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「さて、と。お風呂行かない?」
いきなりライナがそういわれ、シェルアはきょとんとライナを見つめる。
お風呂、というのはあのお風呂のことだろうけど、行かない?というのはどういうことだろうか。
「ここって共同の大浴場があってさ。好きな時に使えるの。今なら人も少ないし貸し切りだよ?」
どうやら一緒にお風呂に入らないか、ということらしい。
生まれてこの方、リーゼ以外と一緒にお風呂に入るという行為をしたことがないシェルアにとっては、それがどういうものなのかまるで理解できていなかった。
リーゼとの入浴に関しても、入浴というよりかは、リーゼが体や髪を洗ってくれるというもので、ライナの言う一緒にお風呂とは意味合いが異なるのだけは分かる。
「あ、もしかして、一緒にお風呂に入るの嫌だった?」
不安そうにこちらを見るライナに対し、シェルアは慌てて返事をする。
「う、ううん!全然!一緒に入ってみたい!」
なんだかおかしな言い方になっていると感じたが、もはや手遅れである。
「っぷ、アハハ!そんな必死にならなくてもいいのに!」
腹を抱えて爆笑するライナを見て、見る見るうちに顔が真っ赤になっていくのが分かる。
こんなところで世間知らずな面が出てしまうとは思っていなかった。
「ごめんごめん。それじゃ、行こっか」
ひとしきり笑った後、ふてくされているシェルアを宥めたライナは、頬を膨らませているシェルアの手を引いて廊下を進んだ。
そうして案内されたのはライナの部屋よりもずっと広い空間だった。
均等に並べられた木の棚と、魔器で作られた時計と照明がある。どうやらここが更衣室らしい。
「そこで服を脱いで、適当な棚に入れるの。着替えも一緒に入れてね」
「わ、分かりました」
寝間着を先にしまっていると、何のためらいもなくライナが服を脱ぎ乱雑に棚に押し込む。
その光景に驚いていると、ライナが不思議そうにシェルアを見つめる。
「どったの?早く行こ?」
瞬く間に全裸になったライナが腰に手を当てながらそう言った。
普通躊躇わないのかな、と考えながらも、今日一日着ていた服を脱ぎ、丁寧に畳んで棚へと収めた。
そんな様子を見ていたライナは、ほほうと呟くと。
「シェルアちゃんってさ」
「?はい」
「胸、大きいよね」
ボッと顔が真っ赤になったシェルアは、普段の彼女らしくない速度でライナから見えない位置へと移動してしまう。
「なななななななな、何を言ってるんですか!?」
「えー、別にいいじゃん誰もいないし」
「そういう問題じゃないです!」
「それに彼も大きい方が好きだと思うよ」
「サトーはそんなふしだらなではありません!」
必死の形相で反論するシェルアを見て、ライナは内心でこっそり揉みしだこうと案を巡らせる。
「ま、いいや。先行ってるね」
「あ、えっと、待ってください!」
他に知り合いもいない場所で一人にされるのは怖いため、慌ててライナの後へと続いた。
案内された浴場は森の中のお屋敷よりは広くないものの、一般的な家庭にはまずない規模のものだった。
複数人が同時に使うことを想定しているためだろうか、設備もいくつかあるようだった。
「おお!やっぱり貸し切りじゃん!やった、やった!」
鼻歌交じりに奥へと進むライナに対し、恐る恐る中へと入るシェルア。
一応、一人での入浴の経験はあるものの、その手順が果たして本当に合っているのか分からなかった。
ここで変なことをしてライナに呆れられるかもと思うと、どうしても動こうとは思えなかった。
だが、そんな様子を見かねたのか、ライナが声をかけると、
「ほら、早く座って。お風呂場での作法教えてあげるから」
「あ、はい。よろしくお願いします」
用意された箱のような椅子に腰かけると、無意識に首筋に触れ、あるものがないことに気が付き手を離した。
やはりこれだけは、どこでもしてしまうらしい。
「シェルアちゃんって和那の国って知ってる?」
「はい、確か大海の真ん中にある島国、ですよね」
和那の国は四方を大陸に囲まれた海の真ん中に位置する国だ。
その立地と独自の文化から、他国との関わりを拒絶していた過去があり、諸々の理由から現在ではエルフィン王国とだけ国交を結んでいる。
因みに、シェルアの一つ上の姉はその国の出身だった。
「私その国のこと結構気に入っててさ。そこでの温泉、っていうやつの作法でお風呂に入ってるんだよね」
「オンセン、ですか?」
まるで聞き覚えのない単語だったが、彼女の口調から察するにきっとお風呂の別称か何かだろう。
「で、その作法をみんなに浸透させてるから、この通りに入れば多分問題ないと思うよ。そんなに大浴場に入る機会ってないと思うけど」
「あ、ありがとうございます」
どうやらこういったことに不慣れだということを見抜いているらしい。
シェルアの想像以上にライナは鋭く、賢いと感じる。
そうして教えられた手法を確かめながら、二人は湯船へとゆっくりと浸かった。
ほんのりと温かく、それでいて体の芯にまで染みるような感覚に、思わず声が漏れる。
「っはぁ。仕事終わりにはこれが一番なのよ…………」
そう言われて、シェルアは自分が思ってたよりずっと疲れていたことに気が付いた。
慣れない仕事に加えて、一日中走り回っていたのだ。
いくら冒険者とはいて、まだ駆け出しの、冒険もまともにしたことのないお嬢様にとって、今日という一日は些かハードであったのは間違いないだろう。
ぐぐっと全身を伸ばして、ふぅと息を吐く。
それだけで感じ始めていた疲れが抜けていくような、優しい感覚が全身に満ちていた。
気を抜いたら、あっという間に寝てしまいそうになる。
「ねー、シェルアちゃん」
気の抜けた声で、ライナが言う。
「シェルアちゃんってさー、もしかしてお姫様だったりする?」




