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身に着けた制服を何度も確かめながら、シェルアは部屋の外を出た。
すぐそばで待っていたライナは、シェルアの姿を見ると驚きの声を上げた。
「すっごい…………めちゃくちゃ似合ってるよ!」
そう言われたシェルアは、恥ずかしそうにしながらスカートの裾を持ち上げたり、靴のつま先で床を叩く。
「そう、でしょうか?」
「ううん全然!これなら二人も驚くって!」
「だといいんですけど…………」
そういって頬を赤く染めるシェルアを見て、ライナはそっかと内心呟いた。
きっと、この子にとって二人とも同じように大切な存在なんだということを。
そう思うと、あまりからかうのはやめようと考えた。
下手に刺激して、思わぬ方向に進んでいかれたら申し訳なくなる。
「それじゃ、ついてきて」
「は、はい!」
ライナが歩く後を緊張した様子でシェルアが続いた。
階段を降り、廊下を進んだ先にあった扉を開く。
どうやらそこは厨房らしく、エプロンを身に着けた数人の料理人が調理を行っていた。
あちこちから食材の匂いがしており、何かが焼ける音が聞こえてくる。
「お、やっと来たな」
そういって手を差し出してきたのは恰幅のいい男性だった。
シェルアより二回りも大きな巨体に、頭皮や顎などに毛が一切ない。
真ん丸の顔を少しだけ顰めつつ、ライナに苦言を呈した。
「まったく、随分時間がかかるから見に行かせようとしたんだぞ」
「えへへ、ごめんなさい。あ、この人が私のお父さん」
「おう!短い間だが、よろしく頼むぜ」
「は、はい!シェルアと言います。本日はよろしくお願いいたします」
「そんな畏まらなくてもいいさ!なに、今日は初日だ、気楽に頑張りな」
シェルアはライナの父親と握手を交わすと、力強く肩を叩けれた。
予期していなかった衝撃に体が揺れた直後、スコーン!と気持ちのいい音がした。
「こら!そんな乱暴にするんじゃないよ!ったく、大丈夫かい?」
現れたのはライナによく似た女性だった。
髪はライナより少し長く、背丈もほんの少し大きい。
どことなく、気の強そうな面立ちをしている。
多分、ライナの母親だろうか。
「アンタがシェルアちゃんか。今日からよろしくね」
「あ、はい!シェルアといいます。本日はよろしく……」
「ほーら力抜いて!そんなんじゃ一日もたないよ」
今度は優しく肩を撫でられるシェルアは、奥から聞こえてくる怒鳴り声にびくりと肩をすくめる。
「おいこら!何もお玉で殴らなくてもいいだろ!」
「なに言ってるんだい!この子はうちの大切な従業員なんだよ!アンタの馬鹿力で殴ったら怪我しちゃうじゃないか!」
「なんだと!それならお前の方がよっぽど凶暴だろうが!いいかいシェルアちゃん、何かあったらおじさんに言うんだよ」
思わず矛先が自分に向いたシェルアは、びくりと肩を揺らす。
それでもどう答えれば分からず、オロオロと視線を泳がせてしまう。
「なーに猫を撫でる時みたいな声してるんだい気色悪い。いいかい、ここで働くコツは、あの変態おじさんに関わらないことだよ?」
「誰が変態おじさんだこの怪力女が!」
「え、あ、あの…………」
「ちょっと!シェルアが困ってるじゃん!夫婦喧嘩に巻き込まないで!」
目を白黒させているシェルアを強引に抱きしめたライナは、申し訳なさそうにシェルアに謝った。
「ごめんね、いっつもこんな感じなの」
「う、ううん!平気!ちょっとびっくりしただけ。でも、これ止めなくて平気なんですか?」
「大丈夫、毎朝の恒例行事なの、これ。ほら、だからみんな笑ってるでしょ」
そっと周囲を見てみると、他の従業員は笑いながら見物したり、こちらに気付いて同情の目くばせをしたりするなど、さながら日常の一部のような気軽さでその光景を見ていた。
そして喧嘩の渦中の二人は、いつの間にか大きく脱線しながら、あれやこれやと言い合いを続けている。内容は主に、仕事とは関係のないものだった。
そんな様子を眺めていたライナは、苦笑いを浮かべる。
「こりゃしばらく続きそう。私が仕事の仕方教えるよ。小さい頃手伝いをしてたから」
「はい!よろしくお願いします」
なおもヒートアップする喧嘩を他所に、ライナは仕事の内容の説明を始める。
「まずは接客。席は勝手に座るから、案内はしなくて大丈夫。それで、手を挙げてこっちを呼んだら、近づいて注文を聞いて。その際、内容をきちんと確認すること。店内は結構うるさいから、聞き取りづらいと思うから注意してね。それで、あそこにある黒い板に注文を書いて中の人に渡す」
指さした先にはちょうどノートくらいの大きさの石が何枚も置かれており、近くには白い石を細く尖らせたものが置かれていた。
どうやらあそこに注文を記入しておくことで、混雑時の注文の漏れを防ぐらしい。
「今日はとりあえずできた料理を運ぶとこからやってみようか。大丈夫そうなら、明日から注文を受けてみるといいかも。他に質問とかある?」
「…………いえ、多分ですが、大丈夫だと思います」
不安そうに指で数えながら手順を確認するシェルアを見て、ライナがそっと耳打ちをする。
「私の両親の喧嘩ってここら辺の人の間で有名だから、厄介なお客さんはそんなに来ないんだ。みんないい人ばかりだから、安心して頑張って」
そういって微笑むライナのその奥で、昨日会った支部長に怒られるライナの両親の姿があった。
どうやら相当うるさかったらしく、その奥にいるギルドの人たちも笑顔でそれを眺めている。
本当に日常茶飯事のことらしい。
そんな様子を見たシェルアは、深く深呼吸をした後、ライナを真っすぐ見据える。
「ありがとうライナさん。頑張ってみる」
「ライナでいいよ、それじゃあ頑張って。私も今日は受付にいるし、困ったら声かけて」
こうしてシェルアの初の仕事は幕を開けるのだった。




