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メカニック・トロイメライ  作者: 麻倉ミウ
第一部:機械の夢は、誰の記憶か
11/14

11. 人間らしさ

「エマー! このアホたれー!」


 クリソプレイズの職人街の朝に大声が響き渡った。レオンがまたエマの部屋にずかずかと押し入り、シーツをめくってエマを床に転がした。


「机の上の左腕は何だ!? ぶっ壊して来たのか!? 今回は何してきたんだ!?」


 眠い目を擦りながらエマは床に座って考える。


「えー……隣町の闇金が悪さしてるっていうから、ちょっと脅かしに……?」

「それでどうして左腕の肘から先がなくなるんですか?」

「猛獣みたいなオートマタに食われた。そのままカノン砲食わせたから勝った」

「食われ……」


 ふらり、とレオンが膝から崩れ落ちて両手を床についた。


「まあ、元気出せよ」

「おまえが言うな!」


 足音が聞こえ、部屋にアイヴスが入ってきた。


「あ、エマちゃんがまたレオンくんいじめてる!」

「いじめてない。どうした?」

「フロイトが朝ご飯できたから呼んで来てって!」

「はいはい」


 悲しんでいるレオンを置いて、エマはアイヴスと一緒に部屋を出た。

 この家は随分賑やかになった。エマとレオンが住んでいた他に、アイヴスが増え、自宅に残していたフロイトもレオンが修理して今では家事を請け負っている。


「おはようございます。またレオンさんを困らせたんですか?」

「あいつが勝手に困ってるだけだ」


 椅子に座ると、テーブルの上にサラダと目玉焼きにベーコン、焼き立てのトーストが置かれた。アイヴスもエマの隣の椅子を引いて座る。アイヴスは食べなくても良いのだが、エネルギーの足しになるようで一緒に食事を取っている。


「しっかし、この家も狭くなってきたな……」


 立ち直ったレオンが階段を下りてきて顔を出した。食事の時間になると皆集まるため、二人しかいなかった家に急に二人増えたのだと実感する。


「増築すっか。工房ももう少し広くしたかったんだよな」

「引っ越せば?」

「どこにそんな金あるんだよ」


 金は今までレオンの仕事代のみで賄っていたが、四人暮らしになったため預金残高はどんどん減っているところだ。エマがトーストを食べながらレオンを見た。


「あれ、言ってなかったっけ。父さんと母さんが残した金ならあるけど」

「は?」


 レオンが動きを止める。


「使う気なかったけど、引越代にするくらいなら、まあ」


 もぐもぐと咀嚼しながらエマが言う。


「は、早く言えー!」

「引越するの!? どこに!? ぼく、景色が綺麗なところがいいなあ!」

「職人街にそんな場所があるでしょうか……」


 アイヴスとフロイトは既に引越先の話をしている。景色が綺麗な場所は職人街にはなさそうだが、人の住んでいない空き家ならいくつもあることを知っている。綺麗なところがいいと言ったアイヴスを見て、エマは微笑んだ。人間は作れないから美しいと言った両親は、美しいものを美しいと思えるオートマタは作れたのだと改めて思う。


「あっ、エマ! 今までツケてきたおまえの修理費用も出せよな!」

「チッ」


 エマは残りのトーストにマーマレードジャムをつけて、一口で食べた。


  ◇


「また派手にやったようだな」


 久し振りに向かったカフェで店主に言われて、エマは不満そうに眉を寄せた。店主が読んでいる新聞の一面に『技術庁の機能一時停止』などという見出しの記事が載っているのが、エマの視界に入った。


「なんで私だって決めつけるんだ」

「帝都に行っていたんだろう。あと家族が増えたようだな」

「……なんで知ってるんだよ」


 店主はどこから情報を仕入れているのか何でも知っている。アイヴスという弟が増えたことも、レオンが直したフロイトが家事を請け負っていることも知っている。


「久しぶりに来たな! 勝負だコラァ!」


 そう言ってやってきたグリムが、エマの前にコーヒーカップを置いた。


「まだ注文してないけど」

「どうせそいつを頼むんだからいいだろ」


 グリムがふんぞり返る。エマがカップを持ち上げて口につける。一口飲む間、グリムはずっとエマを見つめていた。カップを置く。


「及第点」

「ぐっ、まあましってレベルか……まずくはないなら、成長はしている……ぐぐぐ」


 グリムは複雑そうだった。帝都に行く前と比べたら少しはマシになったとエマは思う。それまでに店主が何杯のコーヒーを飲まされたのかは知らないが。


「で、おまえはその『成功作』とやらのオートマタとはうまくやってるのか?」


 話題を変えるようにグリムが言った。


「やってるけど、なんだよ」

「いや。どんなやつかと思っただけだ。おれたち『失敗作』の上位存在なわけだろ。人間らしいのか?」


 人間になれと言われて作られた。グリムたち試作品は、エマの両親の技術を元に、技術庁で実験されたオートマタだ。


「どうかな」

「どうかなって……」

「人間らしいとは何か。そう考えてるところだ」


 そう言うと、グリムは黙った。彼の中にも、『人間らしい』というものの具体的な指針はないということだ。ただ、そうなれと言われて作られた。人間とは何かわからないまま。


「演算装置は完成品だと言っていた。見た目は五歳児。でも、女王の旦那の情報も演算済みだ。五歳児相当の思考回路かと言われれば、もうすっかり大人並。あとは情報さえ追いつけば……という感じじゃないか」

「ふうん。なるほどな」


 グリムは納得したようだった。

 エマはコーヒーを飲み干して立ち上がる。カウンターに小銭を置いた。


「もう行くのか」

「どうせ私しか客がいないだろうと思って寄っただけだ」


 グリムがむっとする。閑古鳥が鳴いているのは相変わらず。店主が集客する気がないのだから仕方がない。


「そんな言い方しなくてもいいだろ」

「グリム。あれはこの店を心配している、という意味の照れ隠しだ」

「え、そうなのか?」

「照れてねえよ」


 ストレートに言動を捉えるというのは、演算装置のせいか。かといって別にこの店を心配しているわけではない、断じて。エマは溜め息を吐いて、店を出た。

 クリソプレイズの街を歩く。数日いなかっただけだが、どこかいつもと違うところはないかと気を付けて見て回る。別に今も英雄気取りなわけではない。困っている人間全員を救えるなんて考えているわけでもない。ただ、帝都を見て、自分はやっぱりこのクリソプレイズが落ち着くのだと改めて実感しただけだった。


「だからさあ、おまえ何言ってるかわかんないって」


 そんな子供の声が聞こえた。公園で子供たちが五人集まっていた。一人はアイヴスだ。いつの間に友達ができたのだろう。


「あいつがきもいのが悪いんだよ! おれに逆らうなら、おまえだって仲間外れだぞ!」

「マーくんの父ちゃん、すっげー技師なんだからな! この間のコンテストで四位だったし!」


 アイヴスは表情を変えずに、冷静に言う。


「ううん、見ていたけれど、君たちがこの子を仲間外れにする正当な理由が思い当らないし、君が言うことも論理的に間違っている。容姿がどうあれ、それは人間の欠陥にはならない。それは個性というものだよ」

「け、けっかん? こせい? 何言ってんだこいつ!」

「わけわっかんねー!」

「ってか、やばくね? こいつキチガイじゃない?」

「やべ、キチガイがうつる!」

「マーくん、ヤッチ、行こうぜ!」


 口々に騒ぎながら少年三人は走って行った。取り残された少年の一人はぐすぐすと泣いている。アイヴスは難しい顔をしていた。


「キチガイってなんだろう……知らない言葉だ。ねえ、大丈夫?」


 アイヴスが手を伸ばすが、少年はその手を払った。


「なんで邪魔するの!? 僕はみんなと仲良くしたいだけだったのに!」

「えっ、ぼくはみんなが仲良くできるように助言しただけで……」

「僕がブサイクだからそういうことするんだ! 君も僕をいじめる! わーん!」


 少年は泣きながら走っていなくなってしまった。アイヴスは、行き場のない手をゆっくりと下ろした。


「アイヴス」


 エマが声をかける。アイヴスははっとしてエマを見た。


「エマちゃん、見てたんだ……ねえ、きもいとかキチガイってどういう意味? ぼくのライブラリにないよ」


 アイヴスの問いにエマは眉を寄せた。


「覚えなくていい気もするけど……どっちも差別用語だよ」


 そう答えると、アイヴスはぎょっとした。


「差別用語を気軽に使ってるってこと!? ……いや、善悪を知らない子供だからこそ使っちゃうのかな」


 アイヴスが考え込む。そして、よし、と顔をあげた。


「三人を追いかけて、それは悪い言葉だからやめるように指摘した方が……」

「アイヴス」


 エマがもう一度アイヴスの名を呼んだ。腰をかがめて、アイヴスと視線を合わせる。


「おまえが言う通り、子供はまだ善悪がわからない。言っていい言葉、悪い言葉。やっていいこと、悪いことの判別がつかない。自分とちょっと違う人間を受け入れるだけの心の余裕もない。だから、おまえの正しさを受け入れられないこともある。わかるか?」

「わかると思う……でも、それでいいのかな。他の人にもあの言葉を言ってしまったりしているなら、誰かが注意しないといけないんじゃないかな。いじめが悪いことだっていうことも伝えなきゃならないし」

「今度はおまえが嫌われて仲間外れにされるかもしれない」


 アイヴスが眉を寄せた。


「嫌われるのは……嬉しくはないかな」


 そう呟いて、アイヴスは溜め息を吐いた。


「人間の子供って難しいな……」

「でも、おまえにもできることはあるよ」

「え?」


 エマがアイヴスの頭に手を置いた。


「正しさは、注意することだけなのか?」

「うん? 間違いを指摘することは正しいことだよ?」

「じゃあ、誰かの味方になることは? たとえば、泣いている子供と話をするとか」


 アイヴスがはっとした。


「それも正しいこと!」

「そうだ。それじゃあ、おまえはどうする?」


 エマが手を離すと同時、アイヴスは走り出した。


「いってくる!」


 いじめられていた子が泣きながら走り去った方へ、アイヴスは駆けてゆく。エマはその背にひらひらと手を振った。

 夕方。レオンの工房に帰って来たアイヴスは笑顔だった。


「エマちゃん! ぼく友達ができたよ!」


 レオンの作業を見ながらコーヒーを飲んでいたエマに、アイヴスが告げた。


「お、なんだアイヴス。友達できたのか?」


 レオンが作業を止めて振り向いた。


「うん! ちょっと難しかったけど、たくさん話をしてたらエミールも……あっ、友達の名前なんだけど……ぼくの言ってることを理解してくれたみたい!」

「エミール? ディーターさんのところの子か?」

「レオンくん、知ってるの?」

「ああ、あのいつも鼻水垂らしてる子だろ?」


 レオンが笑いながら言うと、アイヴスがむっとした。


「レオンくん! ぼくの友達のこと悪く言ったら怒るよ!」

「えっ、悪く言ったつもりは……」

「謝って!」

「ご、ごめんなさい……」


 アイヴスの圧に押し負けて、レオンは素直に謝罪した。エマがぷっと噴き出す。


「じゃあ、エミールも一人じゃないから寂しくなくなったな」


 エマが言うと、アイヴスは頷いた。


「ありがとう、エマちゃん。ぼくは、正しさって悪いことの反対だと思ってたのかもしれない。でも違うんだね。反対じゃなくて、別の正しさもあるんだ」

「そうだな。これから友達から学ぶこともたくさんあると思うよ」

「うん!」


 嬉しそうにもう一度頷くアイヴスに、エマは笑みを浮かべた。


「皆さん、ご飯ですよー」


 フロイトが呼ぶ。


「はーい! 手を洗ってくる!」


 アイヴスが室内に駆けていく。それを見て、エマとレオンは顔を見合わせてくすりと笑うと、二人もリビングの方へと向かった。

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