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「んだ、これ…………」
火花が散る。
サトーは呆然と、目の前の光景を眺めるしかできずにいた。
シャグラはサトーとシェルアのすぐ近くに立ち、剣先をだらりと下にさげている。
直後、金属と金属がぶつかり合う音がしたと思うと、シャグラはゴルフのスイングのような動作で何かを打ち出した。
それは空中の一点でぴたりと止まると、何もない空間から謎の女性が姿を現した。
指先で短刀の刃を掴むと、一度空中に投げ持ちやすい向きに直す。
「…………そろそろ、諦めてくれないかなぁ?」
シャグラがそう言った。
既に五度にも渡る光景を目の当たりにしても、サトーには何が起きているのか予測するので精いっぱいだった。
謎の女性は、カメレオンのように風景に擬態しているらしい。
そのうえで短刀をこちらにめがけて投げているのだろう。
それをシャグラは寸分の狂いもなく撃ち落とし、その一本を見えない謎の女性に向けてぶつけているのだ。
何がどうなっているのかまでは分からないものの、シャグラの実力が謎の女性の上をいっているのは間違いないのは分かった。
その証拠に、謎の女性は先ほどから一向に距離を詰めようとしなかった。
そしてシャグラもまた、一度たりとも攻撃を通させていなかった。
「…………つえぇ」
思わずそう呟く。
これがあの、レストランの奥で酔いつぶれていた彼とは信じられなかった。
なにより、その動きを見ていても、何がどうしてるのかさっぱり分からなかった。
「解せませんね…………」
女性は姿を現すと、おもむろにシャグラに問いかける。
「あなたとそこの二人とは、大した繋がりがあるとは思えないのですが…………どうしてそこまでする必要があるのですか?」
「そう、だねぇ」
シャグラはゆったりと、それでいてはっきりとこういう。
「罪滅ぼし、かな」
なんのことか分からず、サトーはシェルアの方を見る。
そのシェルアもまた、何を言っているのか分からない様子でサトーの方を見ていた。
「それと。一つだけ、分かったことがあるんだけど」
シャグラは未だ黙ったままの女性にそう話しかけた。
口元には、笑みすらある。
「おそらく、君のそれは遺物か何かじゃないかな?そして、この魔獣の群れを制御しているのは君じゃない」
「…………根拠は?」
「見たままだよ。その消える能力、権能にしては随分と範囲が狭い。君自身と、身に着けているものしか消せないのなら、権能としては十分とは言えないからねぇ。それに、もし魔術なら、君の周りにいる魔獣がそれに反応するだろう?それなのに彼らはまるで動こうとしない。となれば遺物を使ってると考えるのが自然じゃないかなぁ」
ぼさぼさに伸びた髪を片手でたくし上げると、シャグラはこう締めくくった。
「なにより、もし魔獣を操作する権能、なんてものを君が持っているのなら、そもそも姿を出す必要も、魔獣を動かさないようにする必要もないからねぇ」
少しの沈黙の後、謎の女性は口を開いた。
「…………少々、あなたを侮りすぎたかもしれませんね」
「そうでもないと思うけど?少しだけタイミングが悪かっただけだよ」
「…………」
腰を叩きながら苦笑するシャグラを横目に、謎の女性が再度姿を消した。
しばらくしても何も起きず、そよ風が頬を撫でる。
どうやら本当に退散したらしく、本当に疲れた様子でシャグラがため息を吐いた。
「はぁ、しんどかったぁ」
「さっきの人は?」
「多分いなくなったんじゃない?忘れ物はあるけどねぇ」
何かに縛られていたかのように、魔獣が一斉に唸り声を上げ始めた。
どうやら先ほどの女性がいる間だけ、動けなかったらしい。
理不尽な怒りが三人の方に向けられているのが分かる。
「それじゃ、魔獣退治の続きと行こうか」
「了解です。シェルアは大丈夫か?」
サトーが尋ねると、シェルアははっとした表情でこちらを向いた。
「は、はい!大丈夫です!」
「それじゃ、頑張りますか」
そうして三人は先ほどと同じように魔獣の相手を始める。
先ほどと寸分変わりない動きで、シャグラは剣を振るっていた。
リーゼがいないのに、リーゼが居た時と同じ動きで対応することができていた。
それはシャグラがリーゼの分もカバーしているためであり、それを感じさせないくらいの余裕すらあった。
サトーはその横顔を見る。
どこからどう見ても、隠居して廃人になった人の動きではない。
剣の腕とか、本来の実力とかは正直分からない。
だが、そうだとしても彼の動きが凡夫ではないことだけは確かだ。
当たり前のように魔獣を斬り、一息つかずに次の魔獣の相手をする。
(この人、マジで凄い…………!)
シャグラがいることの安心感なのか、シェルアの動きも良くなっていた。
なにより、サトー自身も調子がいいと感じていた。
一寸の憂いもなく、目の前の魔獣に集中できる。
「…………」
未だ魔獣の討伐は終わってないうえに、リーゼの行方も分かっていない。
だというのに、楽しいと感じてしまった。
辛くて、しんどいだけの戦闘が、ずっと続いてほしいと思うくらいに。
魔獣の群れを掃討した一行は、その後リーゼの行方が分からない旨を一度ナマク村に伝えに行くと、多数の冒険者を動員しての人海戦術での魔獣討伐に乗り出すという決定を聞いた。
サトーらはその一団に加わると、先ほどまでいた森の傍でリーゼを見つけることに成功する。
そこから先、これといったイレギュラーが起こることもなく。
死者を出すことなく、魔獣の大量発生を鎮めることができたのだった。




