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その晩、ナマク村では宴会が開かれていた。
怪我を負った冒険者の命に別状はなく、魔獣の凶暴化も人海戦術の開始以降めっきり収まっていた。
どうやらサトーらが遭遇した謎の女性の仕業で間違いないらしく、リーゼもまた「問題ないと思います」と言っていた。
何があったのか聞いても、一切の説明もないままだが、きっと言えない理由があるのだろうと結論を出した。
そんなわけで、魔獣の大量発生という異常事態はほぼ収束したと支部長は判断を下し、集まってくれたことへの感謝を示す宴会が開かれた、というわけだ。
「…………」
あちこちで笑い声が聞こえてくるナマク村の一角、人の通りの少ない入口付近の石垣の上に、シャグラは一人で座っていた。
近くには酒便もジョッキもない。
あれだけ手放せなかったはずのそれは、この数日の断酒によって意図せず離すことができたのかもしれない。
一人、騒がしい村の雑音を聞いていると、向こう側からやってくる人物に気が付いた。
「二人ならここにはいないよ」
「先ほど確認してきましたので問題ありません。なにより、あなたに用事があるので」
「…………そっか」
メイド姿の少女、リーゼは少し距離を取って立ち止まると、静かにこう語り掛ける。
「ご存じかと思いますが、今私たちは国から追われています」
「随分と、思い切ったことをするよねぇ。君らしくないから、きっと彼の影響かな?」
「さぁ、どうでしょうね」
リーゼはそう言うと、開いた口を閉ざしてしまった。
それを見たシャグラは、困った様子で笑みを浮かべる。
「相変わらず、君は不器用だねぇ」
「…………そう、ですね。否定はできません」
「でも、それは君の長所だと僕は思うよ。そういったところが、彼女が君を親友だと思う理由だからねぇ」
「…………私は、お嬢様のメイドですので」
「メイドだからって、親友ではいけない理由はないんじゃない?」
シャグラの問いに、リーゼは黙り込んでしまう。
言い返せないことを言われたとき、リーゼはスカートの裾をぎゅっと握る。
こうして大きくなっても、その姿は昔のままだった。
「…………それで、君も仲間になってほしいって言うのかな?」
彼らが仲間を探していることは、実は事前に知っていた。
自分を推薦されたというのも、彼からの手紙に記されていた。
その文面を、素直に信じられるほどお気楽な性格ではなかった。
彼女らを森の奥の屋敷に幽閉したのは自分だ。
彼の上司がそうであったように、シェルアの傍付きを担っていたのがシャグラだった。
その決定を受け入れた自分を。
恨むべき相手を、素直に仲間にしたいためにここまで来るとは思えない。
だから、リーゼの放った言葉は予想外だった。
「いえ。それは私の役目ではありませんので」
リーゼは穏やかに、まるで誰かを慈しむかのような笑みを浮かべると、こう続けた。
「この後、彼がここに来ます。あなたを探しているとのことですので、そろそろかと」
「…………それほどまでに、彼は信用できるのかい?」
過去を水に流せるほどに。
負った傷をなかったことにできるほどに。
彼の決定ならば、そういった禍根を帳消しにできると彼女は思っているのだろうか。
リーゼは、呆れた様子で口を肩を竦めた。
それはシャグラに向けたものではなく、むしろ自分自身へ向けたもののように見えた。
「そうですね。どうしてか分かりませんが、彼の決定なら受け入れられると思えるのです。それがどんな内容であれ、彼が決めたことに対し異論を挟むつもりにはなれない。全くもって、不思議な話ですが」
奥から、誰かが歩いてくるのが見える。
特徴的な丸い頭は、灯りを背負っていても強烈にその自己を主張している。
「それでは、私はこれで」
深々とお辞儀をして、リーゼは踵を返す。
向かってくる彼とすれ違い様に、何か言葉を交わしているらしい。
リーゼがわき腹を殴ると、歩く速度を一気に早めた。
殴られた方は悶絶しながら、よたよたとこちらに近づいてくる。
「大丈夫かい?」
「…………ッテテテ。なんとか、平気だと思います」
殴られた箇所をさすりながら、サトーは笑ってそういった。
少しだけ笑顔が引きつっているのは黙っておいたほうがいいかもしれない。
サトーはシャグラの隣に座ると、少し間を置いてこう尋ねてきた。
「酒、飲まないんですね」
「まぁね。誰かさんのおかげか、数日の間飲まなくて済んだからねぇ」
近くにあった酒瓶に触れながら、シャグラは何も気なしにそう答えた。
「俺、飲んだことないんですけど、美味しいんですか?」
「そうだねぇ。僕は結構好きだけど、好みは人によるから何ともいえないかなぁ」
「シャグラさんの奥さんは、どうだったんですか?」
そう尋ねた声は、ほんのわずかに震えていた。
きっと、かなり勇気を出してるのだろう。
ここ最近彼女の夢を見たばかりだからか、するりと言葉にすることができた。
「彼女はしょっちゅう呑んでたよ。僕もそれなりに強かったけど、彼女は別格だったなぁ。王都の酒場で何人も呑み潰してたのをよく覚えてるよ」
なんなら騎士団長とも飲み比べをしていたくらいだった。
あの社交性は色々と思うところもあったが、今では凄いと素直に思える。
「そう、なんですね…………」
彼はそこで言葉が途切れてしまった。
何も言えないのではなく、発する言葉を必死に探しているようだった。
だからか、とシャグラは思った。
こんな彼だからこそ、彼女のような人間が判断を任せるなんて思えるのかと。
そう思ったからこそ。
つい、口が滑った。
「…………彼女たちは、僕のことについて何か言ってたかい?」




