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結論だけ言えば、荷物を持つ余裕はなかった。
「…………ぜぇ…………はぁ」
「大丈夫かい?」
「…………なんなんだ、ここ」
重たい盾が一層重く感じる。
普段ならほとんど気にならない程度に慣れてきたこれも、ここではその効果を失っていた。
森を進むんで既に三十分くらいが経過していた。
進めど進めど、まるで代り映えしない光景が続くので、ある意味で精神的にも苦痛ではあったが。
それ以上に、足元が悪すぎるのだ。
「早くしてください。日が暮れますよ」
相変わらずの冷淡な声に、額に汗をにじませながらサトーは盾を背負い直す。
先頭にシャグラ、続いてサトー。
その後ろにシェルアとリーゼが歩く布陣だ。
もはや庭のように軽やかに歩くシャグラは、登山を楽しむ玄人のようぐんぐんと先へと進んでしまう。
「ってか、デコボコしすぎじゃね…………?平らなとこ見つける方が難しいってどうなってんだよ」
この森の地形は外から見たとはまるで異なる様子だった。
地面は大きく抉れ、高低差があるところだと三メートルにもなるほどに荒れた地形だった。
過度に成長した木の根っこが地面を突き破り、その拍子に地面を崩しているのだろう。
歩いても地面らしき場所が見当たらず、あまりに足場が悪い。
「お嬢様。気を付けてください」
「うん、ありがとうね」
リーゼはシェルアのすぐ近くに寄り添いながら、それでも間違いなくサトーよりも早く進んでいた。
というかサトーにそういった補助が欲しくなるほどの悪路だった。
「ったくあのシャグラのおっさんめ…………なんであんなに早いんだよ」
シャグラは既にかなり遠くに進んでいた。
こちらの様子をあまり気にしていないのか、全く振り返ろうともしない。
自分たちは素人なのだから、もう少しこちらを気にかけてほしいと悪態をつきたくなる。
「あれでも騎士団長補佐を担った御方です。この程度の足場なら大したことないのでしょう」
「あっそぉかよっ!つーかマジで盾が重い!持ってこなきゃよかった!」
「生憎ですが、盗難される恐れが最も高いのはその盾ですよ?」
「分かってるっての!」
ぜぇはぁと息を乱させながら、サトーは自然と最後尾へと移動していた。
慣れない盾を背負っていることに加え、サトーのスタミナが人並み程度しかないのが主に理由ではあった。
だが、シェルアは少しだけ乱れる程度で、疲労をまるで感じさせない足取りで歩き続けていた。
サトーからすれば、シェルアの後ろ姿も絶景だったが、次第にあまりに疲れなさすぎることに疑問を抱き始める。
「これでもっ、幼いころはやんちゃだったから」
それとなく聞いてみると、木の根っこを飛び越えながら、シェルアは笑ってそう言った。
確かにその後ろ姿を見ていると、しんどいよりも楽しいが勝っている様子だった。
思い返せば冒険者になりたい、という割とアクティブな夢を抱いていたのだから、本来はもっと活発な性格なのかもしれない。
油断しているとお姫様だということを忘れそうなほど軽快な足取りで先に進んでいく。
「遅れねぇようにしないと、って────うおっっ!?」
割とのんびりとした思いでその後ろ姿を見ながら歩いていると、不意に視界が反転した。
「…………水?」
一瞬何が起こったのかまるで分からかったのだが、頭部に冷たい感触がしたことで、後ろ向きにひっくり返って倒れこんだことに気が付いた。
「…………うえ、最悪なんだが」
なんとか体を起こすと、見事に全身がずぶ濡れになっていた。
地面に触れると丁度沢の一角に落ちたらしく、先ほどいた辺りからみると二メートルくらい下の位置にいるらしい。
沢に落ちたのが幸いしたのか、特に怪我をすることはなかったものの、腰に巻いてあるポーチはびしょびしょになっていた。
「せっかく貰ったものなのに…………」
ナマク村を出る前に、支部長から餞別としてポーチを頂いていた。
中にはリーゼから貰った二代目短刀(初代は魔獣に突き刺して行方不明)に、ライナがくれた水筒型の魔器、それと数枚の硬貨が入っている。
中身は問題なくても、革でできたポーチをむやみやたらに濡らすのは正直どうなのかと思ってしまう。
というかこれ、疎水性なのか分からない。
いや冒険者に渡したのだからそれなりに水には強いはずだ。多分。
「…………って、そんなこと考えている場合じゃないな」
サトーはなんとか立ち上がると、どうにか上に戻る道を探す。
狭い通路のようになっている沢は、側面が地面と木の根っこで構成されているのだが、ところどころが妙に脆かった。
下手に登ろうとすると簡単に崩れて、また下に落ちてしまう。
「ここからなら…………うりゃ!」
仕方なくしばらく沢を上ると、少しだけ低くなっている箇所を見つけた。
サトーは背負っていた盾を思いっきり上に投げると、落ちてこないことを確認してから慎重に手足を引っかけて上に登る。
なんとか元居た高さ辺りに戻れると、地面に置かれた盾を背負い直しなぞるように沢を下った。
(つか、こんな気軽に盾をぶん投げていいんだろうか…………いやまぁ使う以上は傷つくのはそうなんだけど、もうちょっと大切にするべきかもな)
先ほど置いてくればよかったという発言を完全に忘れ、サトーは神妙そうな顔でそんなことを考える。
先ほどみたいに脆くなっている箇所がないか、地面を丁寧に確かめながら進んでいく。
しかし、戻った辺り、おおよその位置まで戻っても誰一人としてその姿がなかった。
「…………道、間違えたか?」
少しだけ伸びた髪を掻きながらも、どこかにいないものかと周囲を見渡す。
だがどこを見ても、人の姿どころか生き物の姿すら見当たらない。
紛うことなき迷子である。
「…………どうすっかな」
見知らぬ場所、それも方角がまるで定まらない場所であれば、その場で待機するのが得策である。
なにより他の仲間がいないことに気が付いて、戻ってくる可能性を信じる方が賢明な判断だ。
だが、ここは森だ。
適当に歩けば外に出られるかもしれない。
そんな甘い想いがサトーの判断を誤らせた。
「ま、適当に歩けば着くだろ」
雑な判断のもと、サトーはさくさくと歩き始めてしまう。
ちょうど低い位置に移動した頃に、シェルアとリーゼがその場へと戻ってきていたことに、サトーはまるで気づいていないのだった。




