ラウンド1:音楽の「力」とは何か?それぞれの原体験と信念
あすか:「皆さま、第一声をありがとうございます。音楽への熱い想い、そしてこのテーマに対する真摯な姿勢、確かに伝わってまいりました。それでは、『魂のメガヒットメーカーズ会議』、最初のラウンドを開始いたします。」
(あすかはクロノスを手に取り、その画面を一同に見せるように軽く掲げる。画面には「ラウンド1:音楽の『力』とは何か?それぞれの原体験と信念」という文字が浮かび上がっている。)
あすか:「音楽は、時に人の心を慰め、時に行動へと突き動かし、また時には社会を揺るがすほどのエネルギーを持つと言われます。皆さまは、この音楽の最も根源的な『力』とは何だとお考えでしょうか?そして、その力を最初に実感されたのは、どのような原体験だったのでしょうか?ご自身の音楽活動の原点、そして音楽を通じて世界に何を伝えたかったのか、その信念の核となる部分を、ぜひお聞かせいただきたいと思います。」
(あすかは、まずジョン・レノンに視線を向ける。)
あすか:「ジョンさん、あなたはロックンロールという新たな音楽の波に乗って世界に登場されました。その初期衝動からお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ジョン:(腕を組み、少し天井を見上げるような仕草をしてから、ニヤリと笑う)「音楽の力、ねぇ…最初はただの騒音だったのさ、大人たちにとってはね。」
(スタジオに軽い笑いが起きる)
ジョン:「俺がガキの頃、リバプールで初めてエルヴィスを聴いた時の衝撃…あれは忘れられないな。腹の底から何かが突き上げてくるような、あの感じだ。『これだ!』って思ったね。理屈じゃない、魂が震えたんだよ。それまでの退屈な日常が、一瞬で色鮮やかに変わった。あれは間違いなく『力』だった。既存の価値観をぶち壊す、反抗の力、自由への渇望…そんな感じかな。」
(ジョンは指を鳴らし、リズムを刻むような仕草をする)
ジョン:「ビートルズを始めた頃もそうだ。俺たちはただ、自分たちがカッコいいと思う音楽を、自分たちが楽しみたいようにやっただけさ。積み上げた結果、そしたら、世界中の若者が熱狂した。俺たちの音楽に、自分たちの声を見つけたんだろうな。古い世代の連中が押し付ける退屈な道徳やルールに対する『ノー!』っていう叫びをさ。だから、俺にとって音楽の最初の力は、間違いなく『解放』であり『反逆』だった。そう思わないか?」
あすか:(頷きながら、クロノスを操作する)「解放と反逆の力…ジョンさんのその初期衝動、クロノスに当時の貴重な記録があります。少しご覧いただけますでしょうか。」
(スタジオの背景モニターに、若き日のビートルズが熱狂的な観客の前で演奏するモノクロ映像が映し出される。荒々しくもエネルギーに満ちた演奏シーン、熱狂するファンの姿。)
マイケル:(目を輝かせて映像に見入っている)「…Wow.すごいエネルギーだ。観客の熱気が伝わってくるよ。」
ジョン:(映像を懐かしそうに、しかし少し照れくさそうに見つめ)「ハッ、こんな映像が残ってたか。まあ、こんな感じだったな。俺たちはただ必死だっただけだが、何かが爆発してたのは確かだ。」
あすか:「ありがとうございます、ジョンさん。その爆発的なエネルギーが、一つの時代を動かしたのですね。…ボブさん、ジョンさんは音楽の力を『解放』そして『反逆』と表現されました。ジャマイカという土地で育ち、レゲエという音楽と共に生きてこられたボブさんにとって、音楽の『力』、そしてその原体験はどのようなものだったのでしょうか?」
ボブ:(目を閉じ、何かを深く感じ入るようにゆっくりと頷く)「解放…反逆…ジョン、あんたの言うこと、よくわかるよ。俺たちの音楽、レゲエもまた、魂の解放を求める叫びから生まれたものだからな。」
(ボブはゆっくりと目を開け、その瞳には遠い故郷の風景が映っているかのようだ)
ボブ:「俺が育ったトレンチタウン…そこは貧しさの中にあったが、音楽とスピリットに満ち溢れていた。教会のゴスペル、道端で鳴り響くメントやスカ、そしてアメリカから流れてくるR&B…あらゆる音楽が俺たちの日常にあった。だが、本当に魂を揺さぶられたのは、ラスタファーライの教えと出会い、ナイヤビンギのドラムの音を聴いた時だ。」
(ボブは胸に手を当て、静かに続ける)
ボブ:「あのドラムのビートは、アフリカの魂の鼓動そのものだった。それは俺たちに、自分たちが何者であるか、どこから来たのかを思い出させてくれた。バビロンシステム(西洋文明社会や抑圧的な体制)の中で失いかけていた誇りとアイデンティティを取り戻す力…それが俺にとっての音楽の原体験だ。音楽は、俺たちを精神的に立ち上がらせ、自分たちの足で歩き出す勇気を与えてくれたんだ。」
あすか:(深く頷き)「魂の鼓動、アイデンティティの回復…ボブさんのその言葉、非常に重く響きます。クロノスには、ボブさんが語られたジャマイカの日常、そしてレゲエミュージックが生まれた背景を伝える映像があります。」
(モニターには、ジャマイカのトレンチタウンの風景、ラスタファリアンの集会、そして力強くナイヤビンギドラムを叩く人々の映像が映し出される。背景にはボブ・マーリーの初期の楽曲が静かに流れる。)
坂本:(映像を注意深く見つめながら)「…リズムと信仰、そして生活がこれほど密接に結びついているのですね。西洋音楽とは全く異なる音楽のあり方だ。非常に興味深い。」
ボブ:「そうだ、ブラザー。音楽は俺たちの生活そのものであり、祈りであり、そして戦いでもある。だから、俺たちの歌はただのエンターテイメントじゃない。それはメッセージであり、バイブレーションなんだ。人々を目覚めさせ、団結させ、そしてジャー・ラスタファーライの示す真理へと導くためのね。」
ジョン:(ボブの言葉に真剣な表情で聞き入り)「メッセージであり、バイブレーション…いい言葉だ、ボブ。俺たちも、ただ騒いでいただけじゃなく、何かを伝えたかったのは確かだ。戦争反対、愛と平和…そういうメッセージを、最初は直感的に、後にはもっと意識的に音楽に乗せようとした。ビートルズがデカくなりすぎて、俺自身の声が届きにくくなったと感じた時もあったけどね。」
(ジョンは少し皮肉っぽく笑う)
ジョン:「でも、音楽のいいところは、理屈を超えて直接心に届くことだ。どんなに体制が耳を塞ごうとしても、いいメロディと正直な言葉は、壁を越えていく。俺はそう信じてやってきた。」
あすか:「直接心に届く力、壁を超える力…。ジョンさんとボブさんのお話からは、音楽が単なる娯楽ではなく、人々を精神的に支え、時に社会に立ち向かうためのエネルギーを与えるという共通の信念が感じられます。マイケルさん、あなたは幼い頃からジャクソン5として、そしてソロアーティストとして、常に音楽の中心にいらっしゃいました。あなたにとって、音楽が持つ『力』を最初に意識されたのは、どのような時だったのでしょうか?」
マイケル:(少し考え込むように上を見上げ、指を組む)「うーん…僕の場合は、ジョンやボブとは少し違うかもしれないな。僕は、物心ついた時から音楽とダンスが生活の一部だったから…『これだ!』っていう劇的な出会いというよりは、呼吸するように自然なものだったんだ。」
(マイケルは、ふっと優しい表情になる)
マイケル:「でも、はっきりと『力』を感じたのは…やっぱり、ステージの上かな。僕が歌って踊ると、お客さんが笑顔になったり、泣いたり、一緒に歌ってくれたりする。その瞬間、お客さんと僕の間に、何か特別なエネルギーが流れるのを感じるんだ。それは言葉ではうまく説明できないんだけど…まるで、みんなの心が一つになるような感覚なんだ。」
(マイケルは両手を広げ、その感覚を表現しようとする)
「特に、ジャクソン5でモータウンのショーに出演していた頃…ダイアナ・ロスやスティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ…素晴らしいアーティストたちのパフォーマンスを間近で見て、彼らが音楽を通してどれだけ多くの人に喜びや希望を与えているかを知った。その時、僕もこんな風に、音楽で人を幸せにしたい、感動させたいって強く思ったんだ。それが、僕にとっての音楽の『力』の原点かもしれないな。人をハッピーにする力、心を繋ぐ力…。」
あすか:「人々を幸せにし、心を繋ぐ力…マイケルさんらしい、愛に満ちたお言葉ですね。その想いが、あなたの数々の名曲や素晴らしいパフォーマンスに繋がっているのですね。クロノス、マイケルさんがお話しされたモータウン時代の、ジャクソン5のパフォーマンス映像を少しだけ見せていただけますか?」
(モニターに、幼いマイケルがジャクソン5のセンターで、大人顔負けの歌とダンスを披露している映像が映し出される。そのエネルギッシュで愛らしい姿に、スタジオの空気が和む。)
ジョン:(目を細めて)「ハッ、確かにこりゃ天才だ。こんなチビの頃から、人を惹きつける何かを持ってるな。」
ボブ:(穏やかに微笑み)「純粋な魂の輝きが見えるようだ。音楽の喜びが、全身から溢れているな。」
マイケル:(映像を見て、少し照れくさそうに顔を赤らめる)「…もう、昔の映像は恥ずかしいよ。」(しかし、その表情は嬉しそうだ)
あすか:「ありがとうございます。さて、坂本さん。これまでジョンさん、ボブさん、マイケルさんから、それぞれの音楽の『力』の原体験や信念についてお伺いしてきました。反逆の力、魂を解放する力、人々を幸せにし繋ぐ力…。坂本さんは、幼少期からクラシック音楽の英才教育を受けられ、その後、現代音楽、電子音楽、そしてポピュラー音楽の世界でも大きな成功を収めてこられました。坂本さんにとって、音楽の『力』とは何であり、その原点はどこにあるのでしょうか?」
坂本:(静かに目を伏せ、少し考えるようにしてから、ゆっくりと口を開く)「私にとっての音楽の『力』ですか…。そうですね、それはまず第一に『構築する喜び』だったかもしれません。小学生の頃、ピアノの先生からオーケストラの譜面を見て、赤鉛筆で線を引きながら曲を聴く訓練を受けました。バッハやドビュッシーの楽譜を見て、その精巧な構造、音の建築物に心を奪われました。音が時間軸の中でどのように配置され、響き合い、感情や風景を描き出すのか。その論理と感性の融合に、知的な興奮を覚えたのです。」
(坂本は指先で、まるでピアノを弾くかのように軽くテーブルを叩く)
「ドビュッシーを初めて聴いた時の衝撃は、ジョンさんがエルヴィスを聴いた時の感覚とは種類が違うかもしれませんが、私にとっては世界が一変するような体験でした。それまで聴いていた西洋音楽の調和とは異なる、浮遊するような響き、曖昧な境界線…。音楽にはまだ探求すべき広大な領域があるのだと、子供心に直感しました。それが、私の音楽的探求心の原点ですね。」
あすか:「音の建築物、知的な興奮…そして探求心。クラシック音楽の厳格な構造の中から、新たな可能性を見出されたのですね。クロノス、坂本さんが影響を受けられたドビュッシーの音楽と、その世界観を少しだけ私たちにも見せていただけますか?」
(モニターに、印象派の絵画のような美しい映像と共に、ドビュッシーの「月の光」のような楽曲が静かに流れる。スタジオが幻想的な雰囲気に包まれる。)
マイケル:(うっとりと目を細め)「…ビューティフル。音が景色を描いているみたいだ。」
ジョン:(少し腕を組み、面白そうに)「なるほど。俺たちのロックンロールとはだいぶ違うが、確かに何か新しいドアを開ける感じはするね。頭の中で音が組み上がっていく感じか。」
坂本:「ええ。そして、その探求心は現代音楽へと向かいました。ジョン・ケージのような作曲家たちの試み…偶然性の音楽、ノイズさえも音楽として取り込む姿勢。それは、既存の音楽の『力』とは何か、音楽とはそもそも何なのか、という根源的な問いを私に投げかけました。それはある種の『解体』の力、既成概念を壊していく力とも言えるかもしれません。ジョンさんの言う『反逆』とはまた異なるアプローチですが、既存の価値観を揺さぶるという点では共通するかもしれませんね。」
(坂本はジョンに視線を送る)
ジョン:「ハッ、解体ね。確かに、俺たちも古いレコードをぶっ壊すような気分で音楽をやってたフシはあるな。ただ、俺のはもっと直感的で、ガキの癇癪みたいなもんだったかもしれない。」(少し笑う)
あすか:「構築する力と解体する力…。そして坂本さんは、イエロー・マジック・オーケストラ、YMOでテクノロジーと音楽を融合させ、世界に大きなインパクトを与えられました。テクノロジーと結びつくことで、音楽の『力』はどのように変化、あるいは増幅するとお考えになりましたか?」
坂本:「YMOは…そうですね、当時登場したばかりのシンセサイザーやコンピューターという新しい『楽器』を使って、何ができるのかという実験でした。それは、ある意味で非常に即物的な面白さがありました。人力では不可能な精緻なリズム、未知の音色…。テクノロジーは、音楽表現のパレットを飛躍的に広げてくれたのです。そして、その電子的な音が、当時の東京という都市の風景や、情報化社会の到来といった時代の空気感と奇妙にシンクロし、国境を越えて多くの人々に共感された。それは、テクノロジーが音楽に与えた新たな『伝播力』であり、『共時性』の力だったと言えるかもしれません。」
あすか:「テクノロジーによる伝播力と共時性…。クロノス、YMOの革新的なサウンドとパフォーマンスを少しだけ。」
(モニターにYMOのライブ映像が映し出される。演奏されているのは「ライディーン」。無機質でありながらダンサブルなビート、カラフルでフューチャリスティックな衣装とステージ。メンバーのクールな演奏姿。)
マイケル:(体を軽く揺らしながら)「…クールだね!音がすごく新しい。シンセサイザーの音、僕も大好きだよ。スリラーでもたくさん使ったんだ。」
ボブ:(興味深そうに映像を見つめ)「機械の音…だが、そこにも魂のリズムは宿るんだな。不思議な感覚だ。新しい時代のバイブレーションを感じるよ。」
ジョン:(少し皮肉っぽく口角を上げ)「なるほどな。コンピューターに魂を込めるってわけか。俺なんかはもっと生身の、汗臭いロックンロールが好きだが…こういうクールな反逆の形もあるんだな、確かに。」
坂本:「フフ…汗臭くない反逆、ですか。面白い表現ですね、ジョンさん。確かに、私たちの表現方法は異なるかもしれませんが、既存の音楽シーンに対するある種の挑戦という意味では、共通する部分があったのかもしれません。」
(坂本は少し微笑む)
「そして、映画音楽を手がけるようになってからは、映像と音楽が結びつくことで生まれる相乗効果、物語を増幅させる『感情喚起』の力を強く意識するようになりました。音楽は、時にセリフ以上に登場人物の心情を伝え、観客を物語の世界へ深く没入させることができる。それは、非常に繊細で、しかし強力な力です。」
あすか:「ありがとうございます。坂本さんの多岐にわたる音楽活動の根底には、常に知的な探求心と、音楽の新たな可能性を切り拓こうとする強い意志があったのですね。クロノス、坂本さんが音楽を手掛けられた映画の中から、特に音楽が印象的なシーンを…。」
(モニターに、映画『戦場のメリークリスマス』のテーマ曲が流れる有名なシーンや、『ラストエンペラー』の壮大なシーンなどが静かに映し出される。その美しい旋律に、スタジオの全員がしばし言葉を失う。)
マイケル:(感動した様子で、小さく息を呑む)「…言葉が出ないよ。音楽が、物語の魂を描いているようだ。」
ジョン:(静かに映像を見つめ)「…ああ、これは…確かに力があるな。ロックンロールとは違う種類の、静かで、だが心の奥深くに沁みてくる力だ。」
ボブ:(目を閉じ、音楽に聴き入っている)「…魂に直接語りかけてくる旋律だ。悲しみも、希望も、全てを包み込むような…大きな愛を感じるよ。」
あすか:(一同が感動に浸っているのを見届け、静かに語りかける)「皆さま、ありがとうございました。ジョンさんの『解放と反逆』の力、ボブさんの『魂の解放と抵抗、そして繋ぐ』力、マイケルさんの『人々を幸せにし、心を繋ぐ』力、そして坂本さんの『構築と解体、そして感情を喚起し物語る』力…。それぞれのアプローチは異なれど、皆さまが音楽の持つ根源的な『力』を信じ、それを自らの信念として音楽活動を続けてこられたことが、ひしひしと伝わってまいりました。」
「音楽は、時に個人の魂を揺さぶり、時に集団を一つにし、時に社会の常識を問い直す。そして、その根底には、何かを伝えたい、誰かと繋がりたいという、人間としての切実な願いがあるのかもしれません。」
(あすかは、クロノスに視線を落とし、次のラウンドへの繋がりを意識する)
「さて、このように多様な『力』を持つ音楽ですが、その力が具体的にどのように作用し、そして私たちのテーマである『愛と平和』にどう結びついていくのか…。次のラウンドでは、さらにその核心に迫ってまいりたいと思います。」