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ナマク村から少し離れた位置。
サトーらが依頼を行った森とナマク村とを結ぶと、ちょうど三角形になる位置に、四人はいた。
「うへぇ…………多いな」
「うん、凄い数」
周囲には大量の魔獣。
狼のような容姿に、鋭い爪と牙を備えた彼らは、四人を警戒するかのように距離を取っていた。
一方、四人は円陣を組むように並び、それらと対峙していた。
「それで、オジサンはどうしたらいいんだい?」
のんびりとした調子でシャグラが口を開いた。
四人は支部長からの話を聞き、負傷した冒険者らがいた辺りへと向かっていた。
その途中で魔獣の群れに遭遇し、睨みあいに移行している。
「一体くらいなら攻撃をしのげるんで、その間に他の魔獣を倒してください」
サトーは魔獣から目を逸らすことなく早口でそう伝えた。
既に盾を背中から下ろし、いつでも使える状態にしてある。
どうやらここで迎撃するらしく、その意図を汲んだシャグラもまた武器を構えた。
「…………皮肉なものだねぇ」
すぐ隣にいるリーゼが不思議そうにシャグラに視線を向ける。
久々に握ったはずの剣が、驚くほどに手になじんだのだ。
あの日から、何度も何度も手放そうと考えた。
それでも手放すことができなかった理由は、いくら考えても思いつかなかったのに。
その時が来たら、答えは勝手に分かっていた。
「お嬢様は私の後ろに下がってください」
「……ううん、大丈夫」
右手にはめた手袋の位置を整えながら、シェルアをかばうような立ち位置に移動する。
だがそれをシェルアは制すと、真剣な表情で魔獣を見据える。
「私も戦える。援護ならできるから」
そう語る彼女に、お屋敷の頃の面影はどこにもなかった。
リーゼはシェルアの顔を見ると、「分かりました」と伝え先ほどの位置に戻る。
「それでは、掃討を開始します」
「おっしゃあ!来いやぁ!」
サトーがそう叫び、盾を構える。
それに応じるように魔獣の群れが一斉に襲い掛かってきた。
戦況は、四人らが優勢だった。
シャグラのおかげ、というよりはサトーとシェルアの影響の方が多いだろう。
シャグラが魔獣を切り伏せる間に、サトーが盾で魔獣の動きを抑え。
シェルアが魔術を使って魔獣を四散させていた。
リーゼは単身で戦いながらも、二人に狙いを定める魔獣をも倒していく。
(…………へぇ)
シャグラにとって、サトーという存在が一番の誤算だった。
シャグラの見立てでは彼は恐らく三人の中で最も戦力で劣るとみていた。
だが、彼はこの戦況を成り立たせる要素として活躍していた。
また、それに応じる形なのか、他の二人の動きもずっといい。
それは幼い頃の面影をまるで感じさせない、俊敏な動作だった。
「…………オジサン、いらなかったかもなぁ」
周囲の視線に押され、仕方なく彼らに力を貸したことを軽く後悔した。
これほどまでに戦えるのならば、自分は不要だっただろう。
自分がいなくても十分に戦えるだけの能力を兼ね備えている。
くだらない親切心に駆られた、自分が恥ずかしいと感じた。
「んにゃろがぁ!」
「っ!リーゼ!」
「お任せください」
次々に魔獣を倒していき、その数は半分ほどに減っていた。
この調子でいけば、問題なく倒せるだろう。
四人とも、意図せずともそう考えていた。
だからこそ、誰一人として反応できなかった。
「────こんにちは。そして、さようなら」
声がした。
場所は、リーゼのすぐ後ろ。
それに気づくよりも早く、リーゼがその場からいなくなっていた。
「──────おい、リーゼ!?」
最初に気付いたのはサトーだった。
先ほどから魔獣による死角からの攻撃が増えてきたからだった。
サトーの援護に必死になっていたシェルアもまた、その声でようやく異常事態に気が付く。
「え、うそ…………リーゼ?」
不測の事態にシェルアの闘志が一気に萎む。
いたはずの彼女の姿がどこにも見当たらなかった。
見晴らしのいいこの場所で、他人を見失うということ自体が異常事態であった。
「…………ったく、次から次へと奇妙なことが起こるねぇ」
シャグラがそう呟いた瞬間、金属と金属がぶつかる音が響いた。
数は八つ。
サトーとシェルアに向けてちょうど四つずつ響いた音の正体は、短剣だった。
地面に転がるその形状は、なんてことない、よくあるデザインの短刀だった。
だが、問題はそれが飛んできた位置と、相手だった。
「今のを防ぐとは、流石は『鬼人』、といったところでしょうか」
そう言って姿を現したのは白のドレスを身に着けた女性だった。
フラメンコを踊る際に着るような形状のドレスに、目元を黒い布で覆っているからか、視線の先が誰なのか分からなかった。
だが、そんなことよりも遥かに問題だったのは。
「いま、どこから現れた…………?」
この女性、今まで一度も見かけなかったのだ。
虚空から、さも当然のように出てきた女性は、魔獣の群れの間に立ちながら、短刀を手で遊ばせている。
気づかなかった。
その事実を認めるには少しだけ条件が厳しかった。
先ほども触れたが、ここは見晴らしのいい場所にある。
知人が消え、謎の女性が現れるにはあまりにも不可解な空間だった。
なにより、二人とも、その短刀が自分に向けられて投げられたことに気が付いていなかった。
ただ一人、シャグラを除いて。
「なるほどねぇ。君たちが魔獣を操ってたのかぁ」
伸びきった顎髭をさすりながら、シャグラが感心した様子で言う。
女性はピクリと額を動かすと、どこか驚いた様子でそれに応えた。
「やはり、最大の脅威は貴方のようですね」
「そんなことはないよ?これでも結構きつくてねぇ。病み上がりに、君を相手するのはしんどいかなぁ」
飄々と話しながらも、シャグラは一度たりもその女性から目を離すことはなかった。
魔獣たちが動かなくなったのを見たシェルアは、そっとサトーの近くに移動する。
「…………なにが、どうなってるんでしょうか?」
「わかんないけど、でもなんとなくやばい気がする」
目の前に対峙する女性は、『連れなる社』で戦ったあの男と似た匂いがした。
何をしたのか、何をされたのかはまるで理解できていなかったが、あの男より遥かに狡猾で、手ごわいのは理解できる。
そして恐らく、狙いはシェルアだということも。
それ以上に、リーゼの方が心配だった。
一体どこに行ったのか、そもそも何が起きたのか、サトーにはまるで理解できておらず。
ただただ、無事を祈ることしかできなかった。




