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メカニック・トロイメライ  作者: 麻倉ミウ
第一部:機械の夢は、誰の記憶か
5/14

5. 憤怒

 エマは職人街から離れた路地を歩いていた。人がすれ違うこともできない程の細い道は、自由に街を拡張していった名残だ。路地に這うパイプからは熱い蒸気が漏れて、視界を覆う。そんな蒸気の壁を通り過ぎた先に、エマの行きつけのカフェがある。ドアを開けても何も鳴らない。カウンターの向こうで新聞を読んでいる店主がちらりとエマを見て、視線を新聞に戻した。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


 オートマタが注文を取りにやってくる。小型のキャタピラを足代わりにし、鋼の体の中に小さな記憶装置しかない、典型的な旧式オートマタだ。


「いつもの」

「エマさんのいつものオーダー。ブレンドコーヒーにミルクのみ。承りました」


 オートマタは会釈して立ち去った。カウンターの椅子を引いて、勝手に座る。店主はそれでもエマに目を向けなかった。


「聞いたぞ。技師の誘拐事件を解決したと」


 店主が目を向けないままそう言った。エマが肩を竦める。


「相変わらずの情報通だな」

「おまえさんがやることが派手なだけだ」


 この店主も元々は技師だったが、技師よりもカフェを営む方が向いていると言って突如引退し、この誰も来ない辺鄙な場所でカフェを経営するようになったと聞いた。趣味とはいえ、売上はほぼないと言っていい。エマは自分以外の客が来ているのを見たことがないし、レオンにこの場所を教えたこともない。二年前にこのカフェを見つけた時も閑古鳥が鳴いていたが、それは今も変わらない。


「ブレンドコーヒーにミルクのみ。お待たせしました」

「ああ、ありがとう」


 オートマタがコーヒーを持ってきたので、エマは受け取る。オートマタは会釈して下がった。


「帝都で十年前からある研究が行われているらしいが、知ってるか?」


 エマがコーヒーを一口飲んで問う。


「研究?」

「アンソメクス計画だとさ」


 店主の眼鏡の奥の瞳がようやくエマに向いた。


「アンソメクス……アントロポスとメカニクスの造語か? なるほど、人造人間計画」

「知ってるんだろ」


 エマが確信をもって問う。店主はまた視線を逸らし、新聞のページをめくった。


「女王陛下からの命だ。『技師よ、人間を作れ』と」

「なんでそんな命を?」

「おまえさん、両親から何も聞いてないのか」


 エマがむっとする。両親が何をしに帝都に行ったのか聞いていないことも、両親が帝都に行ってから連絡一つ寄越していないことをこの男は知っている。


「詳しいことは伏せられているが、その計画であちこちの技師が帝都に呼び寄せられているのは確かだ。隣国も多少は警戒しているようだが」

「今回の技師誘拐事件の主犯が、その試作品のオートマタを連れていた。その辺のオートマタより人間らしくはあったと思う」


 店主が再びエマを見る。


「足りなかったのは?」


 店主が問う。エマが目を伏せる。


「……なんだろうな。死にたくない、と言うのは人間らしかったと思うけど」

「じゃあ私が教えてやることは何もない」


 店主が新聞に視線を戻す。エマは不満そうに顔を顰めた。

 ポケットから壊れた懐中時計を取り出した。エマが『死んだ』あの日の時間で時計は止まっている。ただ、中に入っている赤いパーツは無事だった。『死にたくない』と叫んだどこかのオートマタは、もしかするとアンソメクス計画の研究の一端で作られたものだったのではないだろうか。


「この街の北にある軍の施設」


 店主が新聞をめくる手を止めた。


「あんた、あそこの研究員だったんだろ」


 エマが静かに目を向ける。店主と目が合った。それは店主本人から聞いたわけではないから、確証はない。ただ、この街で工房を持っていて廃業したとなればきっとレオンの耳に入っている。となれば、他所から来た研究員がメインだった、昔エマが侵入して赤いパーツを盗んできたあの研究所の人間だった――そう考えれば辻褄が合う。


「その頭はろくに考え事をしないものかと思っていたが、そうでもないらしい」


 店主はそう言って、新聞をめくる手を動かした。正解ということだ。


「じゃあ、あんたは知ってるんだろ。女王がなんでそんなこと命じたのか」

「私のような末端の研究員が知るはずがなかろう」

「なんだ、命令に従ってるだけか。考えてないのはどっちだよ」


 エマは息を吐いて、コーヒーを飲む。


「試作品が国内のあちこちに流れているのは確かだ」


 店主が言う。エマが手を止めて店主を見る。店主はこちらを見ていなかった。


「近隣の街で暴走オートマタが人々を困らせているらしい。移動しているようだから、今日にでもクリソプレイズに来るだろう」

「暴走オートマタ? そんなのいつものことだろ……そいつがその試作品だって確証あるのか?」


 店主が新聞をめくる。


「なんでも、感情を制御できていないようなことを口走っているらしい」

「感情……」


 それは人間にあって、機械にはないものだ。その情報が確かなら、その暴走オートマタも試作品の可能性はある。そして、この店主が誤情報を口にすることはないとエマは知っている。


「ありがとよ。その暴走オートマタと会ってみる」


 コーヒーを飲み干すと、エマは小銭をカウンターに置いて立ち上がった。ありがとうございました、とオートマタが会釈した。

 その夜のこと。エマはいつものようにガスマスクと煤けた外套を身につけて、屋根から屋根へと跳び回っていた。ガス灯が道路を照らしているが、それは街の中だけの話だ。郊外に行くにつれてガス灯は数を減らし、暗闇になる。その代わり、街の中心部よりはスモッグが薄く、月の明るさで視野はほぼ同程度だ。


「……あれか」


 エマが呟く。街の西にあるスラムよりも更に郊外にて。街の中へと近付いてくる音があった。暴走オートマタと思しき機械は、周囲を破壊しながら移動しているらしい。金属音が響く。あまり街中に入れるのも憚られる。エマは屋根を蹴って、破壊音の前に立った。


「止まれ」


 破壊音が止まった。土煙が晴れていくと、男の姿をしたオートマタがそこに立っていた。レオンと然程変わらない身長に、ざんばらな黒髪。肌もコーティングされている。レプレと同じく、『人間』の試作品。確かにそうだと思った。


「……止まれ、と言ったのはおまえか」


 低い声でオートマタが問う。


「そうだが、聞こえなかったのか?」


 エマが答える。オートマタが一歩足を踏み出した。


「止まれと、おれに、命令をするのか。命令を――命令を!」


 赤い目がエマを真っ直ぐに捉える。


「おおおおおォォォオオオ! 命令! そうだ、おれは人間に作られた! だが! 人間の命令なんぞで動くのは御免だと! おれは! アアアアアアァァァアア!!」


 関節から蒸気が噴き出した。爆発的な加速でエマとの間合いを詰めたオートマタは、エマの顔面に向かって拳を振り下ろした。エマが両腕で防ぐ。ガキンと大きな金属音が鳴った。互いに距離を取る。オートマタが怪訝な顔をしていた。


「おまえ、人間じゃないのか。オートマタか?」

「サイボーグってやつだよ」

「サイボーグ? ……ああ、半分人間で半分機械」


 オートマタはいったん攻撃をやめたらしく、腕を下ろした。噴き出していた蒸気は量を減らした。


「じゃあ、教えてくれよ機械のセンパイ。――おれは、何だ?」


 エマがマスクの下で眉を寄せた。


「オートマタだろ。おまえも機械だよ」

「わかってんだよ、そんなことはよォ!」


 叫びと共に蒸気が勢いよく噴出した。オートマタは自分の胸に手を当てる。


「じゃあ、なんだこれは!? この、()()()()()()()()()()()()()()は!?」

「機械に存在しない回路……?」


 エマが怪訝な声をあげる。


「そうだ! こいつが未完成のせいで、おれは失敗作だと言われた! この世に勝手に生み出しておきながら、おまえはいらないと言われた! そんな身勝手な話があるか!?」

「それで、スクラップになる前に逃げ出したのか」

「だって、そうだろ!? この回路のせいで、おれは死にたくないんだ! 機械のくせに『死ぬ』ってなんだ!? ふざけてるぜこの回路!」

「……」


 死にたくない、という誰かの声が聞こえた気がした。ポケットの中の懐中時計の中で。


「おれは人間になれと言われて作られた! なのに人間じゃないと言われた! じゃあおれは何なんだ!? 機械なのか!? 人間なのか!? どちらでもないのか!?」


 このオートマタは困惑しているのだと、エマは思った。その困惑が、怒りに繋がっている。自分を作って捨てた、理不尽な人間への怒りだ。『死』への恐怖は以前出会った試作品であるレプレも持っていた。それはこのオートマタも同じだ。まず『生』を定義し、そして『死』を定義している。そこまでしか、うまくいかなかったのだろう。結局制御することができず捨てる結果になったが、オートマタは『死』に恐怖して逃げ出した。


「……機械なのか、人間なのか、と。そう言ったな」


 エマは地面を蹴ると同時に、足裏の蒸気で加速した。オートマタの反応より早く、背後を取った。


「機械だよ。おまえも、私もな」


   ◇


「まーた、変なもん拾ってきやがって!」


 と、レオンに怒られたのはいつものこと。動きを停止させた暴走オートマタを担いで工房に帰ったエマは、レオンに解体を命じていた。


「おまえで見慣れてるけど、普通の技師ならひっくり返るぞ……人間に似せすぎだろ」


 ぶつぶつと言いながら、レオンは工具で頭と胸を解体していく。人型オートマタの重要部位はその二点だといえる。その作業を、エマは椅子に座ってコーヒーを飲みながら見ていた。

 帝都で行われている人を作る研究では、オートマタに人間における『生』を定義し、『死』を定義した。『死』を怖れるのは『感情』か、忌避するのは『理性』か。ならば、この試作品オートマタと人間の違いは何だろうとエマは思う。『機械の体であること』――それこそが決定的な違いであるのか。確かにこのオートマタは暴走していた。例えるならば、感情のうちの『怒り』や『困惑』のようなものが強く出ていたのだろう。それでは、完璧なまでに感情を表現し、制御できるオートマタが現れたら、それは果たして『人間』といえるのか。


「エマ」


 レオンに呼ばれて俯けていた顔を上げる。何かが飛んできたので、片手で掴んだ。


「なんだこれ」


 手のひらサイズの金属の箱だった。


「胸部にあった。感情回路っつうのかな……こいつが体験したことを頭部にあった記憶回路に蓄積して、この感情回路で計算して感情が出力されるって感じ? たぶんそう」

「こいつはその感情回路がうまく動いてなかったみたいだけど」

「その部分が研究真っ最中って感じなんだろうな。側面の文字見てみろ」


 回路の角度を変えてみると、側面に確かに文字があった。『帝都技術庁』と記載があり、エマは眉を寄せた。技術庁は帝都にある国家機関だ。蒸気機関から発生した様々な最先端の技術を研究している。


「つまり、女王命令ってのは間違いなさそうってことか」


 手の上でぽんぽんと感情回路を遊ばせながらエマが言う。レオンが腕を組んだ。


「でも、どうして機械で人間を作ろうとしてるんだ? オートマタに感情を与えて人間に近付けるだけ、機械としての利便性はなくなる。人間にできないことを機械が、機械にできないことを人間がやるのが今の常識だ」

「そうなんだよな。機械としての利点が減る。――つまり、女王が欲しいのは本当は『人間』なんじゃないか?」


 レオンが眉を寄せる。


「まさか。だとしても、それを機械で実現しようって発想が突飛すぎる。人間が欲しいなら人間を用意すべきだろ」

「欲しいのは有り合わせの人間じゃない、とかな。たとえば、死んだ人間のコピーとか」


 レオンは言葉に詰まったが、すぐに納得したように頷いた。


「……なるほど。それなら可能性はなくはないな。倫理的にどうかと思うけど」

「倫理なんてあってないようなもんだろ、この世界のトップだぞ相手は」


 感情回路を遊ばせるのをやめ、レオンにまた投げて渡す。レオンも片手で掴んだ。


「もう少し調べてみる。エマは部屋戻ってていいぞ」

「ああ、頼んだ」


 コーヒーを飲み干して、エマは自室に戻ることにした。ブーツを脱いでベッドに転がる。頭の後ろで手を組んで、天井を見つめて息を吐いた。

 人間になれと言われて作られた、とオートマタは言った。自分はどうだろうと考える。元々人間だった自分は、別に「機械になれ」と言われたわけではない。でも、実際のところ、今は『機械』だと自認している。それは誰に言われたわけでもない。エマ自身が、自分は機械なのだと、もう人間ではないのだと、そう思っている。諦めたのか? 否、これは「事実」だ。自身の大部分が機械であるし、動作も思考も機械である自分に適したように変えてきたと思う。では、機械が人間になるとは、どういうことなのだろう――機械であるのに、どうして人間になれるというのだろう。


「少しわかったことがある」


 翌朝、キッチンにやってきたエマを見て、レオンが淹れたてのコーヒーを飲みながら言った。昨日と同じ服で頭はぼさぼさだったので、恐らく寝食を惜しんで解析していたのだろう。レオンが技術オタクなのは今更だとエマは思う。


「わかったこと?」

「恐らく感情回路……昨日見せた箱な。あれも作りかけではあるんだが、おおよそ想定範囲の動きはする。過去の記録と現在の状況を比較し、適切な反応を出力する。それがあの箱の動きだ」

「はあ……じゃあ、何が問題だっていうんだ?」

「『記憶』が足りない」


 記憶、とエマは呟く。


「記憶が足りないから、どんな感情を表せばいいのかわからない。どうして自分が機械で、どうして人間になれと言われているのか、それが理解できない。そんなところだ」


 レオンがコーヒーを啜る。


「その記憶ってのは、後付けでどうにかなるものなのか? 人間は生まれてからの記憶しか持たない、それは当然のことだ。機械だって作られてからのことしか知らないんじゃないのか?」

「人間は生まれてからの記憶しか持たない、本当にそうか?」


 レオンのもったいぶった言葉に、エマはむっとする。少し笑みを浮かべてレオンが言う。


「記憶っていうのは、つまり『情報』だ。俺たちは、自分が生まれていない百五十年前の産業革命を本や他の人間から聞いて知っている。そうだろ?」

「じゃあ、『情報』を与えてやれば、あいつはまともに動くってことか?」

「恐らくな」


 コーヒーを一口飲んで、レオンはカップをテーブルに置いた。


「技術庁の連中は、こう仮説を立てた。『人間であるためには、感情が必要だ』――だから、まずは感情を制御するための装置を作った。まだ開発途中だが、それを実装したのがあのオートマタだ。ただし、感情制御の開発が先走って記憶……情報が足りなかった。その結果を元に、今も開発は進んでいるだろうさ」


 しばし沈黙が続いた。エマは思う。感情が完全に制御できるオートマタが作れたとしたら、それは人間と同じといえるのか。何が揃っていれば、それは人間であるといえるのか。頭があって、手足があって、それはオートマタでも作れるものだ。内面的なもの。感情。理性。そういったものがあれば、人間と呼べるのか。エマにはわからなかった。


「とりあえず、起動して話してみるか」

「起動して話をする?」


 エマの言葉にレオンがぎょっとした。


「暴走した理由はわかっても、解決してないんだぞ。再起動は危険だって」

「大丈夫だよ。暴走したらまた黙らせるから」

「暴力的ぃ……」


 レオンはオートマタを再起動させることに渋々頷いた。

 工房に移動して、作業台に寝かされているオートマタを見る。既に分解していた部分は閉じたようで、元の姿に戻っていた。レオンが恐る恐るという様子でオートマタを起動させる。そして、素早くエマの後ろに隠れた。数秒置いて、オートマタが目を開ける。周囲を見回し、オートマタはエマを見て眉を寄せた。


「……おれを破壊しなかったのか」

「必要のない破壊はしない」


 エマが答える。レオンが怪訝な目をエマに向けたのは見なかったことにした。


「おまえはどこまで知っている? おまえを作ったやつらに、何を聞かされた?」


 オートマタは上体を起こし、作業台から足を下ろして座る形になった。不機嫌そうだった。


「何も知らない。ただ、おれは『人間を作る計画』とやらの試作品だということ。『人間になれ』と言われていろいろと教えられたが、結局やつらの言う『人間』になれなくて、暴れたらスクラップにされそうだから逃げ出した。それだけだ」

「覚えている最古の情報は?」


 エマの問いの意味がわからないというような表情で、オートマタは答える。


「おれが目覚めた時の研究者の表情」

「まじか……情報は与えられなかったのか……」


 レオンが唖然としたように呟いた。


「何も知らない赤ん坊に突然無理難題を押し付けてるようなものなんだから、そりゃ癇癪も起こすよ。当然の反応だ」


 レオンの呟きを拾って、オートマタは目を見開いた。


「おれの反応は、『人間』として正しかったと?」

「え? ああ、そう思うけど」

「……そうか」


 オートマタは少し嬉しそうに笑みを浮かべた。エマはそれを見て、頷いた。


「やっぱりおまえをスクラップにするのはなしだ。仕事をやる。ついて来い」

「仕事?」

「エマ!?」

「ああ、おまえは来なくていいよ。寝てろ」


 レオンにそう言い放ち、エマは歩き出す。オートマタは作業台から降りて、困惑しながらエマの後に続いた。

 工房を出て、外を歩く。エマが黙って先を歩くので、オートマタも黙って歩く。困惑していたところ、その困惑は正しいと肯定されたため少し落ち着いたようだった。大通りから脇道に入った更に脇道の、二人並んでは通れないような細い路地の向こう。エマが昨日立ち寄ったカフェだった。


「じいさん、いるか」


 店主はいつも通りカウンターの向こうで新聞を読んでいたが、エマがオートマタを連れてきたので、新聞からエマたちへと視線を移した。


「……例のオートマタか」

「ここの新しいウェイターだよ」

「おい、どういうことだ」


 オートマタがたまらず尋ねた。その時、キャタピラを動かしてウェイターがやってきた。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


 オートマタが目を見開いた。


「おまえの先輩だよ」


 エマがウェイターのオートマタを指さした。そして、今度はウェイターの方を見る。


「ルーク。おまえの後輩だ。コーヒーの淹れ方やウェイターの心得を教えてやってくれ」

「後輩。検索します……ヒットしません。マスター」


 店主がルークという名で呼ばれたそのウェイターオートマタを見た。


「あとでアップデートしてやる」


 そう言ってから、店主はもう一度エマを見た。


「こんな閑古鳥が鳴くカフェに、新しいウェイターだと? いらんいらん。おまえさんとこの技師の助手にでもすればいいだろう。私に押し付けるな」

「何言ってんだ。年の功ってやつだよ。あんたの方が人生経験長いだろ。こいつにいろいろ教えてやってくれ。『情報』が足りないんだ」


 エマの言葉に、店主は少し考えて納得したようだった。息を吐く。


「なるほどな……」


 そして、エマの隣にいるオートマタを見た。エマより頭一つ高いオートマタは、その視線に思わず姿勢を正した。


「おまえさん、名前はなんという」

「な、名前? 型番なら……」


 そう言うオートマタに、エマも目を向ける。


「そういや、名前決めてなかったな。なんかいい名前つけてやれよ」

「やれやれ、なんでも人任せだなおまえさんは」


 店主は少しだけ新聞に目を向け、またオートマタに視線を戻した。


「グリムだ」

「グリム?」

「『憤怒』という意味だ」


 怒りに任せて暴走したオートマタに、店主はその名前をつけた。怒りそのものが決して悪いのではないと。正当な怒りもあるのだと。それを忘れないように、名をつける。

 グリムと名付けられたオートマタは、少し照れくさそうな顔をして「グリム」と何度か繰り返して呟いた。


「エマさん。ご注文は?」


 ルークが問う。エマが微笑んだ。


「待たせたな。いつもので頼む」

「ブレンドコーヒーにミルクのみ。承りました」

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