第18話 春・婚約の打ち合わせ
雪深い冬が終わり、ジーメンス領も春の芽吹きが感じられる時期になってきた。
まだ山間部では積雪しているものの、領内の農耕地では既に畑づくりの作業が始まっていた。
その中、僕は屋敷の前でそわそわしながらある一行の到着を待っていた。
傍らにはフリーデルと車いすに乗った義母・クラウディア、ハンスやメアリー等従者が控えていた。
「あ、お見えになりましたよ!」
メアリーが声を上げた。
前方から馬車が近付いてきた。商業国家オルロヴァの馬車だ。
そう、あの馬車には太守ディオンとその姫・アイナが乗っているのだ。
その馬車がゆっくり屋敷に近付き、僕達の前で停止した。
「カール君!!」
馬車の扉が開き、アイナが飛び降りてきた。
「や、やぁ、アイナ。久しぶ…むぐ!」
そう言い掛けたところでアイナがどーんと抱き着いてきた。
「あらあら…!」
義母はその様子をニコニコしながら見ていた。
「こら、はしたないぞアイナ。まずはご挨拶が先だろう。」
少し遅れてディオンが降りてきた。
「あ、ごめんねカール君。」
アイナが僕から離れた。
「お久しぶりです、ディオン様。ようこそいらっしゃいました。」
僕はオルロヴァ太守のディオンに一礼した。
「こちらこそお招きいただき感謝する。また娘との婚約を受けて頂き、喜ばしい限りだ。」
ディオンの言葉を受け、アイナがニコッと笑いかけてきた。
「は、はい…! では立ち話もなんですから、まずは中へお入りください。」
僕はオルロヴァ太守一行を屋敷に招き入れた。
「ディオン様、アイナ、そちらにおかけください。」
二人が応接間のソファに着席するのを見届け、僕は対面の席に座った。
「改めまして、ようこそ当家へお越しいただきました。」
「うむ、こちらこそお邪魔させていただくよ。御母堂様もお加減良いようで何よりだ。」
「お陰様で…。それに可愛い義理の娘が来るのに寝込んでいる訳には参りませんわ。」
ディオンと義母が社交辞令的な挨拶を交わしていた。
「お父様。以前私達がこちらに泊まらせていただいた時、お母さまが編み物を教えてくださったのよ。」
「ほう、そうなのか。御母堂様、その節もありがたい限りだ。そのお陰もあってか、私達家族にいくつか手編みのものを作ってくれるようになってな。」
しばらく和やかな歓談が行われた。
さてそろそろ今後の流れについて話さなければならない。
それについてはフリーデルに説明を任せている。
「ディオン様。私、フリーデルから失礼します。今後に関してですが婚礼を進めるにあたり、当家の主たるナイザール王国・ベルクール3世の裁可が必要となります。既に王都への当家印の書状を送っておりますが、実際の訪問にて直々に奏上することになります。」
「フリーデル殿下…、いや、ここではフリーデル殿と呼ばせて頂こうか。カール殿は我が国の臣下では無いからな。しかも貴家からしたら他国要人の娘との婚礼だ。慎重に進めなければいけないのはよく分かる。手続きについては全てお任せしよう。」
「畏まりました。では…」
フリーデルから実務的な話が続く。要約するとこうだ。
数日後準備ができ次第、ジーメンス家はアイナを伴って王家を訪問する。
ベルクール3世の裁可が下り次第、他の貴族等へ内容を伝達する。
両名ともまだ若いことから、すぐに披露宴は行わない。
アイナはジーメンス家の一員として、今後は当家にて暮らしていただく
「うむ、それで良い。」
ディオンが頷いた。
「ディオン様も王都を訪問されますか?」
「そうだな。昨年の訪問からそれほど間は空いていないが、慶事だしベルクール陛下への挨拶も差し上げたいところだ。」
「畏まりました。では当家の準備ができ次第、ご同行をお願い致します。」
その後も婚約に関する打ち合わせが行われた。
アイナに視線を向けると、少し顔を赤くしながら上目遣いで僕を見てきた。
それを見た僕の顔も少し熱くなったのを感じていた。
まさか、獣人の僕がこんな話になるとは思わなかったよ…




