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「シェルアちゃんってさー、もしかしてお姫様だったりする?」
その問いに、どくん、と心臓が跳ねた。
温かいはずの湯船が、まるで温度を無くしたかのように感じなくなっていくのが分かる。
何も言えないシェルアを見ることなく、ぼんやりとした調子でライナは言葉を続ける。
「さっきもそうだけど、なんとなくさ、シェルアちゃん達って冒険者らしくないんだよね。あのリーゼさんって人もそうだけど、どことなく、そうじゃない空気がするっていうか、もっと身分の高い人なのかなって思う時が結構あるんだ」
ちゃぷん、と音を立てて、ライナが両手を前へと伸ばした。
「シェルアって、確かこの国の第六王女の名前じゃん。でも名前を肖ることはそれほど珍しくないから、別にそれだけってわけでもないんだけど。でも、なんとなく、本物なのかなって。丁度手配書が回ってるタイミングで、それっぽい同名の人がいる。これって偶然なのかなって」
「…………もしそうだとしたら、通報、するんですか?」
「んー、別に?」
あっけらかんと言い切るライナに対し、思わずシェルアはライナの顔を見た。
「だってシェルアちゃん、悪い人じゃなさそうだし。手配書だって、きっと何か理由があるんでしょ?そりゃ通報したら報酬はたんまりもらえるかもしれないけど、私そんなにお金が欲しいってわけでもないしね」
どこか照れ臭そうに笑うライナは、こう言葉を続けた。
「なにより、私もっとシェルアちゃんと仲良くなりたいし」
あー恥ずかしい、と湯船の中で手足をバシャバシャと動かすライナを、シェルアはただ見ているしかなった。
(…………分からない)
それがシェルアの本心だった。
私は嫌われ者のはずで、だからあんな森の奥に追いやられていた。
誰も私のこと必要としていないのだと、そう思っていた。
だから、彼女の発言も、行動も、何もかもが分からなかった。
「…………私はシェルアちゃんがどんな生い立ちなのかは知らないし、多分快く思わない人もいるのかもしれない。実は私もその一人だった」
でもね、と一つ区切ると。
「会ってみて分かった。あなたはすっごく善い人。それも、今まで会った中でも指折り。だから、私はあなたの味方でいたい。まぁ、隠避罪みたいなのに引っかかるかもだけど、そしたらしょうがないってことで」
簡単に言ってはいるが、実際はそんな軽いことではないだろう。
なにより、その結論に対して一切躊躇いがない。
それがどれだけ稀有なことなのか、シェルア自でも理解できた。
そしてそれは、きっと彼女だけではないということも。
「だから、出来たらでいいから話してほしいな。勿論、無理強いはできないけど」
その言葉で、たったこれだけの言葉でシェルアは心の底から救われた気がした。
ずっと不安だった。
サトーもリーゼも、優しくて、優しいからこそ言葉を選んでくれていると。
私を気遣って、そう言ってくれているのだと。
だから、今回の依頼を二人で受けたのは、きっとそういうことなのかもしれないと、そう思ったのだ。
本当は私は足手まといで、二人のお荷物なのかもって。
でも、そうではないのかもしれない。
私は、私が思ってるよりずっと、誰かに好かれる人なのかもしれない。
もう少しだけ、胸を張っていいのかもしれない。
「…………ライナさんの、言う通りです。私はエルフィン王国第六王女、シェルア。今は国に追われて、身分を隠すために冒険者をやってます」
そう思えば、あとは勝手に口が開いていた。
ぽつり、ぽつりと自分のことを話すシェルアを、ライナは静かに聞き入れていた。
話し終えるのを待って、ライナが口を開く。
「そっか。記憶がないんだ…………」
幼少期の記憶がないことも。
定期的に記憶を失い、昏睡してしまうことも。
シェルアは生まれて初めて、他人に話すことができた。
「てか、お姫様と一緒にお風呂って地味に凄くない…………?」
そんなことを知る由もないライナは、どこか砕けた調子でそんなことを言い始めた。
あれよあれよと独り言を続けるライナを見て、シェルアは小さく微笑む。
「ありがとうございます、ライナさん」
「ライナでいいのに。でも、どういたしまして」
まるで旧友かのように、二人は顔を見合わせて笑いあう。
「それじゃ、この話は二人だけの秘密ってことで」
「はい。そうしてくれると嬉しいです」
そうして二人はそっと指切りをすると、思い出したかのようにまた笑い出した。
雫が淡々と時間を刻む音だけが聞こえる、穏やかな時間がそこには流れているのだった。




