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気がつけば、荷車は動きを止めていた。
「お、ようやく起きたか。もう着いてるぞ」
「え、マジですか?すいません全然気づかなかったです」
「いい熟睡っぷりだったぞ」
そう言われるとなんだか恥ずかしいが、とりあえず盾を背負って荷台から降りる。
到着したマナク村は途中で寄った村と似ていたが、村の中央辺りに『明星の狼』の模様が描かれた旗が下げられている建物があった。
どうやら集会所のようなものらしく、他の建物よりも少しだけ大きい。
ボーっとそれを眺めていると、気が付けば横にリーゼの姿があった。
「あれは『明星の狼』の支部です。ここ一帯の依頼を管理し、適切な冒険者への手配、報酬の受け渡しなどを行っています」
市民の生活を成り立たせるギルドへの依頼は多岐に渡るため、本部だけでは適切な対応をするのは難しい。
また、緊急性の高い依頼を受けても本部から遠い位置であれば、駆けつけるのにも数日かかることもある。
柔軟性のある対応をするための施設が支部であり、あちこちに存在しているらしい。
つまるところ役所のようなものだ。
「今回の件は支部長に話を通してくださっているそうです。ひとまずは、その方と話をするのが適切かと」
「お、おう…………そう、だな」
なんとも歯切れの悪い返事にリーゼが眉を顰める。
サトーはどこか言いにくそうにしながらも、リーゼにこう尋ねてみた。
「なんか、妙に優しくない?」
「…………」
数秒置いて、わき腹に強烈な衝撃が突き抜けた。
「うぼぁ!?!?」
リーゼの右拳が、サトーの脇腹を完璧に捉えたのだ。
悶絶しながら倒れこむサトーに対し、リーゼは「先に行ってます」とだけ告げてその場を後にした。
(これでも鎧着てるのに…………なんでこんなに痛いんだ…………)
確かに怒られるかもとは思ったが、安易に装備を過信した自分が悪かったのだろう。
流石というべきか、加減をしてほしいというべきか判断がつかないのが難点ではあったが。
「おいおい、大丈夫か?なんかすごい音がしたけどよ」
「…………あぁ、はい、いいえ、大丈夫です。ここまでありがとうございました」
「お、おう…………なんつーか、気をつけろよ」
行商人にお礼を伝え、殴られたわき腹をさすりながら、サトーは支部の扉を開け中に入った。
中はレストランと併設されているのか、やたら香ばしいいい匂いで充満していた。
時刻的にもちょうどお昼だからか、外見よりも多くの人で賑わっている。
その奥が受付になっているらしく、シェルアとリーゼは先に受付で話をしているようだった。
(シェルアの姿がないと思ったけど、先に行ってたのか。つか、リーゼは俺を待ってたってことか?…………いや、あれは違うな。多分なに調子こいて寝てるんだって怒ってたんだろう、うん)
サトーはそんなことを考えながら、二人の傍に近づこうとする。
「…………ん?」
その途中で、一人の男性が目に留まった。
その男性は机に伏しているらしく、どうやら眠っているらしい。
それなりに距離があるので何を食べているのかまでは分からないが、それでも周囲に散乱する樽でできたジョッキとビンの山から、恐らく酒の飲みすぎで寝ているのだろうと判断できる。
目を引いたのは背中に背負っている一振りの剣だった。
遠目からでも使い込んでいると分かるくらいに色が褪せているそれは、暖色系の照明も相まって歴戦の風格を漂わせていた。
なにより、周囲にいる人間は皆一様に武器を床や机に立てかけているのに対し、彼は腰に提げたまま眠っていた。
あれだと寝心地があまりよくないように見えるが、どうやら彼は平気らしい。
「あ、サトー。よく眠れましたか?」
特に気にすることなく歩みを進めると、シェルアが声をかけてきた。
どうやら先ほどのやりとりは伝えていないらしく、少しだけ控えめな笑顔でそう尋ねてくる。
少し遅れた原因はリーゼに殴られたからなのだが、その本人は完全に素知らぬ顔をしている。
「それでは、こちらで全員揃ったということで大丈夫でしょうか?」
髪の短い女性がそう尋ねてきた。
リーゼは頷き肯定すると、その女性が受付から離れる。
「これから、支部長がこちらにくるそうです。なんでもこの依頼は支部長が直接頼んだものらしく、詳細は本人からする、と予め決められていたみたいです」
「マジで?それって結構重要な依頼なんじゃないの?」
「おそらくですが、ザハ様を指名したものだからかと思います」
だとしたらB級程度の依頼、ということになる。
というかそんな重要な依頼をこっちに押し付けていいのだろうか。
こっちはまだ駆け出しの冒険者で、しかも依頼を一つもこなしたことがないD級冒険者の集まりだ。
そもそも、この依頼がどんなものか知らないことに気が付いた。
第一、ザハから聞かされたのは仲間に相応しい人の紹介だけで、依頼の存在自体を聞いていない。
(それだけ信頼してくれてるってことなんだろうけど…………あれこれ言われそうで怖いなぁ)
そんなことを考えていると、奥から一人の男性が姿を現した。
歳は四十前後といったところで、白髪の混じった髪に、年季の入った肌が良く似合っていた。
職人気質、といった顔立ちでこちらをじろりと見ると、面倒そうに髪を掻きながら目の前の椅子に音を立てて座った。
サトーは瞬間的に、嫌な予感がした。
「ったく、ザハの野郎の頼みだから聞いてやったが、まだひよっこじゃねぇか」




