4. 昔話②
十五歳になったエマは、いい加減大人たちに同情されているのだということに気付いていた。可哀想なエマ。両親がいなくなって、ヒーローごっこをして寂しさを紛らわせている。別にそういうわけじゃないのに、エマは弁解する気もなかった。実のところ、これがただの腹いせであることもわかっていた。相変わらず両親は帰って来る気配はないし、手紙の一通も来ない。薄情な親に、少しでも危険な目に遭うことで苛立ちをぶつけているだけだ。
エマの活動は規模を大きくしていた。レオンの作った武器も殺傷力を上げており、エマは殺さないようにしながらも相手に怪我をさせることも増え、逆にエマの体に傷がないことも少なくなった。エマの体は常にどこかに包帯が巻かれている。
ある日、エマは懐中時計片手に街を歩いていた。十四歳の時に手に入れた赤いパーツは、両親に貰ったこの懐中時計の中に保管されていた。エマは常にそれを持ち歩いている。なんとなく、このオートマタと一緒に活動している気持ちになった。施設内で生まれ死んでいったオートマタに、街の様子を見せてやっているのだと。
「聞いた? 郊外に知らない男たちがやって来たんだって」
声が聞こえて、足を止める。女たちの井戸端会議だった。
「どこ? 近付かないようにしなきゃ……」
「南の森の中にある古い建物だよ。数日前からいるみたいなんだけど、街中に食料を買いに来たりしてるみたいなんだよ。警官が向かったけど、酷い目に遭って帰って来たとか」
「やだ、怖いわあ……」
エマは懐中時計をポケットにしまって、自宅に帰ることにした。
「レオン、南の森にクロックバード飛ばせるか?」
工房に入るなり、エマはレオンにそう問いかけた。レオンはゴーグルをかけて作業をしていたが、怪訝な顔でエマを見る。
「南の森? 何かあるのか?」
「変な男たちがたむろしてるんだって。向かった警官がやられたらしい」
「なるほど、偵察ね」
工房内の止まり木にとまっているカラスのような鳥の元にレオンが向かう。真鍮と鉄でできた鳥だった。小型蒸気タンクが内蔵されており、本物の鳥のように飛んで、映像を記録する、レオン作の最新の機械だ。クロックバードと名をつけた。
「そいつらがどこにいるかわからないから、赤外蒸気センサーつけるか……少し改良するから待ってろ」
「センサーつけてどうするんだ?」
「熱源を感知して、それを『人間』として観察、記録するようにプログラムする」
「ふうん」
最近のレオンの専門的な話はよくわからないとエマは思う。レオンに任せておけばなんとかなるだろう。
「ところで、何か作ってたのか?」
作業台に目を向ける。人型のオートマタのようだとすぐにわかった。
「いや、助手が欲しいからオートマタでも作ろうかと思って」
クロックバードを改造しながらレオンが言う。
「私じゃ助手にならないのか?」
「おまえがいつ俺のこと手伝ったんだよ……」
そうかもしれない。エマはいつも口を出すだけで、手を動かしたことはない。作業台に近付いて腕に触れる。金属が冷たく、やはり人間ではないな、とエマは当たり前のことを思った。
夕方、飛ばしていたクロックバードが帰って来た。さっそく記録された映像を見ると、確かにこの街で見たことのない男たちが古い建物に住み着いていた。数は六人程。アタッシュケースに入った大量の紙幣も写っている。
「どこかから盗んで来た金か?」
「この感じだと、綺麗な金ではないだろ」
レオンの呟きに、エマが答える。
次の潜入場所が決まった。仮眠を取って、深夜にエマは単独で南の森へ向かう。夜目レンズのゴーグルで周囲を見ながら、慎重に建物に近付いて行く。見張りはいなかったし、ドアに鍵もかかっていなかった。室内は明るく、男たちがまだ寝ていないことがわかる。
昔から使っている蒸気リボルバー・ブラスターは何度も改造を行い、『バーニング・ブラスター』と名も変えた。カプセル式弾頭を入れ替える形で、以前より殺傷力が上がった。別に今も殺すつもりはない。脅す程度。この男たちも、少し脅かせばここから立ち去るはずだ。
エマは男たちが集まっている広い部屋の、開け放たれたままのドアの前にいた。ゲラゲラと笑いながら、酒を飲んでいる。
「やっぱり、兄貴についてきてよかった!」
「なあ、この金使って何する? せっかく銀行から盗んだ大金だぜ」
「そうだな、まずは国外に出て――」
そんな話を大声でしていた。やはり盗んだ金だった。ならば、少し痛い目を見せなければならない。バーニング・ブラスターは相変わらずの回転式拳銃の形をしていて、エマはその弾倉にいくつかのカプセルを順番に入れた。
一発目。入口から身を乗り出し、部屋を照らしているガスランプに向けて打った。小型の鋼球がランプを破壊し、辺りは暗くなった。
「なんだ!?」
「誰だ! 誰が来やがった! 警察か!?」
男たちが慌て始める。エマはその様子も夜目レンズで見えていた。これは夜でも色調を反転させたように暗緑色で周囲が見える、レオンの発明品だ。
「いいから、まずは金を守れ!」
男が叫ぶが、エマは既にアタッシュケースの元にいた。蓋を閉め、そのまま片手で抱える。
「あっ、金がない! 兄貴!」
二発目。発砲音が鳴る。男たちの中心付近の床に着弾し、カプセルが破裂する。中には刺激成分が入っている。
「いてえ! 目と鼻が、ゲホッ、なんだ!?」
「ゴホッ、ゴホッ、いってえ! なんだこれ!? 何を撃ちやがった!?」
「窓を開けろ! ゲホッ、ゲホッ」
エマはその隙にドアから外に逃げ出した。外に出て大きく呼吸をする。あの催涙弾はエマも近ければ効果を受けてしまう。そのまま闇夜に紛れて、エマは街へと帰還する。
「さて、と」
しばらく歩いて、西の郊外にやってきた。スラムが多いのはこの辺りだ。そろそろ辺りが明るくなってきたが、このクリソプレイズは常にスモッグがかかっていて朝日というものを見ることは滅多にない。建物によじ登って、ようやくアタッシュケースを開ける。札束がいくつも入っていた。
「うわ、やっば。いくらあるんだ?」
ゴーグルを頭の上に押し上げて、エマは驚愕の表情で紙幣を見た。クリソプレイズで銀行強盗があったという話は聞いていない。ということは、どこか遠い街で盗んで来たのだろう。返しに行く手段もなければ、どこに行けばいいのかもわからない。ということで、エマのやることは決まっていた。屋上の縁から下を見ると、帰る家のない子供や大人たちが起床を始めたところだった。にやりと笑う。
「今日の天気は、札束ってな! 高額紙幣掴み取り!」
エマが札束を放り投げた。スラムの人間がそれに気がつき、札束に飛びついた。屋上に立つエマに皆が気が付く。
「さあ、持ってけ持ってけ!」
エマはバサバサとアタッシュケースの中身をばらまいて行く。風で紙幣が舞う。スラムの人間たちは歓声を上げて金を掴もうと必死になった。
「金だ! 金が降って来る!」
「あそこでばらまいてる人がいる!」
「ああ、神様! ありがとうございます!」
全部の金をばらまいて、エマはアタッシュケースも放り投げた。ガシャンと音がして地面に落ちる。このケースだって、売れば金になるだろう。エマは満足して家に帰ることにした。
部屋でひと眠りして、クラウスの作った朝食を食べる。
「昨日はどこに行っていたんだい?」
クラウスが向かいの席に座った。
「どこでもいいだろ。関係ある?」
「兄さんに言えないとこ?」
手を止めて、エマは嫌そうに顔を顰めた。
「急に兄ぶるなよ、クラウス」
「兄だからね。君の面倒を見るように、父さんと母さんから言われている。危ないことをしているなら、兄さんはそれを止めなきゃならない」
「だから、クラウスには関係ないだろ。あまりしつこいと出てくぞ」
「それは困るな」
クラウスは肩を竦めて、それ以上の追求はやめたらしい。
「おーい、エマー!」
レオンの声が工房からする。
「ごちそうさま!」
残りの食事を急いで食べて、エマは食器もそのままに階下に降りていく。
「おはよう、エマ。昨日どうだった?」
「おはよ。うまくいった。やっぱりどこかから盗んで来た金だった。全部スラムでばらまいてきた」
「全部ー!?」
「何だよ、欲しかったのか?」
レオンの反応に、エマは驚いて目を丸くした。レオンは不満そうな顔をしながら、作業台のオートマタに触れる。
「いや、先生が工房内のものは好きに使えって言ったから使ってるけど、新しいパーツは小遣いで買ってるくらいだし……ちょっと金は欲しかった、かも」
「先に言えよなー」
残念そうなレオンに、エマは呆れた顔をする。もう紙幣の一枚だって残っていない。今頃スラムの人間たちが食料や衣服を買うのに使っているだろう。
いつも通りの一日だった。昨日は怪我もしなかったし、余裕のミッションだったと言える。これに懲りた男たちも南の森からいなくなるに違いない。夕方にはレオンは夕食に帰り、クラウスは買い物に出かけている。エマは工房で懐中時計を見ながら、コーヒーを飲んでいた。静かな時間。――急に大きな音が工房の入口でしたのは、そんな時だった。
「なんだ!?」
エマはポケットに懐中時計を入れながら立ち上がる。
「見つけたぜ、小娘」
六人の男がそこにいた。見覚えのある顔だった。南の森にいた男たちだ。
「人の金を勝手にスラムにばらまいたらしいな? いけないなあ、そんな悪いことをしちゃあ」
テーブルの上のバーニング・ブラスターを手に取ろうとする。銃声がして、エマの手が真っ赤に弾けた。
「いっ……!?」
「話の途中で余所見するんじゃねえよ」
痛みに歯噛みする。右手から血を流しながら、エマは男の方を見る。前に立つ男が回転式拳銃をこちらに向けていた。
「面白い武器を持ってるな。自分で作ったのか? ん?」
男が笑みも浮かべずに問う。エマは答えない。
「ここは有名な技師の家らしいからなあ。ただ、父親と母親はしばらくいなくて、兄貴と二人暮らしとか? その兄貴が技師なのか?」
エマは答えない。
「質問に答えろよ」
銃声が響く。左の太腿が撃ち抜かれて、床に膝をついた。
「……答えたら帰るのかよ」
痛みを堪えながらエマが問い返す。初めて男が笑った。
「ああ、そうだな。その技師もぶっ殺してから帰るよ」
「じゃあ、教えない」
男が笑みを消す。別の男がつかつかと近づいて来て、膝をついているエマの髪を掴み、頭を持ち上げた。
「おまえ、状況わかってる? 今死にそうなの。教えないとか言ってる場合?」
「……」
エマは無言で、男の顔に唾を吐いた。不快そうに顔を歪めると、男はエマの顔面を殴った。そして、倒れたエマの背を、腹を、胸を蹴りつける。
「おい、まだ殺すなよ。こいつにはじっくりと痛い目を遭わせなきゃ気が済まねえんだからな」
「一人六発は撃っていいって言ったよな、兄貴? どうする? まずは指一本ずつ吹っ飛ばすか?」
「いいな、そのうち技師についても吐くかもしれないしな!」
「俺たちマフィアに手を出して五体満足でいられるはずないもんな!」
兄貴ではない男たちがゲラゲラと笑う。エマが痛みを堪えて立ち上がり、バーニング・ブラスターを手に取った。今何のカプセルが入ってる? 保管中に使うことがあるのは緊急時。つまり――破片弾! エマが左手で引き金を引く。照準が多少ずれたところで、この弾は問題がない。弾頭内に小型の金属片を詰めた、一番殺傷力のある弾だ。どこに当たったって破裂する。
「いってえ!」
「ちくしょう、このガキ……!」
金属片が破裂して、男たちが流血する。もう一発、と思う前にエマの左肩を銃弾が貫通した。
「っ……!」
バーニング・ブラスターを落とす。兄貴と呼ばれた男がそれを手に取った。
「なかなかいい銃だ」
弾倉のカプセルを確認して、そのままエマに残りの五発を撃ちつけた。破裂音が五発。エマはなんとか顔だけ腕で覆ったが、覆いきれなかった顔、そして破片が刺さった腕から血が流れた。エマは痛みを堪えて、ただただ男たちを睨みつけるしかない。
「答えろ。技師はどこだ」
「……言わせてみろよ」
不敵に笑い、エマが言う。
そこからは、ただただ痛みに耐えるだけの時間だった。口の中が鉄の味になって、胃からせり上がって来た血を床に吐き出す。それでも男たちの手も足も止まらない。エマを蹴り、殴り、技師の居所を吐かせようとする。何度も床に頭を打ち付けた。もう動けない。そう思っても、エマは口を割らなかった。
自分の命を大事になんて思ったことはなかった。それは、両親がいなくなったあの日に思ったことだ。一番自分を愛していると思った彼らが、自分のことを置いて行ったのに、どうして自分を大事に思うことなどできようか。だから、ここで死ぬのはそれはそれでありだと思ったのだ。誰にも愛されない哀れなエマにお似合いの末路。そうだ、自分は死に場所を探していたのだから。
「そろそろ――おい――聞こえてんのか――?」
男たちの声が聞こえなくなってきた。頭がぼんやりとする。体の感覚はもう既にない。まだ意識があるだけ奇跡だなあと、エマは倒れたまま思った。
その時、工房に足音が近づいて来た。
「ただいま、エマ。今日の夕食は――」
……最悪だ。クラウスが帰って来た。どさり、と買い物袋が地面に落ちる音。
「エマ?」
逃げろ、馬鹿クラウス。そう思っても、もう声は出てこない。男たちがクラウスの方を向いたのを見て、エマは意識を手放した。自分のせいで、クラウスを巻き込むことに申し訳なさを感じながら。
◇
僕はエマの兄として生まれた。エマをよろしくね、と母さんは言った。
だから、目の前の光景を見て、僕のスイッチが切り替わるのは当然のことだった。
エマが死にかけている。それが、目の前の男たちの仕業だと、そんなものは見てすぐに理解をした。
――稼働モードを変更。自己保存スイッチオフ。緊急プログラムロード……完了。
――ターゲット、エマの敵。
――殲滅開始。
さようなら、エマ。僕の可愛い妹。
悲しまなくていい。君が少しでも僕を兄だと思っていてくれたのなら、それだけで――
クラウスの記録はそれでおしまいです。
◇
――急に、意識が浮上した。
重い瞼を開ける。見えた天井は、自宅ではなかった。でも見覚えはある。……レオンの家だ。そう気づいて起き上がろうとしたが、それは叶わなかった。体の感覚がない。首も動かない。唯一動かせるのは目だけ。足音が聞こえて、耳も聞こえることがわかった。視界にレオンの母親の姿が入って、エマと目が合い、レオンの母親は驚愕の表情で駆け寄って来た。
「エマ!? 目が覚めたの!? 私がわかる!?」
わかる、と言おうとしたが声が上手く出なかった。口を開け閉めしても、喉からカラカラの空気が出るだけだ。レオンの母親は慌ただしく立ち去った。
「レオン! レオン! エマが目を覚ましたわよ!」
複数の足音が戻って来た。
「エマ!」
レオンの声だ。記憶より少し低い気がした。視界にレオンの顔がアップで映る。
「俺のことわかるか!?」
「……レ、オ……ン」
掠れた声がなんとか出せた。レオンは目にいっぱいの涙を溜めて、眉を寄せた。
「よかった……よかった……!」
そう言って、レオンはその場にしゃがみこんだ。エマの視界から消える。
「エマ、不調なところはないか?」
レオンの父親は笑顔で問いかけて来た。
「こえ、うまく、でない」
「うん、そうだな。半年眠っていたんだ、仕方がない。だが、声帯はちゃんと動いているし、人工肺も問題なさそうだ」
人工肺? エマは眉を寄せた。違和感を覚え、エマは呼吸をしてみた。正常、だと思う。
「からだ、どう、なってる?」
相変わらず手足に感覚はなく、それどころか首から下の感覚がない。呼吸をしても、胸が動く感覚すらない。レオンの父親が真剣な表情で言った。
「エマ、信じがたいかもしれないが……君に今、首から下の体はない。人工臓器が取り付けられて一命を取り留めているという状態だ」
「……」
「ショックよね……それはそうよ……もう少し説明の仕方があるんじゃないかしら」
レオンの母親が心配げに言う。エマが無言だったため、ショックを受けていると思ったようだ。エマは納得するのに時間はかからなかった。どうりで体の感覚がないはずだ、と自分の体のことなのに他人事のように思うだけ。ないのだから、ないのだ。それは当然のことだった。あの日、マフィアを名乗る男たちに、自分は一度『殺された』……頭が無事なら辛うじて生きていたのだろうが、体は使い物にならなくなっていた。だから、機械になった。機械と共に生きて来たエマは、別に驚くことでもないと思った。ただ、自分が機械になっただけ。それだけだ。
一つだけ、気掛かりがあった。
「クラ、ウス、は?」
レオンの両親が顔を見合わせる。
「エマ。君は、クラウスがオートマタだと知っていたか?」
「オートマタ……?」
こちらの方が、理解するのに少々時間がかかった。物心ついた頃から家にいて、にこにこと笑っていて、エマと会話をしていた兄のクラウスが、実は機械だった? でも、それもすぐに納得に変わる。両親が作ったオートマタ。エマの子守ロボット。そういうことだったのだろう。思えば、エマの記憶の中のクラウスは成長していない。ずっと見た目が変わらなかった。そこで、おかしいと思わなかった自分が間違っていたのだ。
「こわれたの?」
「ああ。君の家に押し入った男たちを全員殺害していたが……彼自身も無事では済まなかったようだね」
「……そう」
エマは目を閉じる。自分のせいで壊れたオートマタと、ずっと大事に持っていた赤いパーツを重ねた。壊れる必要のない機械が壊れるのは、少し悲しい。
そして、すぐに目を二人に向けた。
「わたし、うごける、ように、なる?」
しゃがみこんでいたレオンが、急に立ち上がった。目が真っ赤だった。
「今、おまえの体作ってる。少しずつ追加していくから、待ってろ」
「一年、くらい、かかる?」
レオンが眉を寄せた。
「馬鹿にするな。一か月だ」
エマはようやく口元に笑みを浮かべた。
◇
「じゃあ、いくぞ。よーい……スタート!」
エマが地面を蹴る。この区画をぐるりと走っておよそ三百メートル。全力で走って、もう一度レオンの前に戻って来る。レオンが手元の計測器のボタンを押した。
「十五秒。まあ、いい結果だな。オーバーヒートもしてないし、排熱処理も完璧。よしよし」
レオンは満足気に頷いている。
「おかしなところはないか?」
「ない。順調」
エマが屈伸運動をしながら答えた。
レオンの宣言通り、エマの体は一か月で揃えられた。人工臓器が胴体に組み込まれ、手足が接続され、そこから起き上がれるようになるまで一か月。体が自由に動かせるまでに更に二か月かかった。エマはこうして、人間からサイボーグへと変貌を遂げた。
エマの家は、クラウスがマフィアと戦闘した際にガスランプが壊れて火がついたらしく、今はもう跡形も残っていない。エマが救出されたのは奇跡と言えた。周囲には、「エマは大怪我して義肢をつけているため、リハビリに時間がかかっている」と言っていたようだ。ヨーゼフが隣町に引っ越す前に一度叱りに来たくらいで、後は平和なものだった。
二人は十六歳になっていた。レオンは独立して職人街に工房を建てることになり、そろそろ引越を予定している。エマはその家に居候することに決まっていた。仲が良いのねえ、とレオンの両親に笑われたのは無視した。ただ、エマの体を作ったのはレオンで、メンテナンスできるのもレオンだけなので、一緒に住んだ方が効率が良いだけだとお互いに思っている。それだけの関係だった。
「なあ、エマ」
レオンの自宅に戻りながら、レオンが声をかける。
「おまえは人間だよな」
何を言うのかと、エマは眉を寄せる。
「サイボーグだっていうのはわかってるよ。作ったのは俺なんだから。ただ……サイボーグは人間をベースに機械を取り付けた半機械だ。それなら――」
「馬鹿だな」
確認するようなレオンの言葉を遮って、エマは言う。
「この体のどこが人間ベースなんだよ。どう見ても機械ベースに頭がくっついてるだけだ」
「エマ」
「機械だよ」
エマが足を止める。レオンも足を止め、二人は目を合わせた。エマは笑わない。
「私は機械。そうだろ」
笑わなかった。