8
──────それはひどく面倒な引継ぎ作業の最中でのことだった。
「必ず、きちんとした服装で行けよ」
数少ない友人からそう言われ、青年は思わず顔を上げた。
どうしてそんなことを言うのかと、しばらく青年の顔を見ていると、唐突にため息を吐かれた。
「相変わらずお前は、落ち着いているというか、冷めてるというか。なんで普段はそうダメなんだ」
「…………そう言われてもなぁ」
面倒と言っても、回数を重ねれば手の抜き方くらいは覚える。
二人はそうして、残った時間を他愛もない話で潰している最中だった。
その中で、今度の休日に買い物に行こうと誘われた話をした途端、友人は露骨に嫌な顔をしたのだ。
「もし制服なんかで買い物してたら、団長に報告するからな」
「いや、なにもそこまでしなくても…………それに、制服の方が楽だし」
騎士団は基本的に、衣類に関しては最低限の配給がある。
青年からすればそれで事足りるし、お洒落にも興味はなかった。
なにより急な呼び出しにも対応できることを踏まえれば、配給された服の方が色々と都合がいい。
「それはお前くらいだし、なにより彼女に対して失礼極まりないだろ。団長様もおっしゃってたぞ。『あの馬鹿弟子の馬鹿の部分は、日常生活のことだ』ってな」
「…………そうだったのか」
青年は常に馬鹿と言われ続け、必死に訓練してきた。
だというのに、それとはまるで関係ないところで馬鹿と言われてたらしい。
一瞬、何のために努力してたのかと考えそうになる。
「分からないなら部下にでも聞いて、ちゃんとした服を用意させろ。それが嫌なら、俺の家から適当な服を持ってくるぞ」
「それは勘弁してくれ」
この友人はかなり裕福な家の出で、持っている物は全ては庶民では想像もできない値段がついている。
そんなものを着て仮に汚したりしたらと考えたら、まだ戦場にいた方がいい。
「ついでに伝えとくと、街中の人がお前を監視してる。適当な服を着てたらすぐに伝わるからな」
「そこまでするかい!?」
少女と青年の買い物は、それこそ数えきれないくらいに繰り返している。
それをわざわざきちんとした服装で行うのは、なんていうか、違和感しかない。
「でも、彼女も多分制服だと思うけど…………僕だけ私服って変じゃないか?」
「……………………」
空いた口が塞がらない友人は、しばらくしてからワナワナと震え始めると。
「いいから、とにかくだ!制服は無し!じゃないと本当に伝えるから!」
と、肩を掴んで青年を大きく揺らしながら叫ぶのだった。
そして。
「ったく、無駄な出費だ…………」
クローゼットを開けて、配給された服以外のものがないことを知ったのが昨日のこと。
どうせバレないだろと考えたが、友人の必死な剣幕を思い出し、青年は仕方なしに服を買って待ち合わせ場所で少女を待っていた。
待ち合わせをしたいと言い出したのは、少女のほうだった。
お互い、騎士団の寮で生活をしているため、待ち合わせるという概念が基本的にない。
なんなら部屋は隣なので、どっちかが準備できたタイミングでドアを叩けば事足りるのだ。
それほど立地に優れた環境から外れた行為を、少女がするのは些か疑問だった。
(思ってたよりも早かったかもな…………)
噴水の中央上部に時計が備え付けられており、待ち合わせまでまだ三十分もあった。
元々、少女は朝が非常に弱く、合流時間から一時間遅れるということはざらにあった。
だからわざと予定より早めに少女の部屋を訪れるようにしているのだが、今回はそれが完全に裏目に出てしまったらしい。
さてどうしたものかと思案していると、不意に肩を叩かれた。
「っと、どうかしまし…………た…………か?」
騎士として活動していると、街中で声をかけられることは珍しくない。
青年はいつもの認識で、特に意識することなくその方向を向いた。
「…………ご、ごめん」
そこにいたのは真っ白なワンピースを着た女性だった。
唾の大きな麦わら帽子を被ったその女性は、どこか困った様子でこちらを見上げていた。
「もうちょっとだけ早く着こうと思ってたんだけど、準備に手間取っちゃって」
女性はどこか慣れない様子で一歩下がった。
見ると足の高いハイヒールを履いている。
真っ赤な髪も綺麗に梳かしてあり、唇がいつもよりほんのりと紅い。
青年は女性の顔をしばらく見つめると、数度瞬きをした後で、目をこすり瞼を開いた。
いつも見ている、幼馴染の顔があった。
それがどうしてか、不服そうにこちらを睨んでいる。
「なに?」
「…………いや、どうしたの、それ?」
青年の知る少女もまた、休日でも制服を身に着けていた。
それは剣の鍛錬をするのに最も適しているからと、いちいち着替える手間を省く為だと語っていた。
それが、どういうわけかこうなっていた。
少なくとも、彼の知っている少女はどこにもいない。
理解が、まるで追いつかない。
「おかしい?変?いいじゃんたまにはこういう格好もしてみたかっただけ!そんなに似合わないなら今すぐ着替えてくるけど!」
顔を真っ赤にしながら、彼女は一気に捲し立てた。
その剣幕と、ふるふると震える体を見て、どういうわけか彼女は怒っているのが分かった。
(何かの罰ゲーム?いや、彼は今前線にいるからこれは見れないはず。なら、どこかから盗撮でも…………その気配はしないか。じゃあ、なんでだ?)
思考を巡らせても答えが出なかったので、とりあえず当たり障りのない返事をしようと口を開く。
「いや、似合ってるなって」
「ッッうっさい!」
思いっきり横腹を殴られ、思わず青年は悶絶する。
いつもなら制服を着ているからなんとか受け止められるが、慣れない服のせいでまるで動きに精彩を欠いていた。
彼女もまた、いつものように受け止められるだろうと思っていたのか、心配そうにしゃがむと、顔を覗き込んできた。
「ごめん、まさか当たるとは思ってなくて…………大丈夫?」
咳き込み顔を上げると、すぐ近くに彼女の顔があった。
その直後、なんだか妙にいい匂いがしたため、思わず一気に立ち上げる。
「や、あー、うん、大丈夫」
本当は死ぬほど痛むのだけど、なんだか顔が熱くなってきてそれどころではなかった。
それを見た彼女もまた「そっか」とだけ言うと、どうしてか黙り込んでしまった。
しばらく、お互いに黙っていると、時刻を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「とりあえず、行こう、か?」
「え、あ、うん」
やたらぎくしゃくしながらも、二人は休日の買い物へと向かう。




