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01.いまのわたし

わたしには物心ついた頃から前世の記憶があった。

知らない世界の景色、華やかな人々、

煉瓦造りの街、煌びやかな宮殿、豪華なドレスを纏い踊る人たち、

カトリーヌ・リーシャルという名前。

それら全てが今生きる私とはっきりと乖離していて、だけど夢や空想と切り捨てるにはあまりに愛おしい記憶で。

5歳の私はすんなりとこれが前世の記憶であると受け入れた。


しかし、物心つく頃に前世思い出してしまったがために、前世の記憶は幼い私の人格形成と日常生活に大きく影響を与えてしまった。


まず、一人で服を着替えるということが出来なかった。

というか一人で着替えるという発想がなかった。

カトリーヌであったときは、着替えを召使いにしてもらうなんて当然のことだった。それ故に保育園に行くときも忙しそうな母を尻目に服の着せ替えを頼んだ。

当時の私は成熟した大人の記憶を持ちながら、地味で質素な母を召使いのように扱っていた。お風呂も同様。


ふたつめに、友達が出来なかった。

前世のカトリーヌも友達なんていなかった。

周りの子はみんな表面的には穏やかだが公爵令嬢という地位、未来の第二王子の妃からのおこぼれを貰おうとする子たち。

私が少しでも隙を見せればその場から引き摺り下ろしてくるような、ライバルたちだ。

付き合う令嬢も派閥で慎重に選び、爵位も重んじる。

そんな18歳ぶんの記憶を持ち、周りより精神的に成熟していた私は未就学児の相手なんてつまらなくて、遊びも絵本も楽しくなかった。

そして公爵家の一人娘であったカトリーヌには庶民としての金銭感覚も常識も身についておらず、ただ質素な生活を送る周りを可哀想に思ってた。



カトリーヌとしての私と世界はどんどんズレていって、気がついたら私は孤立していた。

ついたあだ名は「お嬢様」。


最初は嫌じゃなかった。優雅さが評価されたのだと思っていた。

でもそのあだ名の本当の意味に気づいた。気付かされた。


“口は達者なのに、一人では何もできない”


みんながくすくすと笑っていた。

それが嘲りであることに気づいたとき、私の美しい思い出は色褪せた。

私は「都築蘭」で、カトリーヌの知識も経験も地位も名誉もこの世界では全て無意味なのだ。

誰もいない知らない土地で、私はカトリーヌではない人間として全く新しく生きていかなくてはいけなかった。

その事実を受け止めたとき私は初めて泣いた。

誰に非難されて、罵られて、悔しくてやるせなくても、

ウィステリアや国のためだと思えば耐えられた。

生まれ変わっても、私は私だと思えば楽だった。


なのに、


カトリーヌの頑張りは、


人生は、


無意味だった。


後世に残せたものは何もない。

誰も私のことを覚えていない。

ともすれば私の妄想の中の産物だと切り捨てられるもの。


悔しさ虚しさ全てがカトリーヌを飲み込んでいき、その痛みから逃れるために私はカトリーヌを自分から引き離すことにした。


こうしてこの世の誰も知らないカトリーヌ・リーシャルという人間は2度目の死を迎えた。



それから私は都築蘭としてカトリーヌの記憶と「お嬢様」だった過去を黒歴史として封印して慎ましく生きてきた。

調子に乗らず、控えめに、華美にならないように、小市民的に。

誰よりも率先して雑用を引き受け、お菓子も服も強請らない。必要なのは生きていくのに最低限のものと勉強道具。


その拙い努力の結果、小学生5年生くらいには友達もできたし家の手伝いも勉強も部活もこなせている。

私は普通。私はもう間違わない。




なのに、


なのに!


本屋にでかでかと貼られたポスター!

サイトに流れる広告!

イラストサイトに現れる二次創作!


これは過去を忘れるなという神様からの戒めなのだろうか。





「お嬢〜〜〜何見てんの」


本屋で漫画を睨みながら立ち尽くしていた私に、ともに本屋に来ていた幼馴染の冬美が声をかけてくる。

私にとって大変に大変不愉快なあだ名で呼ばれているが、何度言っても直すことがないのでもはや諦めている。


「別に。最近悪役令嬢ものが多いなと思って」


「そういいつ、私が貸した“おしへし”全部読み込んでるくせに………お嬢様としてはやっぱ令嬢ものに惹かれるわけ?お嬢も生まれ変わったら令嬢になってお金持ちの生活がしたかったり?」


にやにやと意地の悪い顔で聞いてこられて、すぐさまそれを否定する。


「絶対嫌!妃教育とか暗殺の心配とか処刑エンドとか没落とか、そんな陰謀渦巻く社交会なんて二度とごめんだわ!わたくしは毎日7時まで寝てコルセットのないラフな服装で好きなもの食べてダラダラできる世界が気に入りましたの!ゆくゆくは奨学金でそりなりにいい大学に入ってそれなりのいい会社に入って平凡で一途な人と結婚するのですわ!」


「蘭、蘭。ほんとにお嬢の素が出てるよ。あと声がでかい」


おほほほと声をあげて笑う私をドン引きしながら冬美が止める。

その声にフッと我に帰り、頭を抱える。


あぁ、またやってしまった…………。


カトリーヌとしての人生は封印したが、染み付いた口調と動作だけはどうしても治らないのだ。

普段は意識してやめているが、感情が昂ったり咄嗟のことがあるとボロがでてしまう。

冬美はそれを分かっていて面白がって煽ってくる。


「冬美………」


「煽ってごめんって。でも蘭はお金持ち向いてるよ。気品があってお嬢様っぽいのも本当だし」


「ふん。カップラーメンと駄菓子が食べられないならお断りよ」


「味覚はお子ちゃまなのね」


クスクス笑われるが、正直高い食べ物は食べ飽きている。

安くて美味しいものがあるならそれで十分だ。

現代社会に感謝感謝である。


「じゃあ私スーパーのバイトあるからもう帰るね」


「はーい。バイバイお嬢」


私は本屋を出てバイト先へと向かう。

夕陽に照らされた大通りを行き交う人たちをみて、私は漠然とした疎外感を覚えた。

まだ、私はこの人たちの仲間ではない気がする。


飛行機、電車、電柱、信号、携帯、コンビニ、ペットボトル、服、靴。

その全てが私を拒んでいるように感じる。


あとどれだけ時間をかければ、私はカトリーヌを忘れられるだろう。







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