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サトー、シェルア、リーゼの三人は、騎士団団長補佐であったシャグラという男に会いにナマク村を訪れていた。
それぞれが、互いの理解を深めつつ。
なんだかんだあった結果、シャグラが彼ら一行に加わった。
そうして心機一転、新たな目的地を目指して三日が経った頃。
心地よい風が吹く、清々しい晴れの日だった。
「おらー!さっさと出でこんかい!」
一行は、野盗に襲われていた。
「ほらほらー!痛い目に遭いたくなかったらさっさと降りてきなー!」
「そうそう!そしたらこっちもそれ相応に加減してやるからよー!」
ゲラゲラと下品な笑い声が響いて既に三分は経過しただろうか。
ジシマの手綱を引くシャグラは他人事のようにその集団を眺め、シェルアは荷車の中でオロオロし、リーゼは特に何もすることなく座している。
そしてサトーは。
「……こてこてじゃねぇか」
心の底から呆れていた。
野盗の一つや二つくらいはいるだろうと思っていたが、まさかここまでいかにも、という野盗と遭遇するとは思ってもみなかった。
手にはそれらしく武器が握られているが、はっきり言ってこれまで遭ってきた脅威と比較するのも烏滸がましいレベルである。
「それで、どうすんのこれ?諦めてくれる感じしないけど」
不安そうにしているシェルアがあまりに可哀そうだったので、仕方なしにリーゼにそう尋ねた。
リーゼは特に慌てた様子もなく、むしろサトーと同じように心の底からのため息を吐く。
「相手をするしかなさそうですね」
とだけ伝え、シャグラのいる先頭に顔を出す。
「お、ようやくやる気になった?」
シャグラはのっそりと荷車の中に入ると、どっこいしょ、と言わんばかりに胡坐をかいた。
「放置していたら帰ってくれるかと思いましたが、どうもそうはいかないようです」
「ま、彼らは彼らで必死だからねぇ」
シャグラはのんびりとした様子で自身の顎を撫でる。
身だしなみを整えたシャグラは以前とは別人と思えるほどに雰囲気が変わっていた。
どうして自分たちと一緒に来ることにしたのかは、まだ聞けてなかった。
それなりに理由があるのだとは思うけど、聞くのは野暮な気がして聞くに聞けないのが実際のところだ。
「ったく、さっさとしやがれこのクソ野郎どもがぁ!」
「おらおら!痛い目見たいのかぁ?」
野盗は相変わらず怒声を放っているが、特に何かしてくる気配はない。
むしろただ叫んでいるかのような様だった。
きっと、自分たちから攻撃するのが怖いのかな、と勝手に想像する。
要は下手に出てこないと何もできないのだ。
強く言うことはできでも、手を出す度胸はないらしい。
(できることなら、穏便に解決したいけど…………)
こっちとしても、できるだけ穏便に移動したい、というのが実際のところだった。
なにせ国からのお尋ね者が三人もいる。
シャグラに関しても顔だけなら自分たちより知名度が高いだろう。
そんな中で下手に野盗を倒すのはあまり得策ではないし。
その光景を目撃されれば更に面倒だからだ。
とはいえ、過ぎ去るのを待つには些かうるさいのも事実。
リーゼとシャグラは互いに目を合わせると、荷車の後ろから降りようとした。
その瞬間だった。
「────んん!?」
「…………風?」
突如として、荷車を囲うように竜巻が発生したのだ。
その竜巻は土を巻き上げながら、しばらくの間その場に留まり続けた。
荷車や周囲の野盗が飛ばされることもなく、それでいて特に何か起こるわけでもなかった。
ホログラムのような、見せかけの映像に似た竜巻だった。
「グエ!」
「な、なんだ!?」
「んだてめ、ギャ!」
「オイ!どうした!?」
直後、うめき声と同時に、鈍い音が連続して響いた。
(まさか、敵襲か!?)
誰かに襲われている。
反撃しようと試みる声が聞こえはしたが、あまり抵抗したとは言えない時間で沈黙する。
少しすると竜巻が消え、幌の隙間から地面に伏す野盗たちの姿が見えた。
「ちょ、リーゼ」
「お嬢様はここに。シャグラ様とサトーは外へ」
「え、う、うん」
「りょーかい」
リーゼの号令にシェルアは驚きつつもそう返事をし、シャグラは既に外に出ていた。
サトーはそのことに遅れて気づくと、慣れない足取りで荷車から降りた。
外は悲惨な状態だった。
妙に強い風の中で、野盗らしき風体の悪い連中が一律に倒れている。
どうやら意識を失っているらしく、ピクリとも動く気配がしない。
援軍の気配もないことから、これで全員のようだ。
「──────流石に、それは見過ごせないねぇ」
シャグラがそう呟いた直後、不意に視界が暗くなった。
そして次の瞬間。
「…………チッ」
パキン!と乾いた音がしたと思った直後に。
サトーの眼前をシャグラの剣が覆っていた。
顔の向こうにあったのは、誰かの足の裏だった。
どうやらサトーの顔面目掛けて蹴りを放たれていたらしく、シャグラがそれを防いだらしい。
その誰かは舌打ちをすると、呼応するかのようにひと際強い風が巻き起こった。
土ぼこりが周囲にたちこめ、その粒子が目の中に入り思わず瞳を閉じた。
「な、なんだ!?」
「…………やるじゃねェか」
そんな声がした直後、不意に風がぴたりと止んだ。
そしてすぐ近く、距離で言えば五メートルも離れていいない位置に、見知らぬ少年が立っていた。
妙なお面をつけているために素顔は全く見えないが。
金色の頭髪が、逆立つように上を向いていた。
「さてと、事情を話してもらうかなぁ」
剣を低く構え、シャグラがそう問いかけた。
サトーは開いていた口を閉じ、そこで口の中の砂利を噛んでしまい、慌てて吐き出した。
「…………はッ。ワケなんてねェよ。なによ」
言い終える寸前で、その少年の体が虚空へと消えていた。
否、実際は違った。
その答えを知るのはリーゼだ。
リーゼは一足で少年の背後を取ると、そのわき腹に蹴りを叩きこんだのだ。
無残に吹き飛ばされる少年へ、追撃を加えるためリーゼは一気に近づく。
だが。
「…………ってェなァ!まだ話してんだろがよ!」
そう怒鳴る少年には、まだ怒鳴る余裕があった。
(…………無傷?)
その反応に、感情の薄いリーゼの表情が変わる。
先ほどの蹴りは、間違いなく少年の胴体を完璧に捉えていた。
だというのに、口調はまるで軽く小突かれた程度の反応だ。
手ごたえと結果が、あまりに乖離している。
リーゼの疑問の隙をついて、少年は一瞬で姿を消していた。
「逃げられた、かぁ…………」
「あ、あの、大丈夫ですか?なにやら凄い音がしましたけど…………」
その一部始終を眺めていたシャグラは剣を納め、荷車からシェルアが顔を出す。
そしてサトーはやっとのことで目からゴミを除くことに成功していた。
「いえ。特に何も」
戻ってきたリーゼはシェルアに向けてそう告げると、目をパチパチさせていたサトーの背中を叩く。
その様子を見たシャグラは二度、掌を叩いて告げた。
「ひとまず、退散しようかぁ」
先ほどの竜巻は、良くも悪くも人の目を惹く。
早ければ王国の騎士が来るかもしれないと考えたシャグラは、地面につんのめるサトーを起こしつつ荷車へと戻った
「…………」
「…………?」
自らの掌を眺めているリーゼの姿を。
シェルアは不思議そうに見つめているのだった。




