31
「彼女たちは、僕のことについて何か言ってたかい?」
発した後で、自らの軽率な行為を悔いた。
どんな言葉が飛び出るのか。
あらゆる可能性を覚悟し、静かに待った。
そんな思いとは裏腹に、彼の口調はあっさりとしたものだった。
「あぁ。褒めてましたよ。凄いお世話になったって」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。
だってそれは、あまりに想定の外だったから。
シャグラの反応に気付いていないのか、サトーは言葉を続けた。
「すごくいい人で、剣の腕が立つって。リーゼは戦い方を教えてくれて嬉しかったって感じだったし、シェルアもお菓子を貰ったって言ってたな」
それは、多分ありふれた日常の一コマでしかない。
お菓子をあげたのも、戦い方を教えたのも全て気まぐれでしかない。
たった数回、それも不定期でやったこと。
それを彼女らは、数年経っても未だに覚えているらしい。
楽しい記憶として。
振り返り、笑って話せる思い出として。
「…………そっか」
返す言葉は、それしか浮かばなかった。
それ以外で、どう返事をしていいのか分からなかった。
彼女らは真っすぐに、大人が思うよりずっと真っすぐに育っていた。
隔離された森の奥で、二人きりで生活しながらも、それでも真っすぐ、純粋に成長していた。
喜んでいいのか分からなかった。
喜べる立場にいるのか分からなかった。
した後悔も、罪悪感もそのままなのに。
だが。
「だから、会えるの凄い楽しみにしてる感じでしたね。覚えてるのか不安だとも言ってたけど、でもその感じだと忘れてないですよね?」
しすぎた後悔の、その中の一つが音もなく消えていくような気がした。
棘のように刺さっていたそれは、抜ける時は驚くほどあっけなかった。
「…………そうだね、忘れてない。忘れるわけがない」
けど、だからといってあの日の後悔は忘れられない。
忘れられるようなものではない。
だから、どうしていいのか分からなかった。
分からなくて、きっと酔っているのだと、そう自分に言い聞かせた。
「僕にはね、大切な人がいたんだ」
分かっている。
全て聞いて知っているだろう。
なのに、どうしても話が止まらなかった。
「守ると約束したのに、その約束を守れなかった。騎士団の団長補佐なんて地位にまで上り詰めたのに、約束一つまともに果たせなかった。その事実から、僕は逃げてしまった」
どんな表情で話しているのか、自分でも分からなかった。
彼の顔も見れない。
どんな顔で話せばいいのかも分からないのに、まとも顔も見る気になれなかった。
会って数日、ちゃんと話したのも今日が初めて。
そんな相手にする話ではないことは、頭では分かっていた。
だというのに、積年の想いはいとも簡単に堰を切った。
「逃げて逃げて、いろんな後悔が頭から離れなかった。こうしたらよかったとか、こうすればよかったのにとか、そう思ううちに、動けなくなってた。酒を呑んでいる時だけは忘れられた。思い出す度に酒に逃げて、いつのまにか何もできなくなっていた」
続けようとした言葉を、彼はこう遮った。
「でも、俺たちのこと助けてくれましたよね」
「……………………え?」
言葉を、失うしかなかった。
思わず顔を上げると、彼はゆっくりと語りだす。
「俺はつい最近までの記憶がないんです。だからちゃんとした知り合いっていうとシェルアとリーゼくらいなんですけど、もしその二人が死んじゃったら、多分一生立ち上がれていないと思うんです。シャグラさんよりずっと何もできず、ただ後悔しながら堕落した生活をしていると思うんです。ああすればよかった、こうすればよかったって。そんな中で昔の知り合いが会いに来ても、会おうとは思えないです」
サトーは恥ずかしそうに頬をかきながら、話を続けた。
「だけど、シャグラさんは違った。ちゃんと話を聞いてくれて、そのうえで力を貸してくれた。それって、きっと誰にでもできることじゃないと思うし、俺は純粋に嬉しかった。俺は一人だと何もできないし、記憶も才能もないから、何一つまともにできる自信もない。そんな俺の話を聞いて、更に力を貸してくれたの、めっちゃ嬉しかったんですよ」
彼は真っすぐこちらを見つめると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。今日だけでしたけど、一緒に戦えて楽しかったです」
そういって笑みを浮かべる彼の表情は晴れやかで。
「言いたかったのはそれだけです。もし次があれば、また話を聞かせてください」
煌々と燃える炎を思い出すのだった。




