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働かないアリとロックなセミ

作者: せっか



 ある暑い日の昼下がり、誰もいない公園で一匹のセミがギターを抱えて歌っていた。そこへアリが一匹通りかかり、足を止めてじっと聴いていたが、やがてこう言った。


 「おい、セミくん。こんな暑い日にどうして歌なんか歌ってるんだい」


 一生懸命歌っていたセミは、びっくりして演奏を止めた。アリはまた言った。


 「のどがカラカラになるじゃないか。もっと涼しくなってから歌えばいいのに」


 目をぱちくりさせて、セミも尋ねた。


 「君こそ、アリさん。こんな昼間から何をぶらぶらしてるんだい。命は短いぜ」


 アリといえばいつでも忙しそうに働いているものなのに、近くに仲間はいないようだし、手ぶらで、いかにも暇そうだった。


 「いや、わたしは仕事がないんだ」

 

 「なんだって?」


 聞き返すセミに、アリはのんびりと答えた。


 「手伝いはしてるし、必要になれば働くよ。姉さんたちがごっそりいなくなったりしたらね。でも、それまではこれといってすることがないのさ」


 「へえ、そうかい」


 セミはバカにしたように笑い、ジャン、とギターを鳴らした。


 「なら、そこで俺の歌でも聴いてな」


 自慢のギターをかき鳴らし、声を張り上げて歌いはじめた。残暑の日差しを押し返すような歌声が静かな公園に響き渡る。

 拍手を送りながら、アリは首をかしげて言った。


 「じょうずだけど、どうしてそんなに必死になって歌うんだい。歌は楽しく歌うものだろ」

 

 「そっちこそ、仕事がはじまったらもう死ぬまでそんな自由はないだろうに、怠惰に暮らして、楽しいかよ」


 「べつに楽しくて生きてるわけじゃないさ」


 さらりと言って、アリはセミの目を見た。


 「そうじゃなくて、わたしが訊いたのはね。あんたの声は、聴いてると息が苦しくなる。歌うならもっと楽しく歌えばいいのに」


 「そうか、そいつはいけないな」


 少なからずぐさりときて、セミは頭を掻いた。


 「こっちは命燃やしてるんでね。ついつい気合が入っちまう」


 じゃらん、と爪弾いて、またジャカジャカと弾きはじめる。


 「君こそ楽しめよ、アリさん。時間は待っちゃくれないぜ」


 そうか、趣味の音楽ではないのだな。と、アリは悟った。今朝、働き者の姉さんたちが、近所にセミが落ちていると騒いでいたのを思い出したが、今は元気なそのセミには、さすがに言わなかった。



 あくる日も、セミは公園で歌っていた。自慢のギターをかき鳴らし、元気よく歌っていると、目の前を働きアリの列がめいめいに重い荷物を担いで横切った。みんな同じ顔をして、額に汗して行進していたが、やがて一匹が言った。


 「ああ、暑苦しい。こっちは忙しく働いているのに」


 後ろの一匹も、つられて言った。


 「ああ、鬱陶しい。こっちはまじめに働いているのに」


 聞こえよがしに呟くので、セミは演奏の手を止めて話しかけた。


 「やあ、みなさん、精が出ますね。こんなにいい日にあくせく働いて、楽しいですか」


 嫌味を言われたので、嫌味を返した。働きアリたちは、自分たちが喧嘩を売ったのに、遊んでいるセミにこう言われたので、たいそう気を悪くして城に帰った。


 「あの、セミ。自分は気楽だからって、わたしたちを冒涜している」


 「あの、セミ。今に地に落ちたら、わたしたちの餌食になるのに、上からものを言いやがって、本当に胸糞の悪い」


 「まあまあ、姉さんたち」


 ぶつぶつと悪態をつく働きアリたちに声をかけたのは、昨日のあの働かないアリだった。運び込まれた荷物の整理に呼ばれて、作業を手伝っていた。


 「セミはセミで、おもしろおかしく生きてるわけじゃないのさ」


 「おだまり、ニート」


 働き者の姉さんは、生意気な妹にぴしゃりと言った。


 「ひと並みに働いたこともないくせに」


 「そうよ。責任のある仕事は任されたことがないくせに」


 「そうよそうよ。女王様に認められなかったくせに」


 べつに好きで落第したわけじゃないさ。と、働かないアリは思った。家事手伝いはニートじゃないし、とも思ったが、機嫌の悪い姉さんたちにそれは言わなかった。



 お日さまの光は暑さをなくし、草むらでは秋の虫たちが歌いはじめた。誰もいない公園で、傷んだ弦をつま弾きながら、セミはまだ歌っていた。


 「彼女もできたんなら、もう歌わなくていいんじゃないのか」


 力任せに歌わなくなったセミに話しかけたのは、あの働かないアリだった。


 「そうかもな」


 いつしか常連客になったアリに、咳きこみながらセミは応えた。歌っているのはバラードだった。日は射してもひんやりと冷たい公園に、その声はもの悲しく響いていた。


 「けど、歌わなくなったら、俺は終わりだ」


 「死にたくないって、歌ってるのかい」


 「どうだろう」


 ふと手を止めて、セミはこんな話をはじめた。


 「巨大な共同体の一歯車でいるのが幸せだなんて、アリってのはおかしな生き物だと思ってた。みんな同じ顔をして、来る日も来る日も働いて、何が楽しいんだろうって。おまえみたいなアリもいるとは、知らなかったからな。――けど、そうやって生きるのがアリの幸せなら、おまえはどうなんだ? 死ぬまで仕事はもらえないかもしれない。女王様じゃないから、恋をすることもない。何がおまえの幸せになるんだ?」


 セミに見つめられて、アリはふいと目を逸らした。


 「べつに、幸せになるために生まれてくるわけじゃないさ」


 ジャン、とギターを鳴らして、セミはアリの話を遮った。苛立ったようにギターをかき鳴らし、最後の歌を歌った。

 歌声は長くは続かなかった。


 「つまんなくないはずないだろ、そんなの」


 うつむく顔は、見えなかったが、セミの声は怒っていた。アリは何も言わなかった。身をよじって激しく咳きこむセミを見ていた。


 「俺は俺が生きた証を残したい」


 だから歌うのか。と、アリは理解した。


 「前みたいにがなり立てなくなったから、あんたの歌が頭に残るようになった」


 歌は残る。自分が生きているしばらくの間だけだが、とは、言わなかった。


 「そうか。そいつはよかった」


 セミは言って、ふらりと立ち上がった。


 「楽しめよ、おまえも」



 あくる日、公園にセミの姿はもうなかった。働かないアリは、あのセミが姉さんたちにたかられて自分の城へ運び込まれるのは忍びないように思われたので、飛べるうちにどこかへ行ったなら、それもいいか、と思った。


 ぶらぶら帰ると、女王様づきの女官が待っていて、宮殿の奥へと連れてゆかれ、そこで仕事を与えられた。子どもたちのお世話係だった。


 あのアリがお日さまの当たる外を自由に歩き回ることは二度となくなったが、毎日聴くうちにすっかり覚えてしまったセミの歌を、彼女は子どもたちに歌ってやった。


 それで、その城の子どもたちは、みんなあの歌を知っている。いつか新しい女王になる子どもも、ふるさとの歌のように、あの歌を知っている。






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[一言] 沁み入るオマージュでした  ありがとう
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