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メカニック・トロイメライ  作者: 麻倉ミウ
第一部:機械の夢は、誰の記憶か
3/14

3. 昔話①

「それじゃあ、エマ。良い子にしているんだよ」

「クラウス、エマをよろしくね」


 そう言って、両親は家を出て行った。遠ざかる二人の背をクラウスの隣で見ながら、絶対に良い子になんかなってやるものか、と十歳のエマは思ったのだった。

 それから一年後。


「だからさあ! 蒸気で発射する仕込み拳銃作ろうって! 名付けて『スチームバースター』、静かに敵を撃つ必殺武器!」

「うーん、火薬を使わないなら、小型の蒸気タンクを背中に背負って高圧噴射で弾を射出すれば……って、圧が足りなかったら背中で爆発するわアホ!」


 エマとレオンは今日もうんうんと頭を突き合わせて議論していた。エマの両親がいなくなってから、幼馴染の少年レオンを家に呼んで、両親が残した工房で発明をすることに熱心だった。


「今日も頑張ってるね、二人とも」


 クラウスがグラスに入れたオレンジジュースとクッキーをトレーに乗せて、階段を下りて来た。エマの家は一階が工房、二階と三階が住居になっている。


「あ! クラウス! 勝手に入って来るなって言ってるだろ!」


 エマが眉をつり上げた。


「いい匂いだな! クッキー焼き立てか? ありがとう、クラウス!」


 レオンが真っ先にクラウスの元に向かい、グラスとクッキーを手にして笑みを浮かべた。クッキーを口に放り入れているレオンにエマがじとりと目を向ける。


「いつも二人は何をしているんだい?」


 クラウスが問う。さらりと砂色の短い髪が揺れた。


「内緒! クラウスには関係ないの!」


 エマがトレーからグラスを取って、オレンジジュースを一気に半分飲んだ。クッキーの器も奪い取り、エマは作業台の前に戻った。レオンは苦笑いをクラウスに向けて、エマの元に戻る。クラウスはにこにこと笑みを浮かべたまま、階段を上ってリビングへと戻って行った。


「あーあ。エマの頼みでこんなの作ってるなんて知られたら、絶対先生たちに怒られるよ」


 ぶつくさと文句を言いながらレオンが機械を組み立てている。レオンはエマの両親を先生と呼んで慕っていた。レオンの両親も技師であるが、自身の両親から技術はすべて学び尽くしたからと、エマの家に通っていた。


「知られないよ。帰って来ないんだから」


 エマは部品をぽんぽんと放り投げて遊びながら、レオンの作業を見ていた。

 両親が旅立って既に一年。誕生日にだってプレゼントも手紙も送って来なかった。クラウスが「忙しいんだろう」と言って慰めてくれたが、エマは不満だった。帝都での研究とやらが自分より大事だというのを理解したからだ。


「でも、先生たちに帰って来てほしいから、やるんじゃないのか? ヒーローごっこ」

「ごっこじゃない! ヒーローになるんだよ!」


 持っていた部品をレオンの頭に投げつける。レオンがいてっと首を竦めた。


「おまえも知ってるだろ? 売人がスラムの子供たちを誘拐して売りさばいてる事件とか、偉いやつが膨大な金で基準違反の護衛オートマタを違法に作ってるとか。あとは、金のない人のところになくて、あるやつのところにありすぎるのも悪い! それを検挙しようとしない警察も当てにならない!」


 エマはぐっと拳を握る。


「誰もやらないなら、私たちがやろうって話なだけ! 私たちはクリソプレイズの、いや、ブリタニアのヒーローになるんだよ!」


 レオンがため息をつく。


「俺たち、まだ十一歳の子供だぞ……そんな危ないことしてるってうちの親に知られたら……」

「レオンは私に武器を提供するだけ! おじさんおばさんにはバレないって! 大丈夫大丈夫!」

「そうかなあ……」


 あまり乗り気ではなかったレオンに大丈夫だと言って、エマは笑った。

 そして、更に半年が過ぎた頃。夕方、エマはゴーグルを目元につけ、腰にレオンの作った拳銃型の機械を持って郊外のスラムにいた。


「誰か助けてー!」


 子供の声が聞こえて、エマは地面を蹴った。


「待て!」


 エマが叫ぶ。子供たちが、売人に囲まれて今まさに連れ去られようとしているところだった。


「なんだ、おまえは?」

「スラムの子供か?」


 怪訝な顔で売人たちがエマを見る。


「ぶっ飛ばされたくなかったら、子供たちを置いて立ち去れ」


 売人たちは顔を見合わせると、思いっきり噴き出した。


「あっはっは! なんだあ? 威嚇のつもりか?」

「おー、怖い! 怖すぎてちびっちまいそうだぜ」


 ゲラゲラと下品な声で売人たちが笑う。エマは頬を引きつらせると、そのまま売人たちの方へと近づいた。


「忠告はしたからな!」


 至近距離まで来ると、エマは腰の回転式拳銃を抜いて近くの男の顔面に向け、容赦なく引き金を引いた。大きな音と共に蒸気が噴き出し、男が後方に吹き飛んだ。体勢を崩して倒れる男と、他の売人たちが目を丸くする。


「あちちち! あっち! なんだあ、これ!?」


 倒れた男はびしょ濡れになっていた。


「……は?」


 誰かが声を漏らす。


「もう一度言うぞ。ぶっ飛ばされたくなかったら、子供たちを置いて立ち去れ」


 エマが回転式拳銃をもう一度売人たちの方へと向けた。


「今のは威力を落としていた。大火傷して病院に担ぎ込まれたくなかったら、さっさと消えろ!」


 地面を蹴って、次の男をターゲットにする。男が慌てて腰から拳銃を抜こうとしたところで間に合わない。エマは再び男の顔面に向かって引き金を引いた。また大きな音と共に高温の蒸気が出て、男が吹っ飛ぶ。


「あっちぃー!?」


 びしょ濡れになった男が顔を押さえながら叫ぶ。


「くっ、このガキ! 好き勝手しやがって」


 複数人の売人たちが拳銃を抜いた。エマに照準が合う。


「おっと、分が悪そうだな」


 エマは呆然と見ている子供たちに向かって、叫んだ。


「子供たち、耳塞げ!」


 慌てて子供たちが耳を塞ぐ。そして、エマは回転式拳銃の弾倉を数個回し、男たちに向かって発砲した。先程よりもっと大きな破裂音がした。キーン、と耳をつんざく高音が辺りに響いた。


「う、うるせえ!?」

「なんだあ!?」


 耳を塞いでいなかった売人たちが困惑の声を上げる。


「行くぞ、走れ! 逃げろ!」


 エマは子供たちに向かって叫んだ。子供たちが走り出す。


「待ちやがれ!」


 拳銃を構えた男に、エマがもう一発音響弾を撃った。キーン。うるさい音が響く。売人たちより地の利がある子供たちはあっという間に逃げ去り、エマが最後に走り去った。


「こ、このガキー!」


 売人の叫び声だけがスラムに響いた。

 エマはそのまま自宅まで走った。時々振り返るが、売人たちは追いかけて来ない。工房に駆け込むと、待っていたレオンが驚いた顔でエマに駆け寄った。


「うまくいったのか!?」

「え? なに?」


 エマが怪訝な顔をして問い返した。レオンも怪訝な顔をする。エマは両耳を擦った。


「まだ耳がキーンてなってる……音響弾撃つ時用に耳当て必要だな……」


 自分が撃った音響弾で耳が聞こえづらいだけだとわかり、レオンはほっと胸をなでおろす。


「次までに防音の耳当て作っておくよ」


 レオンが笑みを浮かべる。エマも笑みを浮かべ、二人はどちらともなくハイタッチした。


「で、うまくいったんだな!?」

「もちろん! なかなかいいな、この『蒸気リボルバー・ブラスター』!」


 回転式拳銃を見せながら、エマは笑う。この武器はレオンが作ったものだった。見た目は普通の六連装の回転式拳銃だが、銃口は一般的なものより太い。内部に小型ボイラーが組み込まれていて、銃弾ではなく圧縮蒸気を噴出するという構造だった。弾倉部にカプセルを入れれば音響弾にも塗料弾にもなるという代物だ。


「怪我は? してないのか?」

「ないない! 余裕だっての! これがヒーロー物語の序章だ! やるぞレオン! この腐った世の中を変えてやるんだ!」


 エマが拳を握った。

 それから、エマはあちこちに現れては、暴れるようになった。昼間、路地で休んでいる家のない老人に暴力を振るっている若者を見つけ、塗料弾で目印をつけた後に蒸気弾を連発させて追いかけたり。横暴な金持ちが大通りで遭遇したオートマタが無礼を働いたと破壊しようとしていたところに割り込み、顔面に塗料弾をお見舞いしてピカピカのスーツと車を台無しにしたり。そんなエマの噂を聞きつけて補導に来た警察官に、音響弾を撃って逃げたり。とにかく好き放題にヒーロー活動をしていた。これが最善だとエマは信じていたし、止められる大人も周囲には誰もいなかった。


   ◇


 両親がいなくなって四年が過ぎた。十四歳になったエマは、レオンの情報を元に帝国軍の施設に忍び込もうとしていた。クリソプレイズの技師の技術力を軍事目的に利用するため、帝都にある軍上層部の命令で作られた施設だ。エマは三年前に建設された頃からこの施設が気にくわなかった。もっと早くに出来ていれば、両親がわざわざ帝都に行く必要性がなかったのではないかと思ったからだ。

 今回潜入するのは、レオンが仕入れて来た情報があったためだ。


「うちに来てた父さんの技師友達が言ってたんだけど、あの研究施設ではオートマタの『感情』についての研究してるんだって」

「感情? 機械にそんなもんないだろ、人間じゃあるまいし」


 エマが怪訝な顔で言った。レオンも頷く。


「わかってるよ。でも、軍は大真面目に研究してるんだって、父さんの友達は言ってた。オートマタを作っては破壊してコアに記録したログを見て、どんな感情を持ったかって調べてるって」

「作っては破壊する? 非合理的だし、なんかきな臭いな……」


 エマはその夜に潜入を決行した。警備員の目をすり抜けるのは既にお手の物になっていた。施設内に入ると、警備用オートマタに見つからないよう気を付けながら、夜目レンズのゴーグルをつけて静かにコアが保管されている部屋を探す。

 大きな窓ガラスがはめられた広い部屋があった。作業台が一つ。周囲にはたくさんの部品が散らばっている。オートマタを破壊している部屋だと思った。エマはその部屋の鍵をレオンの作った小道具で開けると、中に忍び込んだ。一歩歩くと部品を踏む。散らかっていた。部屋の脇に厳重に施錠されたガラスケースがあった。


「これか?」


 中に円形で少しだけ厚みのあるパーツが並んでいた。手の平大の大きさだ。一際赤く脈打つように光っているパーツが一つだけある。まるで心臓のようだとエマは思った。ドアを開けた時と同じようにレオンの小道具で鍵を開ける。その瞬間、警報音が鳴った。


「やべ!」


 エマは開いたガラスケースから赤いパーツだけを掴み、部屋から廊下に飛び出した。警備用オートマタが近付いてくる音がする。人間の足音も。エマは廊下の窓を開けて逃げ出した。この四年で逃げ足は相当速くなったのだ。

 あえて遠回りして自宅に戻る。誰も追いかけて来ていない。ほっとして、エマは工房の明かりをつけた。クラウスはもう眠っている頃だろう。右手には赤く光るパーツが握られている。


「ええと、この端子はこのケーブルか……」


 道具箱を漁る。エマは技師になる気はなかったが、親も幼馴染も技師のため、最低限の知識は幼い頃から染みついていた。赤いパーツにケーブルをつけて、中にあるデータを確認するためにモニターに向かい、キーを叩いた。文字がモニターに滑り込んで来た。


『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない』

「――ッ!?」


 エマはケーブルを急いで抜いた。モニターの文字は消えてしまった。

 バクバクと心臓が煩い。今、何を見た?

 破壊されたオートマタの記録だ。最後の記録。否、これは記憶と呼ぶのが正しいのかもしれない。このオートマタは破壊される直前に、『死にたくない』と強く願ったのだ。

 エマは近くの椅子に座り込んだ。


「オートマタが『死』を理解している……? あり得ないだろ、そんなこと……」


 うわ言のように呟いても、誰もいない部屋で返事はない。心臓はまだ煩い。

 機械に感情はない。機械は機械でしかない。人間が与えた命令を実行するだけだ。死という概念は、機械にはない。それがこの百五十年変わることのなかった常識だ。

 何が起こっている? 機械が人間を学ぼうとしているのか?

 ――頭が痛い。エマはそのまま、目を閉じた。


「おい、エマ!」


 自分を呼ぶ声に目を覚ましたエマは、周囲が明るくなっていることに気が付いた。朝だ。レオンがいつも通り工房に来ていた。


「おまえ、昨日軍の施設に忍び込んだのか? 何かが盗まれたとかで、施設の周りが慌ただしくなってるみたいだぞ」


 エマが眉を寄せる。


「まあ……うん……」

「なんだよ、歯切れ悪いな。何を盗んだんだ?」


 なんとなく、レオンにも言いたくはなかった。死を理解したオートマタがいるかもしれない。そんな誰もが笑い飛ばしてしまうような事実を、今のエマは言えなかった。


「……なんでもない。部屋で寝るから、ここは好きに使ってろ」


 赤いパーツを去り際にポケットに入れて、エマはレオンを置いて階段を上った。


「おはよう、エマ。工房で寝ていたのかい? ちゃんとベッドで寝なきゃ風邪を引くよ。朝ご飯はどうする?」


 キッチンに立つクラウスがエマに笑みを向けた。エマは気だるげにクラウスを見る。


「……朝ご飯はいらない。寝直す」

「そうかい。じゃあ、おやすみ。良い夢を」


 そんなものは見れそうにない。そう悪態を吐く元気もなかった。

 部屋に鍵をかけて、エマはベッドに倒れ込んだ。赤いパーツは相変わらずぼんやりと光っている。存在を主張するように、ここにいるよと言うように、パーツはエマの手の中で光っている。これは、とあるオートマタの最後の叫びが記録されている。死にたくないと願った、機械のログ。もっと早くこの件を知っていれば、このオートマタは助かったのではないか。破壊されずに済んだのではないか。どんなオートマタだったのかも知らないし、所詮ただの機械であることもわかっている。それでも、昨夜見た叫びが、頭にこびりついて離れない。


「……助けられなくてごめん」


 エマは目を瞑る。目の端から、少し涙が零れた。

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