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「魔石とは魔力を貯えた石を言います。人為的に魔力を込めずとも、それ自体が魔力を有している鉱石を指します」
「それって前、屋敷で見せてもらったやつ?」
最初に思い浮かんだのは例の五百円玉程度の大きさの石ころだった。
確かあれも魔術による仕掛けで光らせることができる代物だったはずだ。
「いえ、あれは人の手によって魔力を加えられたものです。魔石は既に魔力がある状態の石を指しますので、あれは魔石ではなく魔器という扱いになります」
これまでの経験から魔器が日常生活にかなり深く浸透していることは間違いないだろう。
『明星の狼』の本部やその街、ここナマク村ですら当たり前のように使われているのを目撃している。
あまりに当たり前過ぎて違和感を感じないくらいだった。
これまでの話を頭の中でまとめ、確認するためにリーゼに尋ねる。
「…………確か魔器には寿命があって、魔石に魔術陣を書いたら魔術を発動できるって認識で合ってる?」
「はい」
「で、『宝石』の権能は魔石を無尽蔵に出せて、本人も魔術が使えると」
「ですね」
「更にそこに魔法を扱える魔眼もあるの?」
「正確に言えば異なりますが、概ね正しいです」
「…………要素多くね?」
なんていうか、天丼に追加で死ぬほど天ぷらを乗せたかのような内容だった。
一つひとつはどれも十分に美味しいのだけど、それを一気に、しかも一つの丼の上に乗せられるとなると話は変わってくる。
簡単に言うなら、胃もたれが凄い。
明らかにやりすぎである。
「お嬢様がどれだけ凄い人なのか理解できましたか?」
ややドヤ顔で話すリーゼを見て、思わずそりゃそうだと納得してしまう。
これだけなんでもできる人に対して、無知のよく分からん奴が関わるなんて普通に考えて嫌に決まっている。
なにより、彼女に仕えることに誇りを持つのも当然の内容だった。
改めて考えると、とんでもないところに落ちたものだ。
というかそもそもなんであんなとこだったのか未だに分からないけど。
「てか、そりゃ命狙われるわな。裏社会で名前が知られているのも当然だわ」
「?そういったところに繋がりが?」
「いや適当に言っただけ…………って包丁持たないで!嘘!ちょっとだけかっこつけただけです!」
いつもと変わらない様子で包丁を手に持ったリーゼは有無を言わせない迫力に満ちていた。
なにより、刃物も持ち方に慣れているからか余計に怖い。
もし、本当につながりがあったらどうなっていたのだろうか。
考えた瞬間、悪寒が全身を走った。
これはあれだ、知らない方が幸せだ。
「少なくとも、王家の人間とその側近くらいしか知らない事実です。断片的になら知っている者も多少いるかとは思いますが、それでも現在の容姿をも知るものは殆どいないかと」
「ふーん。ならなんであいつらシェルア狙ってるんだ?」
その話だと、彼らはどこからか情報を仕入れたことになる。
それがどこかによるが、場合によってはかなり危ないことだけは確かだ。
「心当たりがないわけではないですが、少なくとも現時点では不明としか言えません。なにより、下手に警戒して身動きが鈍くなることで、狙われていることを勘づかれたくありません」
「それもそうだな」
そう同意すると、ついていた火が弱くなっていることに気が付いた。
慌てて近くの薪を投げ込むと、火は息を吹き返したかのように勢いを取り戻す。
「それと、シェルアはどこまで自覚してるんだ?」
「…………恐らくは殆ど知らないかと。精神的な理由からか、お嬢様はご自身の身の内を何一つ覚えていないのです」
「それは過去の件でか?」
そう尋ねると、リーゼは何も言わず小さくうなずいた。
これまでの経緯を鑑みるに、間違いなく負い目はあるのだろう。
それに自分の立場も理解できているはずだ。
だけど、どうして自分がこの立場にいるのか、単に立場だけで特別な扱いを受けているものではないということを知らないことになる。
そう考えると、少々過剰な気もしないでもないが。
だが、そうだとしても、彼女が背負うには内容があまりにも重すぎる。
それならば、何も知らないということはある意味では幸せなのかもしれない。
そんな考えを巡らせていると、リーゼは立ち上がり、周囲を見渡した。
「さて。そろそろ就寝するべきです。まだ行程は二日ありますから」
「了解」
火の勢いを強めたのは失敗だったか、と思ったが、リーゼが咎めないということは特に問題ないらしい。
それほど気にすることなく、サトーはぼんやりと焚火を眺める。
(そういや、シェルアはどうなったかな…………)
今頃は一人で寝ているのだろうか。
恐らくは今日が生まれて初めての労働だったのだろう。
上手くいったのか、それともあまり上手くいかなかったのか。
夜空に浮かぶ満天の星空を見上げながら、サトーは静かに彼女の顔を思い浮かべるのだった。




