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結局、『明星の狼』の本部を出発するのに一週間もかかった。
理由はシェルアにあった。
サトーが目を覚ましたのはミノタウロスの襲撃の翌日だったが、シェルアが目を覚ましたのはそれから三日も経過した後。
体調におかしな点はなく、ただ眠っているだけ、というのがギルド直属の魔術師の判断だったため、特になにかしてあげられることもなかった。
リーゼは片時も離れることなくシェルアの世話を続け、ザハはあれ以降姿を見せないでいた。
そのためサトーは一人で過ごす時間が多かった。
何をしていたかと言われたら、盾を譲り受けた店の修練所で筋トレをしたり、周辺を散策したり、その他諸々、といえば聞こえはいいが、実際のところは何もしていなかった。
字の練習に時間を割いた結果、ある程度までは理解できるようになったものの、まだ文を読んだり、単語を理解したりといったことはできないでいた。
なにより、例の青年から受けた傷が治っておらず、その痛みであまり何かする気にもなれなかったのも大きいだろう。
「本当に、ご迷惑をおかけしました」
シェルアが目を覚ました、と聞いて、サトーは飛ぶように部屋に向かった。
そこで顔を合わせた途端、シェルアがいきなりそう言ったのだ。
「全然。それより調子はどう?どこか痛いところとかある?」
「ううん、全然平気。なんだか夢を見ていた気がするんだけど、それがどんな内容か忘れちゃったくらい」
「そっか。それならよかった」
にっこりと笑うシェルアはいつもと同じ雰囲気に見えた。
夢の内容を忘れた、と言っても、夢なんて大概は忘れているものだろうし、それほど気にしないでいいと考える。
リーゼは何も言わず、サトーの近くに佇む。
するとシェルアがこう尋ねた。
「それで、これからどうするの?」
「まずはナマク村に行きます。そこでシャグラ、という人物に会い、仲間になるよう説得します」
「仲間?リーゼ、今仲間って言ったの?」
パチパチと瞬きを繰り返すシェルア。
確かにリーゼから仲間って単語を聞く機会の方が遥かに少ないから、反応としては間違いないだろう。
「言っては変でしょうか?」
「ううん!全然!ただ、ちょっとだけ驚いちゃっただけ」
「そうですか。それで、シャグラ、という人物を覚えていますか?」
「シャグラ…………あ、もしかして、あの?」
考え込んだシェルアは、思い出した様子で顔を上げる。
するとリーゼは深くうなずき、こう続ける。
「そうです。あちらは私たちのことを覚えていない可能性があるため、一応はザハ様からの紹介という形で接触しようかと考えています」
「ちょいまち、そのシャグラって何者なの?確か騎士団がどうこう言っていたと思うけど」
思わず会話を止め、そう質問する。
なにせ聞いた話では二人の知り合い、というよりは知っている人物ということになる。
だが、覚えていない、ということはそれほど関わりの深い間柄ではない、ということにもなる。
つまり、よく分からない存在だ。
「我が国では聖剣を扱える人物が必然的に騎士団の団長を務めます。その補佐役、というよりは実質的な団長の役目を果たしているのが騎士団長補佐。シャグラ様は一つ前の騎士団長補佐をしていた人物で、幼いころ何度か会ったことがあるんです」
「すごくいい人で、いっつもお菓子とかお土産をくれた人なんです」
シェルアがそう付け加えると、リーゼは頷き肯定した。
「私は王宮では嫌われていましたが、彼だけは全く気にすることなく接してくれました。戦い方を教えてくれたのも彼です」
「へー、てことは相当に強いんだろうな…………」
なにせあのリーゼの師匠的な存在だ。
それなら心強いし、こちらの事情もある程度理解してくれるだろう。
「だけど、それならなんで覚えていない可能性があるんだ?そんなに仲がいいなら普通覚えてそうだけど」
「彼には多くの教え子がいましたので。なにより、彼はある日突然失踪したらしく、行方が分からなくなっていたそうです。私たちも気にはしていましたが、まさかこんな形で聞くとは思ってもいませんでした」
確かに騎士団の実質的なトップがある日突然いなくなったら確かに大きな騒動になるだろう。
だとすればそれなりに捜索なりされている気がするが、それでも見つからなかったのだろうか。
「とにかく、彼について知っていることは殆どありません。後は実際に会ってみないことにはなんとも」
「そっか。ま、とりあえずシェルアが目を覚ましてくれてほっとしたよ」
そう言ってシェルアに笑いかけると、シェルアも慎ましい笑みを浮かべた。可愛い。
その後、三人で今後の日程の調整を進めた。
シェルアはなんともない、と言っているが、最低でも三日は様子を見たほうがいい、というリーゼの提案に折れ、そこから三日間ほど穏やかな時間を過ごすことになった。
出発の日、三人は受付に座っている女性からメモを受け取ると、本部を後にするのだった。




