ep.1 間宮家と鳥池村
8月15日。夏も終わりに差し掛かっている時期だというのに、いまだに煌々と輝いている太陽の光を浴びながら、間宮亮平は車に揺られ、推理小説を読んでいた。
「おうなんだぁ亮平?また読書か?」
運転中だというのによそ見をしてそう声をかけてきたのは間宮武尊まみやたける、亮平の父だ。
「推理小説だよ、この人の作品は複線回収が見事で何度でも読み返したくなるんだよね」
「全く、昔はもっと活発で色々なところを走り回っていたのに、ゲームが発達したからなのかしら……?」
そう嘆くは亮平の母こと、間宮夏海。気さくで力強い武尊とは違い気弱で心配性な読書家だ。
「母さんは読書が好きなんでしょ?だったらこの良さがわかるはずだよ」
「それは分かるけどぉ…やっぱり親としては子供には健康に育ってほしいというか……」
「まあまあ、いいじゃねぇか。俺にとっちゃ息子が夏海に似ているってことがうれしいもんだ」
そう言った武尊に夏海は「やだ、貴方ったら」と語尾にハートが付きそうなほどの甘い声で武尊の肩にそっと頭を置いた。……何を隠そう、間宮夫妻は正真正銘のおしどり夫婦というやつだった。息子が生まれて、四十代後半になっても険悪な雰囲気になることがなく、また親族との関係も良好だ。
実際に今もこうして二週間という長い期間の帰省を実行できているのもそれが理由である。
「…にしても、向こうに行くのは五年ぶりだったか?そう思うと随分亮平も大きくなったもんだな」
現在向かっているのは”鳥池村”。母方の祖母の住んでいる家がある、途轍もないほどの田舎だ。それは何年も都会でビルに囲まれて暮らしていた亮平にとって、田舎というのは不便でもありつつ、緑を感じることのできる新鮮な空間でもあった。
「向こうに行ったらお母さんの作った卵焼きが食べたいわぁ~。お母さんの卵焼きは甘くておいしいのよね~」
「たしか地域差があるんだけか?俺は卵焼きは甘くない派だなぁ」
卵焼きは中部など一部の地域では甘く作られることが多い。夏海は子供のころから食べていたから馴染みがあるが、都会で育っていた武尊と亮平にとっては慣れない味なのだ。そんなことは当たり前だが、亮平の余計な一言に夏海は少しだけムスッとする。
「まあ、なんでもいいじゃねぇか。それよりも見てみろよ、あと少しで鳥池神社だぞ」
適当にはぐらかした武尊の指の先、そこには五年ぶりに姿を見る神社があった。名を鳥池神社。読んで字のごとくこの小さな村の唯一の神社だ。
「せっかくの帰省なんだ。いっちょ参拝にでも行こうじゃねえか」
武尊はそういうと、神社の近くの道のわきに車を止めて、我先にと降りた。それに続くように亮平、夏海と順に車を降りる。
三人は神社の敷居を跨ぐとまっすぐ、一直線に賽銭箱に向かった。
──しゃららん。
まず初めに武尊が賽銭として五円玉を投げ入れ、二礼二拍手をした。かなえたい願い事を心の中で唱え、再び鈴を鳴らした。
「っと、次は亮平だな」
そういわれた亮平だったが、まだ願い事が思いついていなかったため、夏海に順番を飛ばしてもらった。
──しゃらららん。
夏海は武尊と同様の所作で鈴を鳴らし、願い事を口にした。
「今年も健康で元気に過ごせますように……」
「おいおい口にするんかよ」
言われて夏海ははっとする。しばらく戸惑ったと思うと「これじゃだめよね!?」と焦って何度も鈴を鳴らした。
もはや自分でも何をしているかわからず、一心不乱に鈴を振る。しばらくたって武尊が止めに入った時にはすでに夏海はへとへとになってしまっていた。
「ったく、おどろかすなよな。にしても願い事か……なんにしようかな?」
「願い事なんてのはな、そうそうあてにするモンじゃないさ。気軽に考えればいいのさ」
父の助言の通りに亮平は深く考えずに心に思ったことを唱えた。
(なにか刺激的な出来事が起こって新鮮な気分を味わさせてください)
ここは田舎。何もないが何でもできる。そんな空間だ。都会の周りに合わせて同じことをする退屈な空間とは異なり大きく羽を伸ばすいい機会でもある。亮平はそう思いただ気軽にそう願った。
──しゃららん。しゃんっ。
鈴をふる。そこで亮平は違和感を感じた。
(気のせいか?今鈴の音が多かったような??)
「おーい亮平!何ぼーっとしてやがんだ?」
「ごめん、ちょっと考え事してた。全然気にしないで」
亮平は若干のモヤモヤとする気持ちを抑えつつ、久しぶりの帰省を楽しもうと、一旦忘れる事にした。
「あれ?亮ちゃんだよね!?久しぶりじゃん!」
突如脇から聞こえてきた声に3人は思わず反射的にその方向を向く。
見るとそこには5年ぶりに見る顔があった。
「…弥杏?」
彼女の名前は篠宮弥杏。鳥池村の住人の1人でこの鳥池神社の神主の娘でもある。
亮平が最後に見たのはちょうど5年前の8月15日だった。
「あら、弥杏ちゃんじゃない!」
「お母さんも久しぶりです!!」
弥杏は体は大きくなっても性格は五年前とはさほど変わっていないようだった。少々態度はましになっているとはいえ、その姿は五年前の川遊びをしていた姿とよく似ていた。
しばらく四人で再開を楽しんでいると、コトコトと誰かが歩いてくる音が聞こえた。
「皆さん、ここにいらしたのですか。外で仲良く話すのも皆さんらしくていいとは思いますが、ここはどうぞ中に入ってください」
聞き覚えのある声とその年齢にそぐわぬ丁寧な喋り方に亮平は一瞬でそれが誰かを察することができた。
「梨杏!お前もここにいたのか!!」
彼女の名前は篠宮梨杏。今の時期は誕生日の差で二つだが、弥杏の一つ下の妹で弥杏とは違って落ち着いた雰囲気の少しミステリアスな少女だ。彼女の丁寧な喋りには今の彼女らの母に当たる人物である鳥池神社の現巫女の跡を継ぐための修行の最中だから、というらしい。しかし実際の詳しいことは篠宮の人間にしかわからない領分だ。
「さあさあ、神社の中にお入りください。お茶を用意してあります」