7
「一つ、よろしいですか?」
「なんだ、まだあるのか」
「シャグラ、という人物についてです」
支部長からの反応を待たずに、リーゼはこう続けた。
「今回の依頼はその御方に会うため、と伺っていたのですが、そうではないのですか?」
「それはアイツからの個人的な頼みだ。今話してたのはアイツが元々受けてた依頼。どーせ目的もなしに滞在しても面白くないだろうからってことで、抱き合わせた形だ」
「…………そうですか」
短い付き合いでも分かる。
今のリーゼは、間違いなく怒っている。
なにせ魔獣の討伐なんて危険な任務、知っていたらシェルアにやらせるとは思えないからだ。
(でも、話を聞く感じはなんとかなりそうだな。シェルアを危険に晒すのは少し怖いけど、こっちにはリーゼもいるし)
強いリーゼがいることに加え、サトーらはまだ金銭を稼いでいない。
シェルアたちがどれくらいお金を持参しているのか分からないけど、サトー個人の懐で言えば完全に一文無しである。
ここに来る途中の荷物運びもしたが、それはあくまで同伴させてくれるお礼としてやったこと。
なにより冒険者として生活するのなら、自分の生活費くらい自分で稼ぎたいところである
「これを、今ここで言うことではないだろうが」
どれくらい貰えるのか密かに考えていると、ふと支部長がこう言った。
「覚悟だけはしておいたほうがいいぞ」
「…………覚悟?」
意味深な発言をした支部長は右手奥にある出入り口からこちらにくると、軽く手招きをして歩き始めた。
どうやらシャグラという人物は、この建物の中にいるらしい。
リーゼを先頭に、サトー、シェルアと続く形で支部長の後に続いた。
歩いていくにつれて、二度目の嫌な予感がしていた。
(まさか、な…………)
食堂の奥、とある一角で立ち止まる。
予感はまさに的中していた。
「ったく」
支部長がそう呟くと。
いきなり机の脚を蹴り飛ばした。
「おい!お前に用があるそうだ」
結構な衝撃を受けたはずなのに、そこにいる人物は気にするそぶりもせずゆっくりと顔を上げた。
一見すれば騎士、というよりは傭兵に近い服装に見えた。
身に着けているローブはあちこちが擦り切れており、足に履いている具足もまた年季の入った代物だった。
髪は茶髪で、襟に届くくらいの長さまで伸ばしている。
うつぶせていたからか、それとも手入れをしていないのかボサボサに伸びきっており、顔にかかった髪の毛から無造作に生えた髭が見えた。
だが、そういった細々した特徴よりも、遥かに主張する個性があった。
それは。
(くっさっ!?!?)
信じられないほどの酒の匂い。
もはや全身に酒を浴びたのかと錯覚してしまうほどの激臭に思わずサトーは鼻を抑え顔をしかめる。
「んあー?あなたたいはいったいらへれすか?」
ものの見事に呂律が回っていない。
ここまでくればもはや安心と信頼しかない、というほかないほどの酔い方をしている。
というか、まだ太陽は傾いていないはずだ。
「初めまして。私の名前はリーゼ。こちらにいるのがサトーとシェルアです」
刺激臭もなんのその。
リーゼが顔色一つ変えることなく彼に話しかけた。
メイドの意地なのか矜持なのか知らないが、その姿は感服するほかない。
「えあー?」
対するシャグラ、は全くもって理解できていないようだ。
第一真っすぐ座っていることもできていない。
支部長が何度も起こそうとするも、軟体生物のように全身をくねらせている。
そしてしまいには先ほどのように眠ってしまった。
「…………いきましょう」
リーゼはそう告げると、シェルアの手を取りさっさと出入り口へと向かってしまう。
一人残されたサトーは、支部長と目が合うと顎で出入り口の方を示した。
どうやら話にならないから一旦引き下がれ、ということらしい。
ひとまずはその指示に従うことにする。
周囲の人間が物珍しそうに残された二人を見ているが、やがて見慣れない顔の集団がいないことを確認したのか興味を失ったようだった。
支部長は近くの椅子を持ってくると、シャグラの対面に座る。
「おい」
「…………」
「俺に下手な芝居させやがって。どうせ起きてるんだろ?」
そう声をかけると、むくりとシャグラが顔を上げた。
「一体、どういう風の吹き回しなんだろうねぇ?」
先ほどとは打って変わって、飄々とした口ぶりで話始める。
それを見た支部長は瞳を閉じ嘆息する。
「お前が思うようなことにはならんだろうさ。第一、俺の存在に気付いていなかったしな」
「まぁ、もう十年も前になるからねぇ。すっかり大人になってたなぁ」
「そりゃそうだろ。あの子らはそんなやわじゃない」
「だよねぇ」
シャグラは相槌を打ちながら、近くにあった酒瓶に手を伸ばすと、一息で中身を飲み干した。
「…………もう、そんなに経ったのだな」
支部長は確かめるように、見えない何かをなぞるようにそう呟く。
その言葉に対し、シャグラはどこか遠い目を浮かべた。
「忘れられるなら、どれだけ楽なんだろうねぇ」
その言葉はどこに行くこともなく、喧騒の中に消えていくのだった。




