婚約破棄の為、前世の姉のBL小説を参考にしたら、悪役令嬢が微笑ましい目で僕をみてくる
「嫌だ。僕はきみの妹とだけは結婚したくないんだ!!」
「なんで? うちの妹、性格は悪いけど、容姿は国一番だって言われてるんだぞ? 俺はシスコンじゃないけどさ。リュシーがここまでする理由ってのも、分からないんだよな」
「なんどもきみには話したじゃないか! 僕がクラウディア様と結婚すれば、僕だけじゃなく、きみは後悔だけの人生を一生、送ることになるんだぞ?」
「はいはい」
僕を膝の上にのせながらも、小鳥に餌を与えるように、クラウディアの兄セルジュはおざなりにクッキーを僕の口へと突っこんでいく。
「もがもが」
ゆっくりと口にいれろ、と僕の言いたいことが分かったのか、代わりにセルジュはため息を一つ吐く。
「で、これは本当、妹に効果あるの? 逆効果なだけの気がするんだけど」
彼女は僕たちに見えないように隠れているつもりだが、柱から炎のような彼女の真っ赤な髪がちらほらしている。こちらを覗く顔は仄かに染まり、クラウディアは怒りからか、手を震わせている姿が分かる。
「アハハハッ! これだけ、自分の兄といちゃいちゃしている姿を見せれば、さすがのクラウディア様も僕との婚約破棄を言い渡すに違いない!」
「そんなにうまくいくものか?」
僕が悪役令嬢の婚約者に生まれ変わってしまったと気づいたのは幼い彼女に『私、前から可愛いペットが欲しかったんですの』と婚約者として直々にご指名を受けたことからだ。
この世界は悪役令嬢クラウディアに僕がざまぁをされる小説だった。クラウディアは僕への愛ゆえに性格がきついだけだった侯爵令嬢から、悪役令嬢になってしまう。
よくある乙女ゲームや小説だと悪役令嬢は王太子の婚約者だが、作者が通常通りの展開だと面白くないとでも考えたのか、クラウディアの相手は男爵令息、前世の記憶が蘇る前の僕こと、リュシーだった。
原作の裏側の設定だと侯爵家であるクラウディアの両親も、彼女の婚約者の相手としては第一王子を考えていたようだが、彼が『クラウディアと結婚するくらいなら、王子なんてやめてやる!』と言い出したことで、彼女の婚約者を選ぶパーティーを開いたらしい。
原作のリュシーは僕とは違って野心家であり、天使だと言われている、ふわふわとした金髪の髪にエメラルドに例えられる愛らしい容姿を使い、クラウディアの観心の全てを自分に向けたが、原作小説のことを思い出した僕は『クラウディア様と僕とでは身分も天と地ほど違いますし。僕なんかが婚約者ではクラウディア様にも申し訳ないです!』と辞退した。
しかし、それが侯爵家の人々の目には好ましく思われたらしく、結果、小説通りの展開となってしまう。
そこは僕の未来の為にも、ほかの高貴なご令息の縁を結んで欲しかった。
僕が読んでいた小説の話に戻すと、クラウディアと婚約をしたリュシーは、彼女の家を乗っとる計画を立てる。彼女と姉妹のように仲良くしていた王女や兄に嫌われるように仕向けて、周囲から孤立させ、彼女の味方は自分しかいないと思わせた。
リュシーの為、暗殺ギルドまでにも手を染め、次第に悪女となっていくクラウディア。
そんななか、クラウディアはリュシーが自分以外の女と口づけをしている姿を見てしまった。クラウディアが問い詰めれば、彼にとって必要なのは自分ではなく、侯爵家だけだったと言われてしまう。
それでも結婚まではお前が必要だから、愛してやる振りをしてやると笑いながら言われたクラウディアはリュシーに味のしない毒薬を飲ませて毒殺すると『私もすぐに、あなたの後を追いかけますから』とリュシーに最期の口づけをして、ふたりは小説から退場する。
強制力が働けば、僕もいつかはクラウディアに毒殺されてしまうかもしれない。
だからこそ僕は、前世の姉の部屋の本棚に並べられていた数々のBL小説の内容を思いだし、彼女の兄、セルジュの力を借りて、クラウディアから婚約破棄をして貰うことにした。
いくらクラウディアでも、自分の婚約者が兄と恋仲かっこ仮だと知れば、恥をかかされたと婚約破棄してくれるだろう。
しかし、クラウディアは僕たちのことに怒りを露わにするだけで、望んでいた展開にはならなかった。最近では、自分の婚約者にお前との関係を疑われたくないから、俺ではなく他の男を探せと僕はセルジュにも言われてしまっている。
「演技なのに、相手が本気にしたらどうするんだよ!」
「お前の貞操なんて知るか!」
「リュシー様。お嬢さまがお呼びです」
クラウディアに呼び出されたとき、いよいよ、僕は婚約破棄を言い渡されると信じていた。パーティー会場ではなく、クラウディアの私室に呼び出されたのも、内密の案件だからだろう。口元を扇で隠しながらも、クラウディアは僕に問いかける。
「リュシー。今日、私があなたを呼び出した理由は分かっていて?」
「もちろん!」
『婚約破棄の為だろう』と続けようとした僕に、扇を閉じて僕に向けたクラウディアが先に口を開いた。
「良かった。私、お兄様とあなたの恋を応援しますわ」
「は、はぁ⁉︎ えっ! クラウディア様は怒ってないんですか⁇」
「怒る? 私が?」
どうしてとクラウディアは、可愛らしく小首を傾げる。
「僕たちが一緒にいるところをみて、真っ赤な顔をしていたじゃないですか!」
気づいていましたのとクラウディアは照れたように、扇子をいじった。
「あなたとお兄様が仲良くする光景がお似合いだったからですわ。私と結婚をすれば、晴れておふたりは恋人としてお付き合いができるでしょう? いずれ、あなたが愛人を持って、子供が出来るのは面倒だと思っていましたけど、お兄様がお相手なら心配はいりませんし」
斜め上の方向に理解があった婚約者に、僕の背筋には冷たい汗が伝う。
「……それって、王女様もご存知ですか?」
「ええ、ご存知ですけど」
クラウディアではなく、セルジュに殺されてしまう。
セルジュは家族と妹のように溺愛している王女以外には、基本、冷淡な人間だ。僕の馬鹿げた計画を手助けしてくれた理由も『婚約者に誤解をされたら、責任は全て、僕が背負う』と神殿で誓約書を書かされたからだ。
「ご、誤解です! クラウディア様。僕とセルジュは、恋仲ではありません‼︎」
クラウディアは閃いたように両の手の平を合わせる。
「まぁ! 本命の為にお兄様を当て馬にしたということね‼︎」
彼女の中で僕の物語が作られているようだが、セルジュからの叱責ならび、クラウディアに毒殺されるかもしれない未来を回避する為には仕方がない。
僕は必死に首を縦に振る。
「なら、リュシーの本命は誰なのかしら」
「それは……え、えっと、あ、あの人です‼︎」
僕は適当に彼女の護衛騎士を指さそうとしたが、鋭い眼差しに指が自然と下がってしまう。
「いえ、間違えました。クラウディア様にはお伝え出来ない相手なんです」
「まぁ、秘密の恋ですのね!」
彼女が僕を見つめる眼差しは、腐女子を自負していた前世の姉とそっくりだ。
僕は婚約破棄をされたいが為に、悪役令嬢をひとりの腐女子に変えてしまった。
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