今宵も活動 ☆ ■■高校放送部radio
『えー……どうも……ちゃんと映ってる…な?……ザー』
砂嵐が混じる画面。
そこには、暗い校舎内が映っていた。
『いやー……今日は風が強いな〜……ザー……本当は外から侵入するとこ…から撮りたかったけど……諦めたよ……僕の勇姿…撮れなかった』
真夜中に学校に侵入する少年。
彼は非行少年なのだろうか。否。
『はい……と、いうわけで……■■高校に伝わる怪談……“あの世からの放送”……暴いていきましょう!……ザー』
■■高校。
俺の妹が、現在通っている高校。
この古臭いビデオは、妹がその高校で見つけたものだ。
物置きを漁っていたら、偶然見つかったらしい。何故物置きを漁っていたのかは知らん。
見てわかる通り、かなり昔の映像だ。妹曰く、このビデオを知っている奴は、あの高校にはもう誰もいなかったらしい。
そして、あの高校には、所謂“学校の怪談”として、生徒に語り継がれているものがあった。
──“あの世からの放送”。
それを聞くことができる、儀式。
このビデオの少年は、それを実践しているのだ。
妹がはしゃぎながら話していたのを思い出しながら、ビデオに目を向ける。
『では……早速儀式を始めていこう……風が強くて……侵入に手こず…たから……急が…いと……時間…なっちゃいそう……』
そう、時間。
この儀式は、時間が肝らしい。
『まず……放送室……事前準備はしてる…ら……余裕で入れるよ……ザー』
まず、放送室に向かう。
『マイク……ザー……オンにします……』
そこで、校内放送用のマイクをオンにする。
『はっ、時間が……急いで……視聴覚室に……』
次に、視聴覚室に向かう。
『はい、ここで……ザー……受信機の登場です……置きまーす』
ラジオの受信装置を用意し、教卓に置く。
『よし、なんとか間に合った……後は……ザー……!』
最後に──午前二時ちょうどに、そのラジオを、特定の周波数にする。
『……。…………。………………』
これで、儀式は完了らしい。
画面は相変わらず暗く、教卓の上に置かれたラジオが青っぽく映し出されていた。
しばらくの沈黙。
窓を叩きつけるような突風の音が、やけに目立つ。
緊張が高まる。
失敗してしまったのではないか、という不安が押し寄せる時間だ。
映像も震えていて、撮影者の彼が冷静でないことが窺える。
と、そのとき。
『……〜♪』
『……はっ!?』
ラジオから、音楽が流れ出したのだ。
そう、この儀式は、“あの世からの放送”。
『……さーあ、今宵も始まりましたー! ■■高校放送部radio(いい発音)!』
『これは、クソみたいな災害のせいで廃部となった俺達放送部が、夜な夜な話していく番組でーす』
災害の被害を受けて亡くなった放送部員の、“あの世からの放送”なのだ。
……なるほどな。
映像を飛ばす。実際に儀式が成功することだけを確認できれば、それで良かったのだ。
一応、最後だけ見てやるか。
終わる直前の映像を見てみる。
『────!』
「うおおッ!?」
カメラが壁だけを映し出し、突然、大きなくぐもった物音が鳴った。
録画器具を今にも壊しそうな勢いで、何かを打ちつけるような音が。
俺はすぐに思い出した。
この日は、風が強かった。
……つまり、これは恐らく、風の音だ。
窓が開いている、ってこと?
何故? どうして?
気になる。
だが、ビデオを全部、余すことなく見るつもりはない。
「お兄ちゃん! 大丈夫? すごく大きな音が聞こえたけど……」
「あ、ああ、大丈夫だよ。風の音だ」
「そうなんだ。私、まだ見てないんだけど、見ていい?」
「いや、待て。俺が許可するまで見るな」
先にネタバレを食らうよりも、自分の目で謎を確かめた方が、よほど面白いからだ。
「もしかして……本当に行くの?」
「ああ。……俺が行った後なら、いくらでも見ていいよ。俺が撮った動画と一緒に!」
──俺も、“あの世からの放送”の儀式をするつもりなのだ。
◆ ◆ ◆
『……さーあ、今宵も始まりましたー! ■■高校放送部radio(いい発音)!』
『これは、我々放送部が、夜な夜な話していく番組ですー』
……なんというか、思いの外、あっさり成功してしまったな。
俺は今、持ってきたタブレットで、“あの世からの放送”が流れるラジオを映している。
画面は案の定暗いし、ここからは音声以外、代わり映えのしない映像が続くわけだが。
しかし、直で聞くと結構明るくて楽しそうなラジオだな。
本当にこんなのが怪談でいいのかよ。
確かに、幽霊が放送するラジオって聞くとちょっと怖いが、今はこれを怪談と呼んでいいのかどうか迷うだけの余裕はあった。……まあ、幽霊が放送しているんだったら、怪談と呼ぶか。
『今夜のお相手は! 放送部の田中とー?』
『成川でーす』
『よろしくッ! ふぅ!』
テンション、高っ。
もうちょいおどろおどろしい雰囲気を出せよ。
『ちなみに俺の名前は、墾田永年私財法の“田”に、中大兄皇子の“中”で、田中だからな! 間違えるなよ!』
わかりづれぇよ。
『ちょっとー。それじゃあ、わかりづらいですよ』
『んじゃ、班田収授法の“田”に、中臣鎌足の“中”でいいよ』
変わってねぇよ。色んな意味で。
飛鳥とか奈良とか、その辺の時代が好きなのか、こいつ。
『以前のお便りで、八咫烏の“咫”に、半分の“半”で“咫半”って書いてた奴がいたから、念の為に伝えておいたぜ』
パーソナリティがアホなら視聴者も随分とアホだな!
何だよ、その漢字のチョイス!
『やー、最近、暑くなってきたね!』
『そうですね〜。幽霊は暑さを感じませんけどね』
『おいおい成川、それを言っちゃったらこの話題おしまいだよ! もっと放送部員としての自覚を持ってほしいな!』
『えー。僕、幽霊部員だからなぁ』
『幽霊だけにってか? はっはっはァ!』
引き笑いすな。
どこがそんなに面白いんだ。
『そんなふざけたラジオばっかり放送してたら、また部長に怒られちゃうぜー?』
『げ、それは勘弁』
『あ、噂をすれば! 部長がスタジオの外にいる!』
『あれは……手話、ですかね?』
『た・な・か・く・ん・イ・ケ・メ・ン……田中くんイケメン!? ありがとう部長!』
『ちょ。部長、鬼の形相ですよ。絶対違うでしょ。はぁ。ラジオが終わったらまた反省会か……せっかく今宵はいい夜なのに』
まずい。さっきから田中のボケが気になって内容が頭に入ってこねぇ。
『さて! 部長にぶっ殺される前の最期の晩餐の代わりに、今宵もお便りを読んでいこう!』
『田中くん。僕達、もう人生の最期は迎えたでしょ』
『ははッ! それもそうかッ!』
何、笑とんねん。
『普通に読んでいきましょう』
『そうだな! ということで、最初のメール! ラジオネーム“鬱薔薇 朧”さん』
漢字の画数、エグっ。
『えー、“■■高校放送部さん、こんばんは” こんばんはー。 “いつもラジオ聞いています” ありがとうございます。 “田中くん推しです。田中くん愛してる♡”』
『セェェェェンキューーーー!』
田中推しとかいるんだ……。
『“先日の話です。取引先からの、お電話代わりました、という言葉を、おでんは変わりました、と聞き間違えてしまい、その後一時間おでんの話で盛り上がっていたら、仕事をクビになりました”』
何してんの!?!?
『“そんな私ですが、今日の夜食は何がいいでしょうか? 是非、放送部の方に決めてもらいたいです”』
くだらない質問を送るな!
そして夜食はおでんにしたらいいんじゃないかな!
『ポテチにしましょう。ポテチは全てを救います』
成川のそのポテチへの信頼はどこから来るんだ。
太るぞ。
『まあ、ここ数年、ポテチなんて全然食べてませんけどね!』
『そうじゃん。俺達、幽霊じゃん。もっと幽霊としての自覚を持ってほしいな!』
食べてないんかい!
……でも、ずっと幽霊のままってのは、ちょっと寂しい気もするな。
こいつら、成仏とかするのかな?
『こうして、永遠に幽霊となってしまいましたが……でも、素敵な先輩方といつまでもラジオ放送ができるのは、とても幸せです!』
『不幸中のわいわい、だっけか?』
暢気だな。不幸中なのに。
心配して損だったか。
『ありがとう、ありがとう……僕は、幸せ者です……生まれてきて、良かった……ッ』
『ああ……! 生まれてきてくれて、ありがとう……!』
『では、次のメールに参りましょう』
落差よ。
何だったんだ、今の茶番。
『続きまして、ラジオネーム“みこみこ巫女”さん』
お祓いしようとしてる?
『“放送部さんこんばんはー” こんばんはー』
ここだけ切り取ると普通のラジオなんだけどなぁ。
『“最近、意識高い系に目覚めました”』
初っ端から不安になる。
『“そこで質問したいのですが、さらなる意識高い系を目指す為には、何をしたらいいでしょうか。確か、意識高い系の部員さんが一人いらっしゃったような気がします” 鈴木先輩のことかな? “あ、思い出しました。高橋さんです” あー、そっちか』
鈴木と高橋に謝れ。
『“意識高い系の高橋さんを見て学んだお二方の意識高い系の意見、お待ちしております。意識高い系トークに花を咲かせてください” とのことです……』
『いしきたかいけい? って何? 意識が他界してるってこと? それ、俺達も当てはまるじゃん』
どう考えたらその発想になるんだよ。
確かに他界してるけど。
『そうですねー。やっぱり、スタバにマックを持ち込むのが一番じゃないでしょうか』
意識、高っ!
『え? マック? スタバにハンバーガー持ってくんの?』
『は?』
マック……ハンバーガー……
ああ、マック!
そっちのマックか!
マクドの方のマックか!
『え、何、どういうこと……』
成川は気づいていないのか……。
成川は多分、パソコンの方だと思ってるんだよな。
そのせいで結構混乱しているな。
『ええええ? 違うの? ハンバーガーじゃないの?』
『ちょ、ガチで何でそこでハンバーガーが出てくるのか、わかんないです』
噛み合わねぇ……。
『確かにハンバーガーはうまいが、スタバのドリンクと一緒に食べても、特別美味しくなるわけじゃないぜ? 生前にやったことあるけど』
あるんだ。
まあまあ贅沢だな。
マックでもドリンクとか頼めるのに。
『ごめんなさい。僕には先輩の感性がわからないです。なので、最後のメールを読もうと思います』
うお、諦めた。
『えー、結局わかんなかったんだけど! もう一回話し合いたいんだけど!』
『次のコーナーもあるので、もう進めちゃいます。えー、本日最後のメールです……ラジオネーム“彼女のπは偽である。反例はPAD”さん』
うわぁ。頭悪そうなラジオネーム来たよ。
本人は上手いこと言ったつもりなんだろうけど、微妙にわかりづらい。
伝えたいことはなんとなくわかるけど、だからどうした、という話だ。
痛々しすぎる。他人の黒歴史を垣間見てしまった。
『あ、それ俺だ』
田中かよッッッッ!!!!
自分のラジオ番組にお便り投稿するなよ!
『田中くんのメールですね……どれどれ……新入部員欲しい新入部員欲しい新入部員欲しい新入部員欲しい……これいつまで読めばいいんですか?』
こいつもしかして病んでる?
『好きなタイミングで切っていいぜ。ちなみに千九百二十三個の“新入部員欲しい”が書いてあるぜ』
数えたの!?
『じゃあ、面倒なので、ここら辺で切り上げるとしますか。皆さん、たくさんのメール、ありがとうございましたー』
『お便り待ってるぜー! 俺へのファンレターも待ってる!』
『では、次のコーナー参りましょう!』
成川のスルースキルを見習いたい。
『続いては、新入部員歓迎会でーす!』
なんだ、新入部員いるのかよ。良かったじゃねぇか、田中くん。
『やー、今宵は久々に新入部員がやってきたなー!』
『僕ももともとは、田中くんみたいに災害で死んだわけじゃなくて、もっと後で入った新入部員だったんですよね』
へぇ、そうなんだ。
……え?
『ついに僕も、歓迎する側になったってことか』
『そうだね! めでたいね!』
『いやー、まさか……』
少し間をおいて、成川は続けた。
『……儀式が成功するだなんて、思いませんでしたよ』
そのとき──ガタリという物音が、校舎に響いた。
真夜中の学校。誰もいないはずなのに。
意識が、ラジオから引き剥がされる。
振り返っても、視聴覚室特有の無数の席があるだけで、何ともなかった。
……視聴覚室の、外だろうか。
『ああ、視聴者の方は、ちょっとだけお待ちください! すぐに準備しますので』
俺は、持っていたタブレットを落とした。
『にしても、本当に久し振りだな、こういうの』
俺は、鳴り止まないラジオと教卓に背を向け、視聴覚室の扉に目を向ける。
『“噂”が上手く広まってくれているようですねー』
ラジオを一時放棄しているのか、田中と成川の声が遠くなっていた。
逃げ場は、ない、のか?
──あ、窓。
窓がある。
ということは、あのビデオカメラの撮影者も、窓から逃げようとしたのだろうか。
ドンドンドンドンドンドンドンドン。
視聴覚室の扉が叩かれる。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。
間に合え、間に合え。
ガチャ──
間に合え……
間に合え。
間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え間に合え間に合え間に合え間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇ!
「間に合──ぁ!」
俺は、……。
……。
……ああ、なんだ。
あのビデオの最後の音は、そういうことだったのか。
◆ ◆ ◆
──お兄ちゃんは、行方不明になった。
いや、もうこの世にはいないのかもしれない。
お兄ちゃんが行方不明になって、あの古いビデオの映像を最後まで見た今ならわかる。
これは、とても危険な儀式だ。
あのとき、私がビデオを全部見ることを促していれば。
いや、あのとき、私が儀式へ行くのを止めていれば。
いや、そもそも、私がビデオを見せなければ……。
後悔が募る。
お兄ちゃんは、タブレットだけ遺して、消えていった。
お兄ちゃんは、多分、あの放送部の新入部員として歓迎されたのだろう。
嘘つき。
お兄ちゃん、嘘つき。
お兄ちゃん、最後の音は、風の音じゃないよ。
ビデオの映像だけじゃなくて、タブレットの映像も、大きな物音で終わっていた。
お兄ちゃんが行った日は、風が強くなかった。
それに、よく確認したけど、窓を開けたような音はなかった。
あれは、風の音じゃない。
古いビデオの音声じゃわかりづらかったけど。
お兄ちゃんが遺していったタブレットの音を聞いて、ようやくわかったよ。
タブレットの最後の音は、お兄ちゃんの声だ。
そして多分、ビデオの最後の音は、成川さんの声だろう。
あの放送部に襲われて。
録画器具を今にも壊しそうな勢いで。
打ちつけるような大声で叫んで、必死に苦痛を訴えていたんだね。