02.おしへし界隈について
ここ最近人気を博している『王子様の死亡フラグをへし折りたい!』とは、5年ほど前に小説投稿サイトから人気を出し、
今や単行本化、漫画化されている人気作品である。略称は「おしへし」。
小説投稿サイトでは完結済みで単行本は現在3巻まで。漫画は4巻まで出ている。
内容は、優秀すぎるが故に第一王子を支持する派閥に命を狙われている第二王子ウィステリアの婚約者のカトリーヌがあの手この手で王子の暗殺を阻止するため奮闘していく中で義弟、宰相の息子、王子付きの騎士とも甘い展開を繰り広げていく物語である。
これは私の前世に似た物語だ。
私たちの世界が物語になっているのか私たちが物語の住民だったのかは分からないが、登場人物の名前も設定も話し方も外見も全てが私の記憶にあるものに酷似している。
ある、一点を除いて。
私は斬首刑にあったはずだ。
甘い展開なんてなかったし、それどころか悪徳令嬢と謗られ周りから孤立していた。
第二王子派の公爵家として日々、
毒が盛られたお茶を投げ捨てて。
暗殺者のメイドを追い出して。
時には矢から守るために王子を押し倒した。
しかしそれらは誰にも理解されることはなく私が死ぬ瞬間、
誰もが満足そうに笑っていたことも覚えている。
間違ってもドキドキ甘々な展開はない。ドキドキ展開は暗殺阻止で手一杯だった。
どうしてこんなストーリーが流布しているのか……。
……………と、それはそれとしてエゴサはしてしまうんですよね〜〜〜!
カトリーヌの美麗イラストとかカトリーヌ頑張れ!みたいなコメント見るとつい嬉しくなってしまう。いや、私にじゃないんだけどね!?
でも諦めてたものが意外なところから降ってきてつい充足感があって辞められない。
たまにCP絵とかR18作品に出くわしてしまうのが難点だけど……。
実の弟のように育ってきた義弟や私に散々濡れ衣を被せてきた宰相、私を牢屋まで連行していった騎士との恋愛なんてゾッとする。
いや、物語上はそんなことしないけどカトリーヌだった私の気持ち的に……。
やっぱり第二王子とのカップリングが王道。そして私の心にも優しい。処刑台で私を見下ろしてたけど。
でも悪い子じゃないんだよ!騙されやすいだけで!王子として致命的だけど!
「ん……2玉子さん新しいイラストあげてる」
“2玉子”さんとは、最近イラスト投稿サイトで人気をだしている絵描きさんだ。
元々はプロの画家が描く絵画のような美麗絵を描くアナログ絵描きさんだったのだが、最近ではデジタルまで習得しイラスト風の描き方までするなど技術の幅を広げている。
しかも!その全てがカトリーヌのイラスト!
本当にカトリーヌのイラストしか描かない。コメントで他のキャラのリクエストが来ても断る。
唯一他のキャラクターを描いたイラストはカトリーヌに傅くウィステリアンのイラストだけ。
極め付けは他CPイラストリクエストは削除までする。
故に2玉子さんは“ウィスカト(ウィステリア×カトリーヌ)過激派”としても有名だ。
2玉子さんは専用のSNSなどもなく、実は本物のプロ絵師なのではないかと噂されている。
そんな方が私のイラストに力を入れてくれてるのは、本当に嬉しい。全部印刷してアルバムに保存までしてる。
「新しいイラストは……これは4章でカトリーヌとウィステリアが湖に船乗りに行ったときのイラストね」
ボートに座るウィステリアがカトリーヌに手を差し出している。
懐かしい。
このときは湖上で暗殺者が弓を撃ってきたからウィステリアを湖に突き落として私はボートの上で扇で弓を撃ち落としていく
って離れ業をしないといけなくて大変だった。
結局護衛が駆けつけた時には弓を撃ち尽くした犯人は既に逃亡していてずぶ濡れで溺れかけてたウィステリアと無傷の私をみた護衛に第二王子暗殺未遂の容疑をかけられたのよね………。
結局、公爵家パワーと訳を理解してる国王と中立派の貴族たちが釈放してくれたけど3日は貴族を捕らえておく塔に閉じ込められることになった。
しかし、おしへし内では私はボードにウィステリアを押し倒して庇い密着した状態になりドキドキ!のようなライトな展開になっている。
現実でそんなことをしてれば私はたちまち矢で串刺しになっていただろう。
本当に、どうしてこうならなかったのか。
「……………あれ?」
虚しさに襲われながらイラストを保存した私は、そのイラストに違和感を覚えた。
慌てて寝転んでいたベッドから飛び起き、すぐに原作小説を開き4章の描写を読み直し、次に本棚から単行本も持ってきてイラストと見比べる。
「おかしい!どういうこと!?」
私が抱いた違和感。
あまりに正確すぎるのだ。私の記憶と。
私の着ていたドレス、アクセサリー、靴、髪型、ウィステリアのジャケットの刺繍まで!
何もかもに覚えがある。何だったらどこで仕立てたドレスでいつ買った宝石なのかまで言える。
単行本版の挿絵ではカトリーヌがウィステリアをボードに押し倒しているイラストで、靴なんて描かれていない。
そもそも服のデザインもネックレスの宝石も全く違うものだ。
現在コミックスは4巻までで、内容は2章に突入したところだ。つまり、まだ2人の衣装の細部は描写されていない。
ならどうして?
どうして分かったの???
なんでなんでと頭の中がぐるぐるして指先が震える。
思わず携帯が滑り落ちそうになって、私は慌てて深呼吸を繰り返し冷静になろうとする。
何で同じか。
考えられる可能性は幾つか考えられる。
1つは偶然。おしへしのように偶然私の前世に似たものを書いただけ。
以前作者にファンレターを送り探りを入れてみたことがあるが、たまたま思いついた話だと言っていた。嘘か本当かは分からないけど、私の体験とは乖離している話ではあったので偶然だったのだろうと納得している。
2つ目は……カトリーヌとウィステリアを知っている人間の作品だと言うこと。
こっちの方が私にとっては信憑性が高いが、荒唐無稽の話には変わりない。
カトリーヌの生きた時代は確かにこの世界の中世ヨーロッパに似ているが、全く架空の世界である。
カトリーヌが住んでた国も王朝も存在しない。
ならばあったことを証明できない世界は“妄想”としか呼び様がない。
今その話を口に出せば作品と現実を混同してしまったイカれた女になってしまう。
とてもじゃないが、連絡を取るなんて怖すぎる。
でも、でも、もし私以外にカトリーヌのことを知る人間がいるなら………。
会ってみたい。
悪徳令嬢として名高かった私を知りながら、こんな素敵な絵として仕上げてくれる人。
もしかすると、協力的だった関係者の人なのかもしれない。
考えられるのは護衛騎士とか?
私の力が及ばず派閥争いが激化していくうちに親切な方達はウィステリアを庇い亡くなっていってしまったのだけど…………。
「あれ、投稿文が……」
頭を悩まししながら投稿されたイラストを何度も見返していると、私は更にあることに気がついた。
2玉子さんは普段はタイトルだけで投稿文をつけないスタイルなのに、今回の投稿には投稿文が記載されている。
もしかしたら何かイラストに対するメッセージかと思い私は早速文章を確認する。
『ご縁がありまして11月28日開催のCOMIC EDEN FLASH 16にサークル参加させていただくことになりました。新刊として投稿したイラストをまとめたイラスト本を頒布させていただく予定です。スペース分かり次第またご報告にあがります』
「え!?サークル参加!?」
投稿文を読んで、私は飛び上がるほど驚いた。
イラスト投稿サイト以外に活動を明かしていない2玉子さんがまさかリアルイベントに参加するなんて。