーヌもフェルマンの意をくみ、少し困ったように笑ってくれた。
「これまで窮屈な思いをさせてしまったが、これからは気を張らずゆっくりとして欲しい。これで堂々と君をエスコートできるな」
重々しい雰囲気を一新させるように、愛しい妻の手を取り指先にキスをした。
たかだかそんなことでセラフィーヌは顔を真っ赤にして嬉しそうに笑ってくれる。その笑顔に年甲斐もなく胸がかき乱される。
今となっては、バカ息子がセラフィーヌを厭うてくれて本当によかった。
ガエルは定期的に手紙で王都での事業の事や屋敷のことなど報告をしてきていた。
初めのころは特に問題はなかった。しかし次第にセラフィーヌが夫人としての役割を放棄しているというような記載が追加されるようになったのだ。
宝石や嗜好品、ドレスなど散財ばかりし、屋敷の管理もせず使用人には横暴な態度を取る。社交パーティに行っては情報交換もせずただ遊ぶだけだと嘆いていた。
ただ、自分が望んで妻に迎えた以上自分が責任をもって教え諭す、それは次期侯爵になる自分の力量を示すことでもあるからと、見守っていて欲しいとガエルは言っていた。
しかしフェルマンには数度顔を合わせたことのあるセラフィーヌがそのような人物だとは思えなかった。
初顔合わせの時から綺麗な所作で、控えめながらも周りに気を配っていた。その後何度か顔合わせをしたが、顔が怖いと陰口をたたかれることもあるフェルマンにも物おじせず、きらきらとした笑顔を向けてくれる。経営も学び、父親の仕事を手伝っていたとも聞いていた。
セラフィーヌならば侯爵家を継ぐガエルの支えになってくれるだろうと判断したからこそ、ガエルの過去の恋愛を不安に思う彼女に心配ないと保証し嫁いできてもらった。
フェルマンが領地へ旅立つ時に、領地でけがや病気にかからないようにと祈念した刺しゅうを施したハンカチやハーブティなど心の籠った贈り物をくれた。それは自分だけではなく、一緒に向こうに行く使用人たちにも贈ってくれるような気配りの利く優しい女性だった。
そんなセラフィーヌが散財し、使用人を虐げているなんてとても信じられなかった。
結婚するまで本性を隠していたのだとしたら自分の見る目がなかったというわけだ。息子の手に負えないようなら侯爵家のために自分が手を出さざるを得ない。
真実を見極めるため、取り繕う時間を与えないよう先触れを出さずに屋敷に戻ったのだった。
フェルマンの急な帰還の出迎えの中に息子のガエルも妻のセラフィーヌの姿もなかった。
ガエルは仕事で外出中、セラフィーヌは先触れもない相手を出迎える必要なんかないと部屋から出てこないとタウンハウスを任せていた執事から聞かされた。
やはりセラフィーヌの本性は傲慢であったのかと少し残念な気持ちになった。
しかし、その後様子を見ているとセラフィーヌは派手に着飾っているどころか、どちらかと言えば古臭く、着古した服装をしていた。何事にも控えめで礼儀正しく何の問題もないように見えた。
セラフィーヌ以上に気になったのが屋敷の状況だった。
細かいところまで掃除が行き届いておらず、庭も放置されているところもある。使用人たちの仕事のずさんさとそれを放置しているガエルの管理怠慢が目についた。
フェルマンは使用人を叱り厳しく指導しながら、セラフィーヌのことを聞いてみたが皆一様にガエルと同じく彼女の横暴さや我がままを訴える。
だが傲慢だというセラフィーヌが手を抜く使用人たちを黙って放っておくだろうかと彼らの証言と屋敷の現状に矛盾を感じた。
そのため領地から連れてきた信頼している使用人たちに色々調べさせた。
するとやはり不審な点がたくさんあり、あの日外出すると言って一度屋敷を出た後こっそりと戻って様子を見ることにしたのだった。
その行動は正しかった。
庭に出てきたセラフィーヌが浮かない顔で池を見つめていた。
その後ろに付き従うメイドと使用人。使用人だというのに腕を組みだらけた姿勢で、とてもこの屋敷の女主人に対する態度ではなかった。
眉をひそめてそれを見ていた時、ひとりの女がやってきた。あれはバカ息子が入れあげていた平民の女だ。
別れたと言っていた女が屋敷に出入りしているのを見て、フェルマンの眉間にしわが寄る。
その女はセラフィーヌの胸から何かをむしり取ると池に投げ入れた。
女は気分よさそうに去っていき、メイドと使用人は笑うだけで何も動かなかった。
フェルマンは憤りながらもどうするのか見ていると、なんとセラフィーヌが池に足を踏み入れたのだ。
さすがに使用人たちが止めると思ってみていたが、ますます二人はニヤニヤして止めるそぶりがなかった。
これほどまでにセラフィーヌはこの屋敷で貶められていたのだ。
ガエルと使用人たちはフェルマンを謀っていたというわけだ。
フェルマンは自分付きの侍従を池に向かわせ、自分も急ぎ足で池に近づいた。
それに気が付いたメイドと使用人は真っ青になったが、その横を走り抜けて侍従が池へと助けに入った。
そのころにはセラフィーヌは転倒でもしたのかアッと思う間もなく水中に沈んでいった。
使用人が引き上げた時にはセラフィーヌは溺れて完全に意識を失っていた。
自分が連れ帰った使用人以外は信用できず、意識を失ったままのセラフィーヌを当主だけが立ち入りを許された三階の特別区域に運び、信頼する使用人に看病させることに決めたのだった。




