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それはまだ太陽が真上に登り切っていない、ちょうど昼前の頃。
どこまでも続く草原に伸びる道の上に、シジマに引かれる荷車があった。
縁から顔を出し、さながら海原のような光景を眺める青年、サトーは緩やかに背伸びをした。
「しっかし、本当に代り映えしない光景だな」
顔のあちこちに小さな傷がある青年は、そんな退屈な風景を心穏やかに楽しんでいた。
「この平穏な地形こそが我が国の長点ですので」
そう返した女性はリーゼ。
銀色の髪に同じ色の瞳をしており、特徴的なのは変則的な服装だった。
一見すればメイド服のように見えるそれは、目を凝らすほどに全く別の服に見えてくるという代物である。
どうしてそんなややこしい服装をしているのかと聞かれたら、そこには服装並みにややこしい事情が隠れているとしか言えない。
「でも、もう少ししたら農場とか、森林とかがあるはずだよ」
その反対側に座っているのがシェルア。
この国の六番目の王女様である一方、今は国に追われているお尋ね者で、見つからないよう逃走しつつ長年の夢を叶えている最中である。
艶やかな黒色の髪を後ろでくくり、青と白を基調とした服装を身にまとっている。
「ま、それはこれからのお楽しみってことにしておいて、今回は随分色々積んであるんだな」
サトーら一行は、ギルド『明星の狼』で知り合った冒険者、ザハに用意してもらった荷車に乗り移動を行っている最中だった。
この国ではこうした運搬を担う業者が数多くいるらしく、各地に点在する村や町を繋ぐのがこういった荷車だという。
「そりゃ生活必需品に、食料、配送を依頼された荷物なんかがあるからな」
そう答えたのはこの荷車を運転している行商人だった。
「それにしても、まさか再開できるとは思っていなかったです」
「ホントだな!まさかザハの野郎と知り合っていたとはな。アイツの面倒見の良さは変わっていなかったか!」
そう。
現在乗っている馬車は以前使用したものと同じで、その時話していたB級冒険者もザハのことだったらしい。
二人はかなり付き合いが長いらしく、今回の件も快く受け入れてくれた。
「ザハって昔からあぁなんですか?」
サトーがそう尋ねると、行商人の男はそうだな、と言うと、
「あの野郎は昔っからあっちこっちで人助けしてるらしくてな。そんな訳でここいらの連中の間では有名なんだよ。人たらしのザハってな」
「名誉なのか不名誉なのか分からないなそれ…………」
どちらかと言えば言われたくない異名だが、異名があるだけマシ、なのかもしれない。
いや、嫌だな流石に。
「ま、あいつのおかげで仕事に困らなくて助かるけどな。それに、あいつに助けられた奴は結構いるんだわ」
「マジですか?」
確かに人たらし、なんて呼ばれ方をするくらいなのだから、確かに顔は広いのだろう。
事実、彼と行動を共にした間、ひっきりなしに話しかけられていた。
「おうよ。その証拠に結構顔が広いだろ?それなんで、いろんなやつから頼りにされてるそうだ。アイツ自身が冒険者の端くれだから、基本的にダンジョンの中にいるんで、割と会えない確率の方が高いらしいから、お前らは運が良かったんだな」
「そう考えると、確かにそうかも…………」
「間違いないだろうな」
はっはっは、と声を出して笑う行商人を見て、ザハに頼ったことが間違いでなかったことを改めて実感した。
というか、盾を貰って、ダンジョンを含めた基礎知識を教えてもらい、挙句の果てに危機から助けてくれたのだ。
どう考えても出会えた方が良かったに決まっている。
「ま、今日中には着くから、ゆっくりしててくれ」
そう言うと、行商人は天幕を閉めた。
三人は特に何か話すわけでもなく、ただ静かに馬車が揺れる音を聞いていた。
サトーは一人、あの日のことを思い出していた。
(…………やっぱ、色々おかしいよな)
最初の襲撃もそうだが、そもそもシェルアを狙う理由はないはずだ。
顔が知られている、となればそもそもあの街で注目を浴びている。
それなのに周囲の人間は、彼女が王女様であることに気づけていない様子だった。
それなら、そもそもの話が異なってくる。
彼女が王女様である、という事実とは別に何か狙われる理由があるのか。
もしくはそういった危うい業界では、彼女の顔は知られているのか。
(あの屋敷に幽閉されてたのって、実はそのためだったりするのか…………?)
いくらサトーとて、そういった可能性に気づくことはできる。
この世界のことはほとんど知らないが、それでも皆が品行方正ではないだろう。
そういった連中が秘密裏にシェルアの顔を知っており、誘拐を目論むことは決して珍しくない。
ただ、この可能性はある点で否定されてしまう。
彼女を誘拐するのではなく、前回と今回の襲撃、その両方が彼女を殺そうとしていた点だ。
そうだとすれば、彼女が殺されないといけない事情が出てくる。
そうなると、シェルアに価値があるのではなく、むしろ邪魔だということになる。
(あの姿、だよな…………)
流石に二度も目撃すれば察しはついていた。
シェルアの例の容姿。
白い髪に宝石のような青い瞳。
なにより虚空から無制限に謎の物体を出現させることのできる正体不明の力。
そのどれもがあまりに彼女と不釣り合いだ。
権能と魔術の法則から外れている上に、彼女自身があの力を明確に自覚していない。
要は制御できていないのだろう。
そう考えれば謎の力を行使した結果、昏倒していることにも説明が付く。
(でもなー、それが一番ハードルが高いんだよなー)
ぐぐっと背伸びをして、大きく息を吐いた。
一番簡単なのは直接本人に聞くことだ。
それが最も適切だと分かっていても、あまり気が進まないのが正直なところだった。
サトーからすればこの旅は、シェルアとリーゼに同行という認識が強い。
なにより出会って日が浅い中で、話そうとしない事を聞けるほど図々しい性格ではなかったし。
聞いたところで、今の自分にできることなんて一つもない。
なにより、あのリーゼが一連の事態を把握できていないとは想像しずらい。
そのうえで説明してこないということは、触れられたくない理由がある。
そう結論付けるのが、ごく自然な着地点だった。
(…………まぁ、無理に話を進めなくてもいいか)
『明星の狼』に滞在している間ずっと考えていたのだが、結局のところ答えは出なかった。
なら、向こうから言ってくれるのを待つしかないだろう。
これから向かう村にいるシャグラ、という男を仲間にしないといけない。
勧誘なんてとんでもなくハードルの高い行為で気は進まないが、リーゼの言うことも一理ある。
期待と不安を混ぜ込みながら、荷車が到着するのを待ったのであった。




