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 そんなことを考えていると、シェルアはどう思っているのか気になった。

 こんな清潔な部屋にいるのではなく、もっと自由に外に出たいと思わないのだろうか?それとも、この生活で満足しているのか?


 思考を巡らせていると、シェルアがポツリと呟いた。


「本当はですね、私も冒険がしてみたいのです」


 え、と聞き返すと、シェルアが目を閉じ手に持つ本の背表紙に触れる。


「イデアの冒険譚は本当に面白くて、わくわくして、時にはハラハラすることもあるけど、それでも困難を乗り越える彼女は本当に素敵で。いつの日か冒険に出たいと、そう思うこともあります。外を自由に、鳥のようにどこまでも見て回りたいと」


 そこまで言うと、シェルアは瞳を開き、力なく笑う。


「ですが、それは不可能なのです。リーゼから聞いたかどうかは知りませんが、私はとても位の高い立場にいます。ですので、外を歩くだけでもいろんな人に迷惑をかけてしまうんです。そのことを気にせず好きなように放浪している姉もいますが、私はそこまで強くありません」


 その瞳の奥の色を見て、俺は思わず口を閉ざしてしまった。

 記憶がないのだから、見覚えなんてあるわけがない。

 

 それでも、失ったはずの記憶が何かを強く訴えていた。

 これは、超えてはいけない一線なのだと。


 多分、というよりも確実に。

 彼女と俺では、住む世界が違う。


「そう、ですか…………」

「ごめんなさい。こんな話、あなたにしても仕方ないのですが」


 そう言って、シェルアは窓の外に目を遣る。


 そしてそれは、確実に彼女に伝わった。

 僅かな後悔が胸を刺すが、それもやはり遅い。


「それでもやはり、憧れは消えてくれないんです…………」


 その表情はどこか寂しそうで。

 恐らく今の俺には、それを解き明かす権利はないと感じた。


 目の前に積まれた本を手に取る。

 やはり、かなり読み込まれているのが分かる。

 ところどころに微かな汚れがあったり、力をこめてしまったのか僅かに歪んでいるページもあった。


 きっと彼女は幼い頃から夢みてきたのだろう。

 何度も何度も読み返して、その度に彼女に自分を重ねた。

 そしてその度に現実を思い出す。


 あまりに酷なその光景を、俺は可哀そうとは思いたくなかった。

 そう思ってしまったら、きっとそこで彼女の大切なモノを汚してしまう気がした。


「…………これだけの本ですと、流石に読むのは大変ですね。あぁ、それに文字の読み書きの練習もしなければ」


 だからだろうか。

 気が付けば、わざとらしくそう呟いていた。

 呟く、というにはあまり大きな声に、シェルアも流石に訝しそうにこちらを見る。


「もしよろしければ、この本の読み方を教えてくれませんか?」

「────────はい。ええ、いつでもお待ちしてます」


 そういうと彼女はどこか嬉しそうに笑顔を見せた。


 下手な演技だ。

 きっと彼女も気づいている。


 だけれども、笑ってくれたのならなによりだと。

 彼女が引いた一線に、少しでも近づけていればいいなと。


 自然と、そう思うのだった。

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