第17話 義母とおしゃべり
「ふぁ~~、暇だな~」
僕は執務室で大あくびとしながらつぶやいた。
やることが無い、やることが無いのだ。
カーテンを開けて窓から外を眺めると、外は一面の雪景色だ。
前にも述べた通りジーメンス領の冬は寒く雪が降るので、この時期は農業が出来ない。
もっとも今冬でも出来る農業の研究が行われているのだが、これはフリーデルやベルント等の数名が主導して行っているので僕の出番は無い。
冬の巣ごもりの準備は出来ているし、屋敷周辺の雪掻き等はハンス達警護の者がやってくれる。(手伝おうとしたのだが、邪魔だから必要ないと言われてしまったのだ。)
あまりにもすることが無いので、義母のご機嫌を伺う事にした。
僕は階段を上がり、義母の寝室に向かった。
「義母上、失礼します。」
「あら、カール。どうしたの?」
義母が笑顔で迎えてくれた。
「いえ、あまりにもやることが無いんです…。それで義母上とお話がしたいなと思いまして…」
「そう、ならこちらへいらっしゃい。」
「はい。」
僕は義母のベッドの傍らの椅子に腰かけた。
「義母上、今日のお加減はいかがですか?」
「ええ、体調はかなり良いわ。雪が無ければ散歩に出かけたいくらい。」
「それは良かったです。」
「そうね、それにしても…」
義母が体を起こして手を伸ばし、僕の頬に触れた。
「あの人が亡くなってから半年以上経ったけど、あっと言う間に過ぎたわね…」
「はい。本当に…」
「カール、世間的にはあなたはまだまだ子供だけど、立派になってきたわね。」
「いえ、そんな。周りのみんなのお陰ですよ。特に領地経営の大部分は、フリーデルがいてくれたお陰かと思います。」
本当にそうである。
領地経営に関して、僕自身が残せた成果は少ない。
フリーデルは王都で官吏として実務に携わっていただけあって、その政治手腕は素晴らしいものだった。
「部下を使いこなすのも、主の大切な仕事なのよ。身近に凄い人がいるんだから、ちゃんと勉強なさい。」
「はい、分かりました。」
「それはそうと…」
義母が机の上に置いていた眼鏡を掛け、傍らの紙を広げた。
「あなたも当主となったわけだし、そろそろ婚約者を見つけないといけないわね。」
「え、こ、婚約者!? 僕のですか?」
「ええ。あの人と私には実子は出来なかったけど、あなたと言う大切な子を育てることが出来たわ。あなたはもう少しで11歳になるわね。少し早いけどジーメンス伯爵家を存続させるためには、大事なことよ。」
「でも、僕は…獣人ですよ。」
「それはそうだけど…。人族と獣人族であっても、別に子供を作れるし。」
義母の目は“あなたのお嫁さんは私がちゃんと見つけてあげるわ!”とでも言わんばかりの輝きだ。
「で、でも…」
「それともカール。あなたにはもう意中の女性がいるのかしら…?」
僕はそっと視線を逸らした。
意中の女性と言う風に捉えている人、なんてことは考えたこともなかったが、ある人が脳裏を掠めたのは確かだ。
「カール。私としてはオルロヴァのアイナちゃんみたいな子がうちに来てくれたら助かるんだけどねえ…」
「ア、アイナ!?」
「あら、もしかしてあなたの頭に浮かんだのはアイナちゃん?」
「え、えっと…」
戸惑う僕に、義母が手元の手紙を見せてきた。
「これはオルロヴァ太守ディオン様からの書状よ。これには、その節は大変お世話になったと言う御礼とアイナ姫にまたカール殿にまた会いたいと事あるごとにせがまれていて、当家としてはこれまでにない良縁として迷惑でなければジーメンス家に嫁がせたいとまで考えていると書いてあるわ。良かったわねえ。」
義母がニコニコしながら言った。
「えっと、それは何故…?」
「なんでも、ここに逗留した3日間が凄く楽しく、カール様は可愛いししっぽがもふもふしてて気持ちよかったと書いてあるわ。」
「もふもふ…」
「あなたはアイナちゃんの事、どう思うの?」
「うう、その、アイナは素敵な女性だと思います。」
それは嘘偽りではない。
ちょっと賑やかすぎるけど、アイナは可愛いしとても良い人だ。
僕としても嫌な気はしないが…
「それなら、私としても反対する理由は無いわねえ。オルロヴァは豊かな商業国だし、繋がりを持っているのは貧しいジーメンス領にとっても良い事よ。もちろん他国の姫だから国王陛下のお許しが必要だけどね。オルロヴァとしてもナイザール王国への海路以外のルートに拠点を持てることになる、と言う利点もありそうだわ。」
王族・貴族の結婚と言うのは単純な話では無く、政略も絡んでくるものだ。
それでも少しでも好意的な所へ娘を嫁に出したいと言う、太守の親心もあるのかもしれない。
うーん、少し義母と話するだけの筈だったのに婚約者が決まってしまった!




