ラウンド2:歌詞とメロディ、国境を超える普遍性
あすか:「皆さま、ラウンド1では音楽の根源的な『力』とその信念について、魂のこもったお話をありがとうございました。それぞれの音楽の源流に触れることができたように思います。」
(あすかはクロノスに新たなテーマを映し出し、一同に示す)
あすか:「さて、続くラウンド2のテーマはこちらです。『歌詞とメロディ、国境を超える普遍性』。音楽が人々の心に届くとき、そこには必ずメロディがあり、多くの場合、歌詞が伴います。この二つの要素は、どのように絡み合い、そして国境や文化、言語の壁を超えていくのでしょうか。まずは、歌詞…言葉の力について、ジョンさん、そしてボブさんにお伺いしたいと思います。お二人の楽曲には、非常に強いメッセージが込められた歌詞が多いかと存じます。」
ジョン:(腕を組み、少し挑発的な笑みを浮かべて)「歌詞、ね。そりゃあ重要だ、あすかさん。メロディだけじゃ、ただの鼻歌になっちまうこともあるからね。俺は言葉で世界を変えたかったんだ、本気で。」
(ジョンは指でテーブルをトントンと叩く)
ジョン:「『イマジン』を考えてほしい。“国境なんてない、宗教もいらない、みんなが平和に暮らす世界を想像してごらん”って、あれほどストレートな言葉はないだろう?ごちゃごちゃ飾り立てるより、ど真ん中に言葉をぶち込むんだ。それが一番伝わるやり方だと俺は思った。『ギブ・ピース・ア・チャンス』だってそうだ。あれはデモから生まれた歌だ。みんなで叫べるシンプルな言葉。それが力になるんだ。」
「もちろん、詩的な表現や、聴く人それぞれが自由に解釈できるような歌詞も書いた。ビートルズ時代は特にそうだ。でも、ソロになってからはもっと直接的になった。ヨーコの影響も大きい。彼女は言葉のアーティストだからね。言葉の弾丸を込めて、平和って的を撃ち抜きたかったのさ。」
あすか:「言葉の弾丸…ジョンさんの強い意志が伝わってきます。ボブさんはいかがでしょうか。あなたの歌には、聖書からの引用やパトワ語(ジャマイカの言葉)が印象的に使われ、それが聴く者に強烈なアイデンティティと抵抗のスピリットを呼び覚ますように感じます。」
ボブ:(静かに頷き、その眼差しは遠くを見つめているようだ)「そうだ、シスター。言葉は魂の剣であり、盾でもある。俺たちの祖先はアフリカから連れてこられ、言葉も文化も奪われそうになった。だからこそ、自分たちの言葉で歌うこと、自分たちの真実を語ることは、生きることそのものだったんだ。」
(ボブはゆっくりと、しかし力強く語り始める)
ボブ:「『ゲットアップ、スタンドアップ』…あの歌の言葉はシンプルだが、立ち上がって権利のために戦え、という直接的な呼びかけだ。それは、ただの歌じゃない。行動を促すためのチャント(詠唱)なんだ。聖書の言葉を引くのは、それが俺たちの精神的な支えであり、バビロンシステムに対する正義の根拠を示すためだ。そして、パトワを使うのは、それが俺たちの心臓の言葉だからだ。ジャマイカのゲットーで生きる人々の、日々の暮らしの中から生まれてくる生きた言葉。その言葉で歌わなければ、本当の意味で魂は震えない。」
「メロディやリズムももちろん重要だ。それがなければ、言葉はただの演説になってしまう。だが、何を伝えたいのか、その魂の叫びがなければ、音楽はただの音の羅列に過ぎない。俺はそう信じているよ。」
ジョン:「魂の叫び、か。いいじゃないか、ボブ。俺もそう思うね。結局、どんなカッコいいメロディに乗せても、歌ってる本人が信じてなきゃ、誰の心にも届かない。言葉っていうのは、その信念を一番ストレートに表す道具なんだよ。」
あすか:「お二人の言葉から、歌詞に込めたメッセージの重要性、そしてそれが人々の魂を直接揺さぶり、行動を促す力を持つこと、痛いほど伝わってきました。しかし、ここで一つ、現実的な問いが浮かび上がります。それは『言葉の壁』です。ジョンさんやボブさんの歌詞は英語やパトワ語で書かれています。非英語圏の人々や、パトワを理解できない人々には、その歌詞の深いニュアンスや直接的なメッセージが、完全には伝わらない可能性もあるのではないでしょうか。それでもなお、音楽は国境を超える普遍性を持つと言えるのでしょうか?マイケルさん、あなたはこの点について、どのようにお考えになりますか?あなたの音楽は、世界中のあらゆる言語の人々に愛されてきました。」
マイケル:(真剣な表情で頷き、少し考える)「うん、それはとても大切な問題だね。もちろん、歌詞に込められたメッセージを理解してもらえるのが一番嬉しい。僕も、『ManintheMirror』や『HealtheWorld』みたいな曲では、言葉で伝えたいことがたくさんあったから。」
(マイケルは、ふっと表情を和らげる)
「でもね、あすかさん、言葉がすべてじゃないってことも、僕は世界中のステージで感じてきたんだ。例えば、『ビート・イット』や『スリラー』…僕の独特の言い回しで綴った、あの曲の歌詞の意味を、世界中の人が最初から完璧に理解していたわけじゃないと思う。でも、あのビート、あのメロディ、そして…ダンス。それらが一体となった時、言葉の意味を超えた何か…エネルギーというか、フィーリングというか…それが直接、人々の心に届くんだ。」
(マイケルは、指でリズムを刻むような仕草をする)
「言葉が分からなくても、僕の音楽を聴いて、笑顔になったり、踊りだしたりしてくれる人が世界中にいた。それは、音楽が持つリズムやメロディ、ハーモニー、そして声のトーン…そういうものが、人間の本能的な部分に訴えかける力を持っているからだと思うんだ。それは、まるで世界共通の言語みたいにね。」
「『HealtheWorld』だって、もちろん歌詞のメッセージは大切だけど、あの優しいメロディと子供たちのコーラスが、言葉の意味が分かる前に、人々の心に何か温かいものを届けているんじゃないかなって思うんだ。音楽は、まずフィーリングで繋がるものなんだよ、きっと。」
あすか:「フィーリングで繋がる世界共通の言語…。マイケルさんのそのご経験は、まさに音楽の普遍性を示すものですね。クロノス、マイケルさんの楽曲が、世界中の様々な文化の中で、どのように受け止められ、人々に喜びを与えているか、その一端を見せていただけますか?」
(モニターに、世界各国の子供たちや若者たちが、マイケル・ジャクソンの「BeatIt」や「BillieJean」、「HealtheWorld」などを、それぞれの国の言葉で歌ったり、あるいはオリジナルの歌詞の意味は分からずとも、満面の笑顔で踊ったりしている映像がモンタージュで映し出される。中には、民族衣装を着てマイケルのダンスを真似る人々や、小さな村の広場で皆で歌っているシーンなどもある。その映像からは、音楽が純粋な喜びとして人々に伝播している様子が伝わってくる。)
ジョン:(映像を見ながら、少し口元を緩め)「ハッ、確かにたいしたもんだ。俺の歌も、言葉の意味は分からなくても、なんか感じてくれてる奴らが世界中にいるといいんだけどね。まあ、ラブ&ピースのバイブレーションくらいは伝わってると思いたいよ。」(少し照れくさそうに言う)
ボブ:(穏やかな笑みを浮かべて映像に見入っている)「素晴らしい光景だ。音楽は魂の翼だと言ったが、本当にそうだな。言葉の壁を越えて、人々の心を自由に飛び回っている。マイケルの音楽には、純粋な喜びのバイブレーションが満ちている。それが、世界中の人々の魂を躍らせるんだ。」
マイケル:(嬉しそうに、しかし少し謙虚に)「ありがとう、ジョン、ボブ。でも、本当に嬉しいのは、音楽を通して、みんなが一つになれる瞬間を感じられることなんだ。言葉が違っても、肌の色が違っても、音楽の前ではみんな同じように笑顔になれる。それこそが、音楽の持つ最高の魔法だと思うんだ。」
あすか:「最高の魔法…本当にそうですね。マイケルさんのお話とこの映像は、メロディやリズム、そしてパフォーマンス全体が持つ普遍的な力を強く感じさせてくれます。しかし一方で、先ほどのジョンさんやボブさんのお話のように、伝えたい明確なメッセージがある場合、言葉の正確な理解もまた重要になってくるように思います。坂本さん、あなたはインストゥルメンタル音楽も数多く手がけられ、また映画音楽のように映像と深く結びついた音楽も創造されてきました。この、歌詞の持つ力と、言葉を超えた音楽の力、そのバランスや普遍性について、どのようにお考えでしょうか?」
坂本:(静かに頷き、指を組む)「歌詞の力と、言葉を超えた音楽の力…。これは音楽家にとって永遠のテーマの一つでしょうね。私自身、YMOのように歌詞のある曲も作りましたし、インストゥルメンタルも数多く手がけてきました。どちらが優れているという話ではなく、それぞれが異なる種類の『普遍性』を持っているのだと思います。」
(坂本は、落ち着いたトーンで続ける)
「インストゥルメンタル音楽、つまり歌詞のない音楽は、具体的な言葉による意味の規定から自由です。だからこそ、聴く人一人ひとりの想像力や個人的な体験と結びつきやすい。例えば、ある旋律が、ある人には喜びを、別の人には哀しみを喚起することがある。それは、音楽が聴き手の内面にある感情の引き金になるからでしょう。言葉がない分、より抽象的で、より広範な感情のスペクトルに響く可能性を秘めていると言えます。」
「映画音楽の場合は、さらに特殊です。映像という強力な情報と共に音楽が存在する。そこでは、音楽は必ずしも言葉で説明できない登場人物の微細な感情の揺れ動きや、風景の持つ雰囲気、物語の行間を補完し、増幅する役割を担います。時に、たった数音のフレーズが、何百もの言葉よりも雄弁に物語の核心を観客に伝えることがある。それは、言葉を超えた『感情の言語』としての音楽の力でしょうね。」
ジョン:(坂本の言葉に耳を傾け、少し考え込むように顎に手を当てる)「感情の言語、ね。確かに、君の映画音楽を聴いてると、セリフがなくてもグッとくる場面があるのは認めるよ。そういうのは、言葉じゃ野暮になるってことかな。…ただな、教授(坂本に向かって少し皮肉っぽく)、俺みたいに不器用な人間は、やっぱり具体的な言葉でガツンと言いたい時があるんだよ。『愛だ!』『平和だ!』ってね。誤解されたくないメッセージってのもあるわけだ。抽象的な芸術も結構だが、俺はもっと生々しいコミュニケーションがしたいのさ、音楽で。」
坂本:(ジョンの言葉に穏やかに微笑み)「おっしゃることはよくわかりますよ、ジョンさん。直接的な言葉の力は、確かに強力です。私がYMOで日本語の歌詞を用いたのも、ある種の直接性を意識した部分もありましたし、逆に英語の歌詞で、言葉の響きそのものを音の一部として捉えようとしたこともあります。それは、伝えたい内容や、音楽全体のテクスチャーによって使い分けるべきものでしょうね。」
「普遍性という点で言えば、西洋音楽のドレミファソラシドという音階や、4分の4拍子といったリズムだけが普遍的なわけではない、ということも重要です。世界には、ペンタトニック(5音音階)の文化もあれば、非常に複雑なリズム体系を持つ音楽文化も数多く存在する。そういった多様な音楽の『語法』に触れることで、私たち自身の音楽的語彙も豊かになり、結果としてより多くの人々と繋がれる可能性が生まれるのではないでしょうか。」
あすか:「多様な音楽の語法…。坂本さんのお話は、音楽の普遍性というものを、より広い視野で捉え直すきっかけを与えてくれますね。クロノス、世界には、歌詞を持たないながらも人々の心を深く打つ伝統音楽や、あるいは現代音楽の試みなど、多様な形で音楽の普遍性を示す事例があります。その一部を少しだけ見せていただけますか。」
(モニターに、日本の雅楽の厳かな演奏、インドのラーガを奏でるシタールの名人、アフリカのポリリズミックなドラムアンサンブル、そしてミニマルミュージックの巨匠の演奏などが、それぞれの文化や風景と共に映し出される。言葉はないが、それぞれの音楽が持つ独特の美しさやエネルギーが伝わってくる。)
ボブ:(映像を静かに見つめ、深く頷く)「そうだ、これだ。どんな土地の音楽であろうと、どんな楽器を使っていようと、そこに魂が込められていれば、それは人々の心に届く。言葉があろうがなかろうが、メロディがシンプルであろうが複雑であろうが、大事なのはバイブレーションだ。ジャー(神)からのインスピレーションを受け、それを正直に音にする。そうすれば、音楽は自然と普遍的なものになるのさ。」
「ジョン、あんたの言う『言葉の弾丸』も、マイケルの言う『フィーリング』も、そして教授(坂本)の言う『感情の言語』も、結局は同じことじゃないか?魂から生まれ、魂に届くもの。それが音楽なんだろう。」
マイケル:(ボブの言葉に、何かを見つけたように目を輝かせる)「ボブの言う通りだよ!魂から生まれるもの…うん、本当にそう思う。僕が曲を作る時、メロディが先に浮かぶこともあれば、歌詞のフレーズが突然降ってくることもある。時には、ただのリズムパターンから始まることだってあるんだ。」
(マイケルは、まるで音楽が聴こえてくるかのように、指を動かし、小さくステップを踏む)
「でも、一番大切なのは、そのすべてが一つになって、僕が感じている『フィーリング』を正確に表現できるかどうかだ。言葉も、メロディも、リズムも、ハーモニーも、そして僕の歌声やダンスも…全部が一体となって、聴いてくれる人の心に直接触れるような音楽を作りたいって、いつも思ってる。それができれば、きっと国境なんて関係なく伝わるはずだって信じてるんだ。」
ジョン:(マイケルの言葉に、ふっと表情を和らげ)「フィーリング、ね。まあ、確かにそうだ。どんな理屈をこねたって、聴いてる奴の心が動かなきゃ意味がねないしね。俺の『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』だって、歌詞の意味なんか誰も正確に分からないかもしれないが、あのフワフワした感じ、子供の頃の心象風景みたいなものは伝わってると思いたいよ。言葉もメロディも、結局はそのフィーリングを伝えるための道具の一つなのかもね。」(少し照れたように付け加える)
坂本:「そうですね。音楽は非常に多層的なコミュニケーションです。言語的な意味内容を伝える側面もあれば、感情や感覚、あるいはもっと抽象的な美的体験を共有する側面もある。そして、それらが複雑に絡み合い、聴き手の中で一つの体験として成立する。そのプロセス自体が、ある種の普遍性を持っていると言えるのではないでしょうか。異なる文化背景を持つ人々が、同じ音楽を聴いて、それぞれに何かを感じ取り、感動を共有できるというのは、本当に素晴らしいことだと思います。」
あすか:「魂から生まれ、魂に届く音楽…。そして、歌詞もメロディもリズムもパフォーマンスも、すべてが一体となってフィーリングを伝える…。皆さまのお話をお伺いしていると、音楽の普遍性とは、決して一つの形ではなく、実に豊かで多層的なものであることがわかりますね。」
(あすかは、スタジオ全体を見渡し、穏やかな表情で続ける)
「具体的なメッセージを伝える言葉の力。言葉を超えて感情を揺さぶるメロディやリズムの力。そして、それらすべてを包み込む、演奏者や作曲家の魂のバイブレーション。これらが織りなすハーモニーこそが、時に国境を、文化を、そして時代の壁さえも超えて、私たちの心に響き続けるのかもしれません。」
「音楽は、言葉で語りかけることもできれば、言葉にならない想いを分かち合うこともできる。なんと豊かで、なんと奥深いコミュニケーションなのでしょう。」
(あすかはクロノスに視線を落とし、次の展開へと繋げる)
「さて、音楽がこのような普遍的な力を持つとして、その力が具体的にどのように社会に作用し、私たちのテーマである『愛と平和』に貢献しうるのか、あるいはそこに潜む危険性はないのか…。次のラウンドでは、さらに踏み込んで議論してまいりたいと思います。」