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ナマク村に行く途中のとある村に、サトーらが乗った馬車が止まった。
「ちょいとすまんが、一旦ここで休憩させてくれ」
「休憩?」
「あぁ。まぁ大した用ではないんだが、頼まれてた荷物があってな」
話を聞くとナマク村に行く途中にあるこの村で頼まれごとを引き受けていたらしい。
頼まれごとと言っても多少の荷物の受け渡し程度で、それほど時間はかからないそうだ。
「それなら手伝うよ。流石に何もしないのは居心地がよくないし」
「そうか?確かに助かるっちゃ助かるが……」
「問題ありません」
そう言って荷物の検分を始めたのはリーゼだった。
どうやらやる気らしく、こちらを見ると「頼まれた荷物はどれですか?」と尋ねてくる。
行商人は申し訳なさそうにしながらも、二枚の紙を取り出した。
「これがリストで、こっちにはこの村の簡単な地図と各家の名前が書いてある。それぞれの荷物に名前が書いてあるから、それを確認して配達してくれると助かる」
「分かりました。では、行きましょうお嬢様」
「え、あ、うん!」
リーゼは片手で軽々と荷物を数個抱えると、シェルアを連れてその場を去ってしまった。
そんな様子を見ていた行商人はぽかんとした表情を浮かべている。
「あの、どうかしました?」
「……いや、あの嬢ちゃんすげぇなと思ってな。そんなに軽くないはずなんだが」
「まぁリーゼなんで。それよりもこっちも作業を始めましょう。荷物持ちは任せてください」
少なくとも、リーゼが軽々しく荷物を持っていることや、その理屈を知らないはずなのに、それをさも当然かのように受け入れているサトーがおかしいということを突っ込む相手がいないため、
「そうか……それじゃ、こっちも始めるか」
行商人もまた、そういうことなのかと答えを出して、作業を始めることとなった。
作業、といってもそれほど難しいことではなく、行商人の後に続いて荷物を運ぶだけの簡単な仕事だった。
リーゼらと異なる点は、この行商人が村の地図を完璧に把握していることで、いちいちどこにあるのかを確認しないで済むことだった。
そのおかげで作業が滞ることもなく、更に言えば重い盾を持ち歩いたことが荷物を運ぶのに役立った感じがしていた。
因みにその盾は現在荷台に放置されている。
流石にあれを背負って荷物運びは無理があった。
「さて、と。これで全部か」
行商人はポケットからリストを取り出すと、指で順に追った後でそう言った。
時間にして二時間と少しくらいだろうか。
それほどかかったという実感はないものの、力仕事をするのは流石に疲れを感じていた。
そんなサトーとは対照的に行商人はまるで疲れを見せることなく先を歩く。
「すまんな手伝わせて」
「あ、いえ平気です。言い出したの自分なんで」
そうは言ったものの、手足は重労働でジンジンと痛んだ。
流石に傷はもう痛みはしないものの、むしろその休養で落ちた体力の方が深刻だった。
「どれくらいの頻度でここを訪れるんですか?」
「そうだなぁ。大体二日に一度ってくらいか。いくら安全とはいえ、何が起こるか分からないのが現状だからな。個人で買いにいくより、こうやって業者に依頼するほうが何かと便利なんだろ」
確かに襲撃、される方が少ないことを切に願うばかりだが、それでもそういった事件が起こるとなれば、個人で買い物に行くというのはそれなりのリスクを抱えているのかもしれない。
護衛を雇えば身を守れるかもしれないが、日常的に利用しようとすれば出費がかさむだろう。
そう考えれば割と妥当な判断なのかもしれない。
「ま、お陰様でこっちの生活が成り立ってるから大助かりなんだけどな。なにより、誰かの役に立つ仕事ってのは、どんな形であれ楽しいもんだ」
そう言って笑う行商人の表情は、本当に楽しんでいるように見えた。
「……?」
ふと、何かがひっかかり、思わず首を傾げた。
間違いなくいい話を聞いているところだ。
それなのに、一体何が引っかかるのだろうか。
というか、ひっかかるような内容を話していたとは到底思えない。
「ん?どうかしたか?」
サトーの様子に気付いた行商人がそう声をかける。
サトーは「なんでもない」と答えるとやや駆け足でその後を追うのだった。
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案の定というべきか、再出発をした直後、サトーはその場で居眠りをしてしまっていた。
そんな様子をシェルアとリーゼはぼんやりと眺めている。
「なんていうか、寝顔も可愛いね」
ふと、そう呟いたシェルアの言葉にリーゼが反応した。
「そうでしょうか?少なくとも、見慣れた物、としか思えませんが」
「えー?そんなあっさりしてなくてもいいのに」
「そういうものです。むしろお嬢様の感性が独特なのかと」
「そうかな?」
昏倒している際に看病をしていたリーゼと実はそれほど寝顔を見たことのない二人では、見た時の感想が異なるのは当然のことではあった。
シェルアはどこか微笑ましそうにサトーの寝顔を眺めていると、リーゼがおもむろに口を開いた。
「シャグラ様のこと、覚えていますか?」
「ええ、とてもいいひとでした」
「では、その後のことは知ってますか?」
「……うん。話は聞いてます」
そう答えるシェルアの表情に陰りが見える。
それを見たリーゼは瞳を閉じたまま、小さく嘆息すると、
「正直に言えば、彼が仲間になる可能性はあまり高くありません。なにより、無理やり仲間にしたいとも思えないのです」
「そうですね。会ってみないことには分かりませんが、あまり、いい想いはしないでしょうから」
「こればかりは仕方ないことだと割り切る他ありません。依頼を受けてしまった以上、断ることもできません。なにより、数ある噂も実際のところはあってみないと確証は得られませんので」
そこで、ふと会話が途切れた。
お互いに言いたいことは分かっている。
問題も課題も、これから先に起こるであろうことも。
だが、敢えて口にしなかったのは、そうしたら、それは本当のことになるかもしれないと思ったからだ。
だからこその沈黙であり、せめてもの優しさでもあった。
「それでも、高くない、なのね」
「どういう意味でしょうか?」
リーゼの問いにシェルアが言葉を続ける。
「昔のリーゼなら、不可能だって言ってた気がしたの。だってリーゼってすっごく頭がいいし、そういう割り切りがとても上手だなって思ってるから」
「……サトー。彼が現れてから、少なくとも何かが動き出したような気がします」
リーゼの口ぶりは、どこか嬉しそうなものであった。
「彼は記憶がない。この世界のことを何も知らず、手探りで進んでいる状態です。それなのに、彼が全く躊躇うことなく進み続けている。そういった何かが彼にはあって、それがシャグラ様に伝わるかもしれないと思うだけです」
「……そっか。そうだね。ねぇ、リーゼ」
リーゼは姿勢を正し、真っすぐシェルアの方を見やる。
「もし、どんなことになっても、今回の件はサトーに任せてみたいと思うの。それが一番いい気がする」
「分かりました。お嬢様が決めたことであれば、異論はありません」
「ありがと、リーゼ」
シェルアが微笑むと、リーゼは深くお辞儀をした。
その横で心地よさそうにサトーは眠り、相も変わらず景色は穏やかなままだった。




