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──────二人にはこれといった権能も、類まれなる魔術の才もなかった。
ただ、剣の腕と知識で己の力を示し続けた。
それは他の同期や後輩、そして先輩といった多くの人を凌駕するほどのものであり、
異例の速度での出世を果たしていくことになる。
当時、二人の国は他国との小競り合いの最中であり、不幸にもその才能を発揮する環境が整っていた。
少女の振るう剣は苛烈で強烈であり、火のごとくたちまちのうちに敵を切り倒し、
青年の振るう剣は優美で柔軟であり、水のごとく戦況を優位に変えていった。
彼らの存在により戦線は硬直状態へと移行していく。
いつしか二人は『相翼』と他国に知られるようになっていった。
「それで、また抜け出してきたのかい?」
横薙ぎに振るわれた剣を受け止めると、青年はそう問いかけた。
対する少女は、さながらいじける子供のように口を尖らせる。
「だって、あのおっさんうるさいんだもん」
「おっさんって、命令を無視して突貫したのは君じゃないか」
「そりゃあそうだけどさ、チマチマ削り合うの退屈なんだもん」
「あと、一応僕らの上司なんだからもっと…………」
「うっさい」
鍔迫り合いから数度の斬りあいを挟み、二人は距離を取った。
ここは西の国との境界近くにある駐屯地で、青年が指揮する部隊が陣を構えている場所だった。
太陽はとっくの昔に沈んでおり、青年もまた眠りにつこうとした矢先に少女が現れたのだ。
「それにしても、毎度毎度ここに来ていて平気なの?」
「……おっさんいるから平気でしょ」
ゆっくりと構えを変えつつ、なげやりに少女が言い捨てた。
少女は、もうすでに大人になっていた。
それでも、その言い方といい、態度といい、変わらず幼い頃のままだった。
それが青年が少女を、少女と認識している理由でもあった。
「確かにあの人がいれば安心だろうけど、それでも無闇に配置を抜け出すのか感心できないかな。あの人だって、きっと悪気があって言ってるわけじゃないだろうし」
「そんなの分かってるもん」
二人は何度も剣を振るいあうと、しばらくしてから互いに剣を収めた。
少女がここに訪れる理由は主に愚痴や文句を青年に言うためであり、それは訓練生時代からの通例行事であった。
夜中に一人で移動するのはあまりに危険なことではあったが、それでも青年はそのことを強く咎めることはしなかった。
「にしても、ここっていっつも静かね。アタシのとこは夜中でもうるさい」
「君のところは元気な人が多いからね」
二人の部隊は本人の性格が色濃く反映されている。
例えば少女の部隊はがさつで豪胆な人が多く、青年の部隊は慎重で知的な人が多かった。
少女の部隊は主に最前線で戦っており、青年の部隊は全体の支援を主に担っていたというのも大きいだろう。
二人が稽古をしているのは駐屯地の近くの空き地で、既に殆どの隊員が寝てしまったのか静寂に包まれていた。
それが本当は性格が原因ではないということを、二人は一切気づいていないのだけど。
「ま、いいわ。それじゃ帰るね」
ひらひらと手を振って少女が駐屯地へと向かう。
どうやら言いたいことを吐き出せたので満足したらしい。
それを見た青年はすぐ横に並ぶと、一緒の歩幅で歩き始めた。
「ついてこなくても平気なんだけど」
「?帰るのなら見送らないとでしょ?」
「…………あっそ」
どうしてか彼女の機嫌が悪くなっていた。
心当たりがまるでない青年は、はてどうしたものかと思案し始める。
彼女の機嫌が変わりやすいのはいつものことであり、その度に振り回されてきたことを思い出して、背筋に寒気が走った。
昔、採りたてのトマトが苦かったのが原因で、剣の稽古でボコボコにされたこともある。
その時と比べれば、これくらいは可愛いものだった。
「そういやさ、そろそろ交代の時期だっけ?」
「あぁ、そういえばそうだね」
前線で戦い続けるのは、心身共に非常に消耗する。
しかもこの戦いは、既に泥沼と化していた。
いつ終わるのか、そもそもどうすれば終わるのか誰も分からないほどに。
だからこそ、比較的頻繁に休暇の日が回ってくる。
「でさ、その、よかったらなんだけどさ…………」
「ん?」
彼女らしくない、非常に歯切れの悪い調子に、思わず顔を見てしまう。
心なしか顔が赤いような気がするが、深紅の綺麗な髪のせいかと適当に結論を出してしまう。
それ以上に、一体どんな無茶ぶりをしてくるかの方が今後において重要なことだった。
「買い物、付き合ってほしいんだけど」
どこか申し訳なさそうに言う彼女を見て、青年は思わず吹き出してしまった。
それを見て、少女の顔がみるみる赤く膨れ上がっていく。
「なに!そんなにおかしなこと言った私!」
「ハハハ、いや、なんだか、おかしくって。そんなのいつものことでしょ」
「そりゃ、そうだけどさ…………」
一体何を言い出すのかと思えば、それこそ休暇の度に問答無用で荷物持ちをさせられているのだ。
それをわざわざ改まって言ってくるのが、どうしてもおかしくて仕方なかった。
「いいよ。いつでも。どうせ他に予定もないし」
早い出世のせいもあって、仲のいい同期はそれほどおらず、数少ない友人とは休みが重ならないことのほうが多かった。
なにより、彼女といる時間の方が楽しいし、心休まる。
「そ、そう!それじゃ、また、あとで連絡するから!」
颯爽と馬に乗ると、あっという間に少女は駐屯地を後にした。
風を切り、たなびく赤い髪を眺めながら、青年は自分のテントへと帰るのだった。




