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聖女の短編集

まさか聖女になるとはね

「痛っ」

落ちた。あまり高くなかったみたいだけどお尻が痛い。沢山の人の視線を浴びて動揺した。私を見ている人たちはざわざわと騒がしい。でも尻もちをついた私を笑っているわけではないみたい。


聞き取れない言葉。見たことのない人たち。服装もなんか違う。喜んでいる人、残念がっている人、資料を凄い勢いで捲っている人。誰なの?


その集団の中から整った顔立ちの男性が近づいてきた。何かを私に喋っているけど聞き取れない。パッと見は優しそうな笑顔。やっぱり私に何か質問してるみたい。


「分からない」という意味で、咄嗟に首を横に振ろうと思って止めた。私の国では否定だけど違う国では肯定だと聞いたことがある。知らない文化、知らない言葉。やらかしたら危ない。


それにあの笑顔のイケメンは、確かに笑顔だったけど目が笑っていなかった。苛立ちを隠して表情だけを整えた顔。友だちと私、二股をかけていた元カレにそっくり。嘘をついた時のあの目。


せっかくあの二人とは違う大学に進学が決まったのにツイてない。日本にいたはずなのに、急に日本じゃない世界にいる。死んじゃった覚えはないけど、異世界に来ちゃったっていう例のアレ?


私が何も言わないからなのかイラついた顔の人が増えた気がする。冷たい目で私を見ている人もいる。多分勘違いじゃない。なんか涙が込み上げてきた。


だってきっともう帰れない。こんな冷たそうな人たちが帰る方法を用意してくれているとは思えない。それに物語では大体帰れないって言われてるよね。もしあったとしても、言葉が分からないから何をすれば良いのかきっと分からない。


なんでこんなことに……私は胸に抱いていたバッグからハンカチを取り出そうとした。体に違和感がある。見えない何かで拘束されているみたいで動けない。「助けて」と言おうとしたけど声も出せない。


体を動かそうと頑張っているうちに宙に浮いた。怖い!高い!そんなに高いところまで持ち上げなくても良くない?


ああ、もう助からないのかもしれない。万が一、なんてことになったらこの人たち皆恨んでやるし呪ってやる。ああ、こんな時でも空が綺麗だ。異世界の空も青いのね。月みたいなのが二つある。どこに運ばれているんだろう。この浮かされてるのって魔法だよね?今更だけどホントに異世界にいるんだ、私。


目の前に何か建物が見える。そびえ立つ塔だ。ちょっと待って。塔って幽閉されるやつじゃない?それとも上から落とされる?怖い。こんな怖いことって初めてだ。


あ!

落ちる!


突然ジェットコースターみたいな浮遊感に襲われたけど、すぐに硬い床に着地した。生きてた。びっくりした。私が何か粗相したらもっと高い所からこうしてやるという脅しかもしれない。怖い。


無慈悲な音を立てて扉が閉まった。

「嘘でしょ?」

誘拐の後は監禁。なんなの?あの人たち。声が出たし動けるようにはなった。でも扉は開かない。


「そうだ!」

魔法がある世界なんだったら、こんな時にこそ試してみた方が良い言葉を知ってる。以前何かで読んだことがあるあのセリフ。


「ステータス、オープン!」


ブオン。


機械音と共に半透明なスマホのような機械が現れた。やった!でも、残念ながら書いてあることが読めない。

「詰んだ。何語なのかも分かんないよ。あぁ、言語変えたい。できれば日本語に」


ピコン!


音がした。画面を見ると見慣れた文字が並ぶ。

「読める!読めるよ!やったぁ!」

意味のわかる言葉だ。思わず今日一の声が出た。


「誰かいるのか?」

「日本語だ!すみません!私異世界に来ちゃったみたいなんですけど、あなたももしかして……」

近くにあった階段を登った先に、男の人が立っていた。黒髪に黒っぽい目だけど、多分日本人じゃない。なんとなくだけど。


「イセカイ?君は誰?ここで何をしている?その光った板は何だ?」

ちょっと偉そうだけど今日会った中で一番普通そう。それに同世代っぽい。


「あの、私」

歩き始めようとしたところを制止された。

「ちょっと待った。近付かないで。まだ君が安全とは限らない」

「ごめんなさい」

慌てて離れた。

「その辺で大丈夫。もし僕を襲っても、君は命を落とすと思う。僕は剣を瞬時に錬成できるから、言動には気をつけて」


「分かりました」

「じゃあ、話を聞こう。まずは君の名前から」

「醒菜です。セイナ」

「セナ?」

え!これ名前を奪われるやつ?いや、単純に聞き慣れない名前だからか。それにちょっと言いにくそう。


「セナ、僕はアールス。隣国の王族だ。訳あってここに居る」

ニカッと笑った顔は、人好きのしそうな主人公顔。こういう人も危ない。一緒にいると事件に巻き込まれたり、討伐に連れ出されたりしそう。


「よろしくお願いします」

一応挨拶はしておこう。

「うん。戦闘能力は低そうだね。僕はそういうのを鑑定することができるから、嘘をついても無駄だよ?ああ、分かった。君は僕の世話係かな?やっと人手が確保できたのか。早速掃除してもらえる?散らかってしまって困っていたんだ。この国の者は他国とは言え、王族への敬意がない。人質とは言えど人権があるとは思わないか?」

あぁ、自分のことがお世話できないタイプの人か。最悪。


「多分私はあなたと同じ立場です。空いている部屋を使いたいのですが」

「他国の王族の方か。失礼した。二階は僕が使っているけど上階ならどこでも空いているよ」

「ありがとうございます。では失礼します」

「何か分からないことがあったら何でも聞いてくれ」

私はお辞儀をして階段を上り始めた。


アールスが言っていた通り、上階にも幾つか部屋があった。塔の内側の壁沿いに螺旋階段があり、階段の途中に扉がある。使ってない部屋は扉が開いたままになっているみたいだ。なるほど。彼の部屋の真上は嫌だったので、面倒だけど階段を上って四階、もなんか嫌だったので多分五階にある部屋に入った。


「暗っ」

無遠慮に部屋の奥へ進む。カーテンも窓も開けると、部屋に陽の光が届いた。部屋にはベッドがあり、洗面と棚と多分トイレだろうと思われる個室。簡易テーブルが置いてある。レトロなビジネスホテルみたい。

「良かった。使い方分かるやつ」


とは言え、この薄汚れた部屋には掃除道具も無さそう。アールスの部屋はきっとこれよりも汚いだろうな。なんとなくだけど。


「あの人、自分で掃除しろっての。はあ、この部屋も一瞬で綺麗になってほしい」

ため息混じりにそう言うと、部屋が綺麗になった気がする。ああ!私も魔法が使えるのか。異世界だもんね、と妙に納得してしまった。


扉にしっかりと鍵をかける。棚を動かして扉を塞ぐ。アールスが急に開けたら嫌だなと思ったので、棚に向かって言う。

「私が良いと言うまで絶対に動かないで」

棚がうっすら光ったような気がするけどまあいいか。


「ステータス、オープン」

外に漏れ聞こえないように小声で囁いた。ぼんやりと光り、スマホみたいな例の板が登場。ベッドに座って画面を見る。次の画面に進んでみた。


セイナ:聖女 Lv.45

使用可能魔法:空間収納、空間清浄、言霊(治療、転移、心身拘束、食糧調達、転送など)


「え。結構良いかも」


さらに次のページへ。


召喚獣:召喚可能


それっぽい聖獣のアイコンがいくつか並んでいる。精霊や妖精のような見た目のものもあるけど、名前だけでは何ができるのかよく分からない。


見た目だけで選ぶしかないか。ステータスが書いてあったら良いのに。なるほど。どれを選んでもステータスは同じなのか。


「なら、猫がいいなぁ、いやでも、目の前で何かあったら辛いし、うーん、言葉が話せそうな妖精の方がいいかな。あ、猫耳の精霊がいる。これにしよう!」

アイコンを押すと、名前が表示された。


「アーノルドか。アーノルド召喚っと」

『決定』を押したらスマホが眩しく光って、その光の中から何かが出てきた。


「選んでいただき光栄です。猫の精霊『アーノルド』です。以後お見知り置きを」

胸に手をあててお辞儀をしているアーノルド。可愛い。

「私はセイナよ。よろしく」

手を差し出すと、アーノルドは不思議そうな顔をした。


「握手ってこの世界にもある?」

「いいえ。聖女セーナ、どういうことですか?」

「挨拶というか、仲良くしましょう、という合図というか」

「なるほど!ではぜひ」

笑顔で握手を交わした。


『アーノルド』によると、この世界には大まかに分けて魔界、現世、精霊界の三つがあり、絶妙なバランスで平和な時代を築いているらしい。


現世はさらに幾つかの国に分かれていて、それぞれの国が聖女を呼び寄せようと試行錯誤を繰り返しているんだとか。迷惑な話だ。もうこれを最後の召喚にしてほしい。そうそう、今の私は現世の大陸を統べるとかいうカルナバ王国にいるんだそうだ。


なぜ魔法使いが膨大な対価を払ってでも聖女を呼び寄せたいのか。それは居るだけでその国に安寧と繁栄をもたらす存在だからだそうだ。なんだそれ?聖女は特に何もせず穏やかに暮らすだけで周囲には恩恵があるらしい。ああ、あれか、一人を犠牲にして他の皆は幸せに、というやつか。私にそんな義理はないけどね。


「おーい、くそおんな、飯だぞー?この部屋に居んだろ?おーい、出てこいよ」

棚の奥の扉の前から声が聞こえた。

「おい、そんな言い方やめとけよ」

「どうせ分かんねーよ。言葉通じてなかっただろ?ハズレだよ。ハズレ。なのに生かしておけ、なんて上司は勝手なことばっか言うよな」


「おまえ、よくそんな爽やかな顔でそんなこと言えるよな。さっきも聖女に暴言吐いてたし。『くそおんな、お前の巣に案内してやるぞ』だっけ?」


「俺に話しかけられて嬉しそうに頬染めてたから、喜んでたと思うぜ?俺の顔に釘付けだったし。あいつがさっさと首を振らないせいでさっきは失敗したけど、まあどうせハズレだしな」


「ひでーやつ。何人の女を侍らせるかとかやってるって聞いたけど、ホントにやってそう」

「今六人。もうじき落ちそうな女が一人」

「はぁ、マジかよ。最低だな。ああ、聖女様出てこないな。眠っちゃったかな。結構可愛かったし、会いたかったな。聖女の力で癒されたかったぜ」


「なあ、もうここに飯置いて帰ろうぜ。よくあんな埃まみれの部屋で眠れるよな。俺には無理。さっさとアールスの部屋にも置いて帰ろうぜ」

「ああ。そうだな。アールスも一言も話さないままだろう?隣国の王族相手に俺らヤバくない?不敬罪とか言われたら嫌だなぁ」


「大丈夫だろ?あいつ弱そうだったし。簡単に潰せそう。どうせトバレアでも厄介者だろ?」

「そうは言っても王族だぞ?」

二人は何かを話しながら螺旋階段を下りて行った。


棚に耳を付けて聞いていた私は、ベッドに座った。多分さっき話しかけてきたイケメンだよね。やっぱり見た目だけの人だった。首を振ってたら危なかった。耳に魔法でもかかったのかも。喋らなければただのイケメンだったのに。


なんか元カレを思い出しちゃったな。あいつマジで嫌なやつだった。やたらと体を触るのはやめてって言ったら、裏で私の友だちと付き合い始めたあの男。


「私の方が良いんですって。ごめんね醒菜」

あの勝ち誇った眼差し。カレシも友人も一度に失った。二人とも最低だ。


「セーナ、大丈夫ですか?」

アーノルドが心配そうに私を見ている。

「心配かけてごめんね。扉の前にご飯が届いたみたいだけど、何が入っているか分からないから食べるのはやめよう。何か別に用意しないとね」


「ボクに任せて!」

簡易テーブルの上にパンとスープ、美味しそうなトマト色の煮込み料理が並んだ。

「ボクは転移魔法が得意なのです!」

「え!これどこかから取ってきたってこと?ダメよ!誰かの食事よね?」


「でもどこからきたかはもう分からないから戻せません」

落ち込んだ表情のアーノルド。どんな表情でも可愛らしい。頭を撫でる。上目遣いで私を見るアーノルド。ああ、可愛い。私の癒し。


「そうだ!街に食事ができるお店ってある?そこへ転移して食事を、って、今はお金がないんだった」

「街にお食事処、ありますよ?それにお金もあります。ステータスを見てみてください」


画面を開いて言われたところを見てみる。

「ホントだ!結構入ってる。召喚ボーナスか。なるほど。紙幣が出せるのね。便利!ねえ、アーノルド、ここでは一食いくらくらいなの?」

「五百ニェンでお腹いっぱい食べられます」

「じゃあ、しばらくは暮らしていけそうね。早速行ってみる?ステータスに転移魔法が使えるって書いてあったの」


「良いですね!行きましょう!魔法の使い方は分かりますか?」

「言霊ってのも書いてあったから、きっと気持ちを込めて言えば良いのよね?『美味しいお食事処の前へ移動!』」


突然現れた目の前のお店からは美味しそうな香りが漂ってくる。

「やった!上手くできた!早速食べましょう!言葉が通じなかったら助けてよね、アーノルド」

一瞬ショックを受けたような表情だったが、笑顔になって頷いたアーノルド。可愛い。自分が転移したのは初めてなのかな。


店の前には召喚獣等帯同可能と書いた看板がある。なるほど、召喚獣を連れている人は珍しくないのか。店内の他の人の召喚獣に目がいく。さっきの機械には載ってなかった種類もいる。多種多様。なるほど。あんな風に過ごすものなのか。


「美味しい!」

アーノルドと感想を言い合ったり、分け合ったりしながら料理を堪能した。アーノルドの小さな体に食べ物がどんどん消えていく。

「ごちそうさま!」

手を合わせてそう言うと、店内が騒がしくなった。


「お店の中ちょっとうるさいですね。デザートを召し上がっていただくのにオススメの場所があるんですが、いかがですか?」

「え。嬉しい。行ってみましょう?」


「ではボクの手に掴まってください」

「分かった!」

支払いを待つのが嫌で多めに紙幣を置いて、アーノルドの小さな手に掴まった。


アーノルドの転移先は綺麗な風景の場所だった。自然多め?なーんだ。アーノルドも転移できるのね。

「アーノルド、ここは?」

「精霊界にお連れしました。ご迷惑でしたか?」

「精霊界!ホントにあるんだ!ううん。大丈夫。嬉しいわ。こんな綺麗な場所だったら住んでみたいわ」


「精霊王、聖女セーナをお連れしました!」

突然アーノルドが叫んだ。

「精霊王様」

そう言うとアーノルドは突然現れた一人の男性?の前で跪いた。中性的なイケメン。私はどう振る舞ったら良いのか分からず、そのまま立っていた。


「ようこそ精霊界へ。異世界からの客人、聖女セーナよ。心ゆくままここでお寛ぎください。お茶をご用意しますので、こちらへどうぞ。お疲れでしょうし、座ってお話しましょう」


大理石のようなテーブル、アンティーク調な椅子、綺麗な花が飾られていて、アフタヌーンティースタンドに彩り豊かなお菓子がのっている。


美味しそう。ここのものは食べても大丈夫だと思う。だって精霊界だしという謎の信頼感。クッキーを一つ食べた。

「美味しい!」

私が喜ぶ姿を微笑ましそうに見る精霊王。私も自然と笑顔になる。


「実は、水面下であなたの争奪戦が行われていたのです」

精霊王は用意された紅茶を優雅に飲んでからそう言った。


「私の争奪戦?いつですか?それに誰が?」

「今回は魔界、カルナバ王国、トバレア王国、そして精霊界の四つですね」

「アーノルドが丁寧に接してくれた他は、粗雑な扱いしかされませんでしたけど?」

「聖女様に選んでいただく必要があるので、言葉を尽くすはずなのですが、何か行き違いがあったのかもしれませんね」


「うーん。そんな感じでもなかったんですけど……」

さっきお食事処でたくさん食べたからか、美味しそうなスイーツがたくさんあるのにもう食べれない。このケーキで最後にしよう。


「まずお伝えしたいのは元の国に帰ることもできる、ということです」

「帰ることができるんですか?もちろん帰りたいです!」

ケーキを食べていた手を止めた。


「分かりました。我々としてはこのまま精霊界で過ごしていただければありがたかったのですが、セーナさんのご希望が第一ですから」


「嬉しい!ありがとうございます!永遠に感謝します!なんて良い人たちなの?ずっと幸せでいてほしい!」

「よろしかったら、このまま帰られますか?」

「はい!ぜひ!」

「では、こちらへどうぞ」

やった!帰ることができる!無理だと思って諦めてた。食べたいものは食べたし、スイーツはもういいし、それよりも家に帰りたい。


言われた通り部屋へ入る。

「『私を、元いた世界、元いた時間、元いた場所に返して』と言ってください。この世界に来る直前に居た場所に戻ることができます」


「ありがとうございます!嬉しいです!アーノルド、短い間だったけどありがとう。一緒に連れて行きたいけどそれは諦めるわ。この世界でずっと幸せに暮らしてね。精霊王、感謝します」


「セーナ様……、どうかお元気で」

「さようなら。ありがとう!」

私は小さな青い壁で囲まれた部屋の扉を閉めた。


「私を、元いた世界、元いた時間、元いた場所に返して」

白い光に包まれた。眩しさが消えて目を開けると、見知った世界が広がっている。やった!帰ってこれた!あぁ、良かった。そうそう。このベンチで本を読んでたの。


「まさか私が聖女になるとはね。ちょっとくらい魔法を使ってみれば良かった。池の水をポーションにしてみたりとかね」

精霊界の永久の平和と幸福を祈ってから家に向かって歩き出した。ついでに私を『くそおんな』と呼んだあの嫌な男にバチが当たりますように、もう二度と聖女を召喚しませんように、とも願っておいた。




◇◇◇◇◇




「精霊王様、一緒に連れて行きたいと言われた時はどうなることかと思いました」

「私も焦ったよ。言霊で言われたら行かざるを得ないからね。最警戒の合図で帰ってきた時は緊張が高まったよ」

「無事にお帰りいただけて本当に良かったです」


「よりにもよって言霊使いの聖女が現れるとは……。彼女が不用意な事を言う人でなくて良かった。ああ、でもまずはゆっくり休もう。無駄に緊張したよ。アーノルド、しばらくしたら諸々の報告を頼むよ」


「承知しました。言霊使いの聖女だと知った時は冷や汗が止まりませんでした。今回はどうなることかと思いましたよ」

「よく頑張ってくれた。お互いゆっくり休もう」

精霊王はそう言って自室へ戻って行った。アーノルドもその日は休んで、翌日から部下を使って情報収集を始めた。


情報を集め終わったアーノルドは精霊王を訪ねた。

「お待たせいたしました」

「早かったね。では、早速だけど、あの魔族の男の話から聞かせてもらえる?」


「はい。あの男は今は寝たきりです。聖女様に暴言を吐いていましたから、命知らずというか何というか。呪われたようです。アールス殿はご無事です。先日無事トバレアにご帰国なさいました。妙に綺麗好きになったこと以外は特に変化はないそうです。まさかご自分が幽閉されていた塔に聖女様が連れてこられるとは思わなかったのでしょう。聖女召喚のどさくさに紛れて連れ去ろうと潜伏されていたというのにお気の毒なことです」


「言霊使いの聖女だったから運が良かったとしか言えないね。何か言われていたらどんな被害にあったか分からないからね。で、カルナバ王国は?」

「聖女様の被害は人的被害のみです。数名魔力を失った魔法使いがいるそうです。ただ、あの魔族の男が寝込む前に、呪いの後遺症で暴れたので田畑や建物が被害を受けたようです」

「彼はよほど嫌われたんだろうね。理性を失う程の苦しみか……」

痛ましそうな顔の精霊王。


「精霊王、精霊界では良い報告ばかりですよ。あの後さらに幸福を祈ってくれたのかもしれません。これまでにない程の豊作ですし、食べ物の味が向上しました。池の水が治癒のポーションに変わって生活が少し不便にはなりましたけど、財源確保です。現世での高額販売を始めました」


「上手く事が運んで良かった。聖女召喚は当たれば大きいけどハズレも大きいからね。今回は最も危険な言霊使いの聖女だったのに最小限の被害で収まって本当に良かった。それにしても、魔界の男の問いかけに彼女はなぜ首を振らなかったんだろうか。一番多いよね?首を振ってしまう聖女。知りたかったな。その後も現世の方々が言葉巧みに騙すことが多いのにそれも上手くいかず、本来一番不利なはずの我々精霊界が恩恵を得た。それもこれも全てアーノルドのおかげだ」


「ありがたきお言葉。ただ、運が良かっただけでございます」

召喚獣としての召喚を待つ間、閉じ込められていた機械の中でたまたま見つけた『言語設定』を変えておいただけなのだ。





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