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メカニック・トロイメライ  作者: 麻倉ミウ
第一部:機械の夢は、誰の記憶か
6/14

6. 成功作と少年

 エマがカップをカウンターに置いた。


「まずい」


 隣に立つグリムが苦々し気な顔でエマを見下ろし、持っていたトレーを机に叩きつけた。


「そんなわけないだろ! ちゃんとルークと同じ淹れ方をしてる! まったく同じ味のはずだ!」

「味覚はないのか? 全然違う。出直してこい。ルーク、淹れ直してくれ」

「承りました」


 キャタピラを動かしてルークが奥に消えていく。グリムがその背を恨めしそうに睨んだ。


「なあ、グリムに学習能力の劣化はないんだろ? こうも覚えが悪いもんか?」


 新聞を読んでいる店主が、目を向けずに息を吐いた。


「学習能力はある。ただ、味覚がないのとコーヒーの知識が足りんからわからんだけだろう」

「コーヒーの知識はインプットした! 世界最初のコーヒー店の誕生は――」

「そういう話じゃないって言ってんだよ」


 エマが息を吐く。

 グリムがカフェに来てから店内が賑やかになった。相変わらず客はいないが、彼らはそれなりにうまくやっているらしい。グリムはルークと同じ淹れ方をしても同じ味にならないコーヒーに首を捻っていたし、毎日のように来るエマが味を確かめてはまずいと言い続けている。


「おまえさん、帝都に行く気があったんじゃないのか」


 店主が問う。ルークが淹れ直したコーヒーを飲みながら、エマは眉を寄せる。


「別に。私はクリソプレイズが平和ならそれでいいんだ。帝都のことにまで興味はない」

「ほう? 技師誘拐事件のあたりから、毎日のように情報を仕入れにうちに来ていたのかと思ったが」

「……」


 黙り込む。違う、とは言えない。気になっているのは事実だ。ただ、帝都にまで行く必要があるのか、自分が関わる必要があるのかと、そう思って足が動かないだけだった。エマが義賊をやっているのは頼りにならない警察や政府への当てつけもあるが、面と向かって帝都とやり合う気はあまりない。昔と違い、有名になりたいわけでもない。英雄になりたいわけでもない。ただ、目の前で起こる悪事をどうにかするくらいの力は今の自分にあるのだと、そう信じているだけだった。


「帝都で少し騒動があったらしい」


 店主の声で顔を上げる。


「騒動?」

「新聞は読んだ方がいい。大事な情報を見落とすからな」


 読んでいた新聞を折りたたみ、店主が差し出すのを受け取った。該当の記事はすぐに見つかる。それは人探しをしている旨の記事だった。帝都の技術庁で開発中のオートマタが脱走したという旨、そして開発者の夫婦が行方不明だという記事だった。オートマタが夫婦の事件に関わっているだろうとの見解で、軍を動員して捜索中だという。その夫婦に、心当たりがあった。


「おまえさん、両親とは連絡取れているのか?」


 答えられなかった。連絡が取れていないことを知って、店主は聞いている。


「技師の夫婦なんて、うちの親以外にもいるだろ。早計すぎだ」


 エマはそう言って新聞を返し、立ち上がった。会計に小銭を置く。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」


 ルークが言う。グリムも渋々という様子で頭を下げた。


「次はもう少しうまいコーヒー淹れろよな」


 そう言い捨て、明日も来るつもりでエマは店を出る。


「待ちやがれ、このガキ!」


 大通りに出てエマが帰り道を歩いていると、一つ下の通りで走る複数の足音が聞こえた。五歳ほどの少年と壊れかけのオートマタを、黒服の男二人が追いかけている。少し走ってから地面を蹴る。逃げる二人と追いかける二人の間に、エマはちょうどよく着地した。双方が足を止める。


「おい、女! 何のつもりだ!?」


 男が回転式拳銃を向ける。エマが男を睨みつけた。


「こんな子供と壊れたオートマタ追いかけまわして、何のつもりだ。お友達じゃないみたいだけど?」

「おまえには関係ねえだろ! すっこんでろ!」


 男が威嚇発砲する。エマが左手で銃弾を掴んだ。男たちと少年が目を瞠る。ぐしゃりと潰れた鉛の塊を見てから、エマはそれをいつものようにぶん投げた。鉛が男の頬を掠る。


「ひっ!?」

「この辺りで私を知らない奴はいない。死にたくなけりゃ、とっとと失せろ」


 冷たい口調でエマが言う。


「クソッ、てめえもオートマタか!」

「戦闘型オートマタなんて相手にしてられるか! 覚えてやがれ!」


 黒服の男たちは悔しそうな顔をしながら逃げて行った。


「どうして助けてくれたの?」


 少年が問う。エマが二人を振り返った。砂色の短髪に、青い目。シャツにハーフパンツを履いていた。


「弱い者の味方だからな」

「そうなの?」


 エマが悪戯っぽく言うと、少年は首を傾げた。そして、すぐにハッとして少年はエマの服を握った。


「ねえ、お姉ちゃん! フロイトを直せる人を知らない!? 僕を助けるために無理をして壊れちゃいそうなんだ!」

「フロイト?」


 少し考えて、少年の言う「フロイト」は共にいた壊れかけのオートマタのことだと気付いた。確かに、攻撃されたのかボディは銃弾の跡や錆で傷ついており、回路壊れているのか言葉を話したりは出来なさそうだった。グリムと少し似ていた。黒髪に青い瞳。何か話したそうに口を開け閉めしている。


「技師は知ってる。フロイトは私が運ぶから、ついて来い」


 少年は喜びで笑みを浮かべた。


「レオン! 客だ!」


 工房の方のドアを開けて、エマが叫ぶ。ゴーグルをつけて作業をしていたレオンが、ぎょっとしてゴーグルを頭の上に押し上げた。


「おまえ、何を連れて来た!?」

「オートマタだよ、見ればわかるだろ」

「何に首を突っ込んだんだって聞いてんだよ!」


 レオンの言葉を無視して、フロイトを作業台の上に寝かせる。


「とりあえず話せるようにしてやってくれ」


 エマが言うと、レオンは溜め息をついて作業を始める。


「頭と体開けさせてもらうぞ」


 フロイトが頷くのを見て、工具で慣れたようにフロイトの機体を開ける。


「何か飲むか? えーと……おまえの名前は?」


 後をついてきた少年に声をかけると、少年はエマを見上げて目を丸くした。


「名前はアイヴス! 飲み物は大丈夫!」

「そう。ああ、私はエマで、あっちの男がレオンだ。好きに呼べ」

「エマちゃん?」

「……まあ、それでいいけど」

「なんだこれ!?」


 レオンが突然叫んで、エマとアイヴスは驚いて目を向けた。


「何だよ、でかい声出して」

「エマ! これ見ろ!」


 レオンがフロイトのボディから何か紙切れを取り出していた。エマが近付いて受け取る。――それは、幼い頃のエマとエマの両親の写真だった。


「……早くこいつを喋れるようにしろ」


 エマが低い声で言う。レオンが真剣な表情で頷いた。


「アイヴス。この大人を知ってるか?」


 写真をアイヴスに見せる。アイヴスは驚いた顔をした。


「どうしてパパとママの写真……これは、小さい頃のエマちゃん?」

「パパとママだと?」


 エマが眉を寄せた。


「――はい。アイヴスは、ヴィルヘルムとヨハナの子供。あなたの弟です」


 機械音声が聞こえ、エマは振り返る。フロイトがこちらを見ていた。


「もう直したのか」

「とりあえず回路を繋いだだけだ。損傷が酷くてすぐには直せない」


 レオンが首を振る。


「ありがとう、ございます。私の役割は、エマさんの元に、アイヴスを、送り届けることと、状況の説明のみ。これで充分です」


 フロイトが言う。


「私は、二人が作った、最新のオートマタ。技術庁から、逃げて来ました」

「新聞に載ってた脱走オートマタがおまえだと?」


 エマが問う。フロイトは頷いた。


「はい。ヴィルヘルムとヨハナに、言われた使命を、全うするため、私は逃げ出したのです」

「それが、この子供をエマのところに送り届けることか」


 レオンが腕を組む。エマも同じ格好をしていた。


「父さんと母さんは何をしてるんだ? どうしてアイヴスをおまえに託した?」


 脱走オートマタがこのフロイトならば、行方不明の技師もやはり両親なのだろうとエマは思う。なぜ自分たちの手でアイヴスを連れてこなかったのか。なぜ、共に帰って来なかったのか。


「二人は逃亡中です。安心してください。エマさん、あなたに、メッセージがあります」

「再生しろ」

「『エマへ、いつまでも愛しているよ。アイヴスを頼む』――以上です」


 眉を寄せる。そんな言葉、もう一生会えないと言うようなものではないか。


「……父さんと母さんは技術庁の命令で、機械で人を作る研究をしていた。その最後の成果がおまえ。二人は何らかの理由で技術庁を裏切って逃亡し、アイヴスを私に預けるためにおまえはここに来た。そういうことであっているな」

「二人の研究については、答える権限がありません。ただ、私が二人の技術庁における最後の成果なのは、間違いありません」


 エマは、そうか、と呟いて黙り込んだ。


「先生たちはどうしてアイヴスをクリソプレイズに送ったんだ? 自分たちの逃亡に連れて行かなかったのはどうしてだ?」


 今度はレオンが問う。フロイトは答えない。


「フロイト? どうしたの?」


 アイヴスが問いかけても、フロイトの反応はない。レオンがフロイトを確認し、肩を竦めた。


「エネルギー切れだ。どうする?」


 レオンがエマに判断を求めた。エマはまだ顔を顰めていた。


「とりあえずそのままでいい。これ以上何か知っているとは思えない。……アイヴス、今の話は本当なのか?」


 アイヴスは俯いて首を振った。


「わかんない……フロイトが何を言っているのか、ぼくは、よくわからない……」

「父さんや母さんから何か聞いてないのか?」


 エマが更に問うと、アイヴスは顔を上げた。


「自由に生きなさい、って。パパはそう言ってた」


 エマがレオンに顔を向ける。レオンも難しい顔をしていた。

 アイヴスとフロイトを追っていたのは帝都の人間でほぼ間違いなさそうだ。そうであれば、クリソプレイズに脱走オートマタのフロイトがいることはすぐに気付かれる。このまま電源は入れない方がいいだろう。

 アイヴスは弟、らしい。にわかには信じられないが、両親が出て行ってからの年数を考えれば別に不思議ではないので置いておく。

 二人は技術庁を裏切って逃げ出した。どこへ? 帝都で何があった? 二人は本当に無事なのか?


「パパ……ママ……」


 アイヴスが寂しそうに呟いた。

 ――帝都には行く必要はないと思っていた。今更機械になった自分と会って、両親がどう思うかなんて想像しなくてもわかることだ。でも、そんなことを言っている場合ではないのだと、エマは自分を奮い立たせる。そしてレオンに視線を向けた。


「レオン。しばらく家を空ける」


 レオンが息を吐いた。


「言うと思った。帝都に行くんだろ? 俺も行く」

「いや、来なくていいけど」

「おまえが壊れた時の修理は誰がするんだよ」

「……」


 エマは答えられなかった。苦い顔をして舌打ちをする。


「それに、俺だって先生たちがどうなったのかは知りたい」


 レオンが言った。それは確かにそうだろう、とエマも納得するしかなかった。仕方なく頷く。


「アイヴスは、どうする? うちの親に預けていくか?」


 レオンがアイヴスを見ながら言った。


「連れてって!」


 アイヴスがレオンにしがみついた。二人は目を丸くする。


「いや、危ないかもしれないんだぞ。おまえはここに残っていた方が……」

「ぼくは、もう一度パパとママに会いたい!」


 アイヴスの真剣な表情に、レオンは言葉が出てこなかった。困った様子でエマに目を向ける。エマも息を吐いた。


「いいよ。おまえも連れてく」

「ほんと!?」

「ただし、私たちの言うことは聞けよ」

「大丈夫! ぼく、いい子だよ!」


 アイヴスが笑顔で言った。その表情をどこかで見た気がして、エマはすぐに思い当るものを見つけた。アイヴスは、少しだけ、クラウスに似ている。


「じゃあ、行くかアイヴス! 帝都ローゼンシティに!」

「うん!」


 行く気になっている二人をよそに、エマは持ったままの写真を見た。十歳の自分と両親。体が機械になった自分を見て、両親は何と言うだろう。喜ぶことはないだろう、とそう思った。

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