15.女王命令
ダンプフェストから二週間経った。
あの生物のような機械は帝都の技術庁に送られた。クリソフォードの人間でわかったのは構造だけ。流入経路などは技術庁で調べるということのようだ。明らかにブリタニア国内の品ではないし、国内生産されていたとしたらそれはそれで調べる必要がある。
エマは部屋でベッドに転がっていた。あの日、動きを止めた機械のことが忘れられなかった。確かに、自分はあの機械の『命』を止めた。機械にある命ってなんだ、生物じゃあるまいし。そう思いつつ、頭の片隅にあの時浴びたオイルの匂いがこびりついて離れない。
「エマ! おい、エマ! ちょっと来い! 大変だ!」
レオンが階段の下から叫んでいる。ただ事ではなさそうだ。エマは飛び起きると、すぐに階下へと向かった。
「なんだよ、レオン。どうした?」
「それが……」
工房に客が来ていた。クリソフォードの人間ではなさそうだ。
「エマさんですね」
男が言って、頭を軽く下げた。
「私、帝都技術庁のアルベルトと言います」
「技術庁の?」
エマが眉を寄せる。昨年のことが頭を過ぎった。
「先日、こちらで不審な荷運びローダーが見つかった件、私が主導で調べさせていただきました」
「何かわかったんですか?」
レオンが問う。
「結論から言うと、あれはグロム製でした」
エマとレオンは目を丸くする。
グロム共和国はクリソフォードの東の方角にある隣国だ。かつてクリソフォードのあるあたりはグロム領だったが、蒸気革命後のブリタニアが攻め込んで割譲させた土地だった。ここは豊かな資源地帯であり、蒸気機関技術を求めて各地の技師たちが集まって定住したのがクリソフォードである。
「グロムの機械がどうしてクリソフォードにあるんだよ」
エマが問う。アルベルトは表情を固くした。
「どうやら、グロムがブリタニア侵攻を考えているようなのです。少しずつ機械を流入させ、そこからテロを起こすつもりなのかもしれません」
話の流れでうすうす感づいていた。グロムからクリソフォードは近い。まず、割譲された土地を取り戻そうとするに違いなかった。
アルベルトが姿勢を正す。
「以下、女王陛下からの勅命です。『グロムへと潜入し、侵攻計画を阻止せよ』」
「はあ!?」
レオンが叫んだ。エマもあんぐりと開けた口が塞がらない。
「お二人は昨年の事件にも関与していますね」
アルベルトが言う。
「……だから、仕事を押し付けようってのか?」
エマが嫌そうに眉を寄せた。アルベルトは首を振った。
「いえ。女王陛下はエマさんをとても信頼している様子。エマさんなら、この事件も解決できると信じています」
「信頼されるようなことはしてないけど……そもそも、一般人に依頼することじゃないだろ」
呆れてエマが返す。
「むしろ、一般人だからお願いするのです。軍が動いては、すぐに戦争になります。この辺り一帯が戦場になる可能性があるのです。それを回避したい気持ちは、あなた方も同じでは?」
レオンがエマを見た。エマが苦い顔をする。
クリソフォードは好きだ。だから、この街が危険になるようなことは回避したいと思っている。だが、いきなり隣国に潜入して計画を阻止せよとは、あまりにも無謀すぎやしないだろうか。
「戦争は、亡き殿下がもっとも怖れていた、回避すべき事案でした」
十年前に亡くなったフィリップ殿下は、昨年オートマタとなって蘇り、それをエマが破壊した。記憶にはまだ新しい。
「女王陛下は殿下の志を継ぎたいと思われているのでしょう。『機械は軍事投入すべきではない。人々に夢を与える存在でなければならない』と、そう仰っていました」
「……」
レオンが目を細める。
戦争が起こったのは、蒸気革命でブリタニアが力を持ったからだった。作った機械を惜しみなく投入し、まだ機械産業の発展途中だった隣国から土地を奪い取った。だが、それは間違いであったと国のトップが言っているのだ。
「グロムでは、ある大型兵器の開発をしているという噂があります。こちらを破壊するだけでも、大きな意欲低下につながるでしょう」
アルベルトが続けて言う。
「まず、これは女王陛下からの命令です。拒否権はありませんので、ご承知おきください」
「拒否権ないんだったら、やるしかないってことだろ……」
「その通りです」
にこりと笑って、アルベルトは頭を下げる。
「ブリタニアを、何卒よろしくお願いいたします」
そう言い残して、アルベルトは帰っていった。
しばしの沈黙。
「……ハァー」
レオンがどかりと椅子に座り、天井を見上げ、盛大な溜め息をついた。
「変に目をつけられちまったな……」
「ほんとに。信頼ってなんだよ、信頼って」
エマも壁に背をつける。
「まず、グロムに潜入? まあ、国交はあるから普通に入れるとして……エマ、おまえグロム語喋れる?」
「喋れるわけないだろ阿呆か」
エマが手元にあったペンチを投げた。ペンチはレオンの頭に命中する。
「無理無理! やっぱ無理だよこれ! 言葉も通じないのにどうしろってんだ!」
「ぼく、通訳できるよ」
二人が目を向ける。工房の入口に、買い物に行っていたアイヴスとフロイトが立っていた。
「どこに行くの? グロム? リス?」
アイヴスがエマに駆け寄った。それを抱きとめながら、エマは怪訝な顔をする。
「アイヴス、他の言語もインプットされてるのか?」
「グロムとリスの言葉はフィリップが記憶してたんだ。情報もあるし演算済み。アウトプット可能だよ」
エマとレオンが顔を見合わせる。
「いや、でもアイヴスを連れていくのはダメだろ……子供だぞ」
レオンが言うと、アイヴスがむっとした。
「もう起動して六年経ってるんだから、六歳だよ! あれ、それは人間でいう子供か……とにかく、ぼくは大丈夫だよ! ねっ、エマちゃん」
「とにかく、何があったのか説明いただけますか?」
フロイトが話を遮った。そうだな、と言ってレオンがアルベルトが来た話を二人に聞かせた。アイヴスが表情を曇らせる。
「そう、フィリップは機械の軍事投入を憂いていた……機械はもっと自由であるべき。でも、人々はそこに夢を見ても、人を悲しませるものであってはいけないって。それがみんなに伝わらないことをずっと悔しがってた」
アルベルトが言っていたことは本当だったのだと理解する。
「だから、連れてって! ぼくが行かなきゃだめなんだ!」
アイヴスが再びエマにしがみつく。エマはしばらく悩んだ後、息を吐いた。
「わかった、連れてく」
「本当!?」
「ただし、おまえは通訳専門。危ないことはしないこと。いいな?」
「うん、わかった!」
アイヴスが頷いた。レオンが仕方なさげな息を吐く。
「おまえは人間なんだから来なくていいよ」
「ハァー? グロムでおまえが壊れた時に誰が直すんですかー?」
「おまえ、いつもそれだな……」
嫌味っぽく言うレオンに、事実なのでエマは強く返せない。溜め息を吐くしかなかった。
「フロイトは留守番してろ。家をずっと空けるわけにもいかないし、客を待たせるわけにもいかないし」
「はい、お得意様の対応はお任せください」
レオンの言葉に、フロイトが頷く。
こうして、三人はグロム共和国へと向かうことになったのだった。




