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──────青年は颯爽と駐屯地を後にすると、その足で王都に立ち寄っていた。
周囲の人に挨拶をしながら、青年はとある一室の前で立ち止まるとドアをノックする。
「…………どうぞ」
低く、響く声がした後、「失礼します」と告げて中へと入る。
そこは小さな一軒家であれば入るくらいの大きさの部屋だった。
左右には大量の本が置かれ、一対のソファに足の低いテーブル、その奥の窓際にひと際大きな机が置かれている。
そこの椅子に腰かけている老人は、青年を一瞥すると、背もたれにもたれかかりながら天井を見上げてた。
「…………そこまで、ですか?団長殿」
おずおずと青年がそう尋ねると、老人は静かに、こういった。
「あれは我の手には負えん。まさにカオス、混沌だ」
苦笑する青年だったが、内心密かに同情していた。
この老人、青年が所属する騎士団の元団長である。
今はその任から離れて、現在はとある少女の傍付きに任命されている。
というのもその少女から懇願されたらしく、諸々の事情で断るわけにはいかなかったらしい。
この青年も別の少女の傍付きに任命されたのだが、それもつい最近お役御免となっていた。
いろいろと思うことはあったが、事情を聞かされ同意しての解任だった。
「あなたでも苦戦することがあるんですね」
「無論だ。貴様の妻も大概だったが、あれはもっとこう、全く別の生き物に違いない。人の姿をした未知の生命体だ。理屈がまるで通じない」
青年の妻もまた相当に無茶苦茶で、初対面の騎士団長を「おっさん」と読ぶ。
昼夜問わず、剣の稽古と称した喧嘩を吹っ掛ける。
などと、今思えばよくクビにならなかったと思うようなことを繰り返していた。
騒動の度に青年も巻き込まれ、ボコボコにされたことで強くなれた面があるので、あまり触れたくない話題ではあったが。
だが、この様子を察するに彼女はそれを上回るのだろう。
話には聞いていたが、想像以上というしかない。
「それで、あれはどうなった?」
あれ、というのは青年の妻に関することだった。
この人もまたかなり気を使ってくれていたらしく、友人と同じく恩人の一人であった。
最近は疲労の根源に振り回されていたこともあって、なかなか会う機会に恵まれなかったが、彼なりに気にはしていたらしい。
「もうすぐだと知らせが届きました。今夜ここを立って、明日の朝には向こうに着く予定です」
老人に手招きされ、近くのソファに腰かけるとそう告げた。
老人は感心した様子で頷くと、ふと顔を上げた。
「それなら、早く行けばいいものを。わざわざこんな老人に構う道理があるのか?」
「今すぐに出ても着くのは深夜になってしまいますので。待ってもらうのも申し訳ないですし」
「そうか…………それなら王宮にある転送魔術を使うか?あれならばすぐに駆け付けることが可能だぞ。お前さんなら、向こうも嫌な顔をするまい」
「流石に私用で使うのはちょっと…………なにより、生まれる予定日はまだ後らしいので」
青年は苦笑しつつ、やんわりと提案を断る。
「そうか、であればしばし暇をやらんとな」
「ご安心を。その分の休暇はしっかりと確保しましたので」
「ふむ。それなら問題ないな」
それから二人は他愛もない話に花を咲かせていた。
これまでのことや、新しい騎士団長のこと。
それに伴って若く才能溢れる者がいくらか見られること。
久々に顔を合わせたからか、話題が尽きることはなかった。
そうして気づけば夕刻までもう少しというところまで来ていた。
「…………っと、すいません。そろそろ時間ですので」
「む、そうか。すまんな、無駄話に付き合わせてしまった」
「いえ、久しぶりに話せて楽しかったです」
青年は立ち上がり、部屋を後にする直前、老人が声をかけた。
「よろしく伝えといてくれ。落ち着いたら顔を見に行くともな」
「分かりました。それでは」
青年はその後、簡単な買い物を済ませると、一頭のシジマを借りて王都を後にするのだった。




