26
「それで、要件とは?」
リーゼの問いに、支部長は困った様子で眉をひそめた。
「実はな、ここ数日で近隣に魔獣の目撃回数が急激に増加していてな」
それを聞いてサトーとリーゼは互いに顔を見合わせた。
もしかしたら自分たちのせい、と考えると、支部長がやんわりと否定する。
「距離がかなりあるから関係ないらしい。で、だ。問題は、どうにも他のスポットも過剰に機能しているらしい。ここ数日であちこちで魔獣による被害が報告されてる」
村の様子を見たか、と聞かれ、二人は肯定の意を示す。
「一応はここの管轄ってことで、ひとまずは周辺の冒険者を集めて対応することになった。丁度『連れなる社』が閉鎖されたばかりで人には困らなかったんだが」
そのための物資や人がここに一気に集結しているらしい。
その運搬のための護衛として冒険者が更に駆り出されており、今支部は大忙しらしい。
シェルアもまた、慣れないながらも必死に働いているそうだ。
「それで、ここに騎士団が派遣されることになってな。明日には来るらしい」
そういうと、周囲を確認し声を潜めると。
「一応、そこの嬢ちゃんから大体の事情は聞いてる。悪いことは言わんから、早めに退散したほうがいい」
シェルアの方をみると、申し訳なさそうに頭を下げた。
どうやら事情を話してしまったらしい。
必要に迫られた、とかではなく、多分流れの上で仕方なくだろうと考える。
だが、そのことを警告してくれるということは、少なくとも悪い状況ではないということだろう。
「魔獣の程度は?」
リーゼが尋ねると、支部長は頭を掻きながら、
「あんたらが倒したやつと変わらん程度だそうだ。複数のチームが今周辺の警戒と討伐をしている最中で──────」
「おい!誰かこっちに来てくれ!」
不意に怒鳴り声が支部に響いた。
見ると、狼狽している様子の鎧を着た男性の姿がそこにあった。
支部長とリーゼはほぼ同時に動くと、その後ろに控えていた仲間らしく人へと駆け寄る。
意識はなく、着ている鎧の隙間から血がしたたり落ちていた。
見ただけで分かるくらいの重症を負っており、それだけで何かが起きたのかが理解できる。
「何があったか説明しろ!」
「それが、いきなり魔獣が急に強くなって、それで、なにがなんだか分からないうちに気付いたらこうなってて…………」
話を聞いたリーゼが歯噛みすると、素早く意識のない男性の鎧を脱がせ、傷を確認した。
支部長は近くの人に声をかけ、手当をする場所へ運ぶよう指示を出している。
動揺は、周囲の人間に広がっていた。
慌てる者、不安に駆られる者、怯える者。
今起きている事態が想定よりもずっと悪いということを、周囲はようやく理解してきたらしい。
そんな中、シェルアは一人の人物に目が向いた。
羊のようなもこもこした頭をしたその人物は、ざわめきを他所に別のテーブルに向かい、椅子に腰かけた。
近くに座る他の客が、驚いた様子でその人物を見た。
「俺は冒険者のサトーです。シェルアとリーゼの三人で冒険者のチームを組んでいて、今はここナマク村で依頼を受けています。内容は魔獣の討伐ですが、数が減らず、凶暴化しています」
いきなりそう話しかける姿をシェルアは呆然と見ているしかなかった。
話しかけている相手は、シャグラだった。
「起きてますよね。少しでいいので話を聞いてくれませんか?」
一体何を、とシェルアが見ていると、シャグラがむくりと体を上げた。
「驚いたなぁ。まさか気づかれてるとはねぇ」
まったりとした、深みのある声だった。
久々にみたその声は、シェルアが昔と何一つ変わっていないようだった。
その飄々とした顔つきも、話を聞くときに浮かべる笑みもそのままの姿を保っている。
「リーゼに教えてもらっただけです」
「そっか。それで、話ってなに?」
「魔獣の討伐に力を貸してください」
数秒経って、シャグラが声を出して笑った。
「アッハッハッハ。いきなり何を言い出すのかと思えば、こんなおじさんよりずっといい人がいるんじゃない?」
その笑い声で、リーゼもまた事態に気付いたらしい。
一瞬何をしているのかと目を大きく見開くと、まさかと呟いた。
「いえ。あなたの経歴は大体聞きました。この場であなた以上の人はいないはずです」
「………………」
一瞬のうちに周囲の空気が凍り、シャグラの顔から笑みが消えた。
それは、恐らく最も触れられたくない話題だったはずだ。
周囲の人間はそのことを理解し、そのうえで敢えて何も言わなかった。
それを青年は、易々と打ち壊した。
何も躊躇いもなく、踏み込んだ。
「無礼なのは、承知の上です。ですが、今はそれどころではないんです」
ここでシャグラやその他の人は理解する。
彼は、必死だった。
それがなぜか、までは分からないものの、彼はただ必死なだけだった。
土足で彼の傷を荒らすつもりなど、毛頭ないということを。
そして唯一、リーゼだけが理解できた。
(…………やはり、彼はおかしい)
このままだと、自分たちが受けた依頼が失敗になる。
最初、彼はこう思ったのだろう。
どうにかして挽回しないといけない。
それだけならばリーゼも同じ思いだった。
大きく違うのは、選んだ方法だった。
彼は彼だけの力でなんとかしようと思っていない。
それは彼が自分が無力だということを理解できているからだ。
自分の力では、魔獣を討伐し、依頼を達成することはできない、と。
だから、この場で取れる最善策を選んだ。
その結果、周囲からどう思われるかを考慮していない。
ある意味それは、自分を蔑ろにする方法だった。
「ですが、だからこそ彼に託すと決めたわけですが」
「?リーゼ?」
隣にいるシェルアが不思議そうにリーゼを見つめる。
彼女の口角がほんの少しだけ上がっている。
その目じりはどこか誇らしげに映ったが、その理由までは分からなかった。
「お願いします。力を貸してください」
頭を机に付け、サトーはシャグラに懇願する。
レストランにいるほとんどの人が、何事かと彼の方をみた。
それをまるで気にすることなく、サトーは頭を下げ続けた。
(…………あ、これ)
その気配を、シェルアは知っていた。
あの時と同じだ。
何か大きなものが壊れていくかのような。
ひび割れ、今一度姿を見せるような、そんな感覚。
「…………おじさん、もうそんなに強くないと思うけど?」
「だとしても、俺よりはずっと強いので」
そう答えた彼の握られた拳は、震えていた。
それを見たシャグラは、どこか諦めた様子で息を吐いた。
「分かった。今回だけは協力するよ」
次の瞬間、彼の顔が急に上がると、その表情が明るいものに変化した。
「ありがとうございます!」
その声は、周囲の人の動揺すらも沈め。
代わりに、ほんの少しの戸惑いと、静かな歓喜が広がったのだった。




