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眼前で起きたであろう惨劇に、ザハは思わず言葉を失っていた。
(ひでぇ有様だ…………)
彼を囲んでいた全てのミノタウロスを倒し、ここに駆けつける途中で見つけた冒険者の手当てと救助の知らせを飛ばし、ふと目に入ったそれを目指して駆け寄ったのがほんの少し前の出来事。
そこはあまりに異質な光景だった。
ミノタウロスは倒すことで頭に生えている角を一本落とす。
だからきっと、近くに落ちている角はそれで間違いないだろう。
血まみれで倒れているサトーも無傷のシェルアも、見た目はかなり問題だらけだが息があるから何も問題ないはずだ。
サトーは恐らく権能の反動と考えるのが妥当だろう。
適当に髪を短く切っておけばいい。
問題は乱立する赤い石の塊と、はるか遠くまで続く白濁色の宝石の柱だった。
一体何をどうしたらこんなものが現れるのか皆目見当がつかなかったが、そこでザハは言われていたことを思い出す。
「…………こりゃ確かに、人目に付いたらマズいわな」
こんなオブジェクト、というかトラップはこのダンジョンにはない。
となればこれを起こした本人は間違いなく彼女で間違いない。
あの時は話半分で聞いていたが、まさか本当だったとは一ミリも思っていなかった。
「とりあえず、これを処理する前に、だ」
そう呟くと、ザハは手に持つ『虹の剣』に力を込める。
そして一息で前方、宝石の柱の先端へと飛ぶように近づいた。
「…………ん?」
柱はダンジョンの外壁で止まっていた。
止まった、というよりは突き刺さった、というほうが正しいだろう。
外壁はひび割れ、何かを突き刺したような跡が見える。
なにより、誰かの血痕がそこに残されていた。
「この量、下手したら致命傷だぞ…………」
周囲を確認すると、少し離れた位置に誰かの腕が転がっていた。
薄気味悪く思いながらも、腕に近づき手に取って確かめる。
(男、だけどかなり細いな。てことは一人じゃないってことか…………)
出血の量を見た限り、当分は動けないくらいの出血をしている。
しかも止血せず動いていたら血痕が残っているはずだ。
そうではないということは、誰かが助けたか、自力で出血を止めたか。
(後者はねぇな。血を止める魔術が使うより、腕を繋ぐ魔術を使う方が効率がいい)
無論技量や本人の魔力量を考慮すれば可能性は低いが、そもそも致死量の出血をしているのに、的確にそれを止血し、かつ痕跡を残さないで逃走する。
それができるほどの技量があるのなら、先に腕を繋いだ方がよほど早いし簡単だ。
そうしなかったのには、そうできない理由があったか。
もしくはそれを失っても何も問題がないかのどちらかだろう。
「なるほど、な…………」
ザハは腕を眺め終えると、適当に藪に投げ捨てる。
そして立ち上がると、近くの宝石の柱に触れた。
(それなりの強度もある、か。ったく、撤去するには骨が折れそうだな、オイ…………)
悪態をつきつつ思案していると、遠くから近づく存在に声をかけられる。
「お疲れ様です」
「おう。そっちはどうだ?」
「とりあえずは問題ないそうです。あとはあの二人だけだと」
現れたリーゼは息一つ乱れておらず、ミノタウロスが現れた時と同じ様子でいた。
それを眺めていたザハは、少しだけ億劫そうな表情を浮かべる。
「それも問題なしだ。どっちも権能使い果たして倒れてるよ」
「これがある、ということはそういうことなのでしょうね」
リーゼは宝石の柱に片手を添え、渾身の力を込め粉々に砕く。
柱は連動するかのようにひび割れていき、最後は塵となって消えてしまった。
ザハは感心した様子で口笛を吹くと、こう尋ねた。
「そういや、シェルアはともかく、サトーが権能を使ったって思うんだな」
「?どういう意味ですか?」
「いやなに、シェルアはともかく、サトーは本人を確認しないと分からねぇだろ?それなのにアンタはまるで知っているかのような口ぶりだからさ」
聞かれたリーゼは、さながら細事であるかのように小さくため息をついた。
「あの男のことです。どうせ自らの命を犠牲にしてお嬢様をお守りしたのでしょう。そういう意味では、私は彼のことを信頼してますので」
はたりと止まったザハは、思わず笑みを浮かべてしまう。
「ったく、素直じゃないな、アンタ」
「事実ですので。認めたくはありませんが」
リーゼの口ぶりはさも当然のような言い方だった。
ここ数日のやり取りを見ていても、リーゼはサトーのことを快くないと思っているかのような態度であったし、事実、基本的に対応が雑だった。
そこだけを切り取れば関係は良好ではないと見えるし、恐らくサトーもそう思っているに違いない。
だが、今のやりとりはまさにそういうことだった。
そしてそのことを、彼女は彼に伝えるつもりはないらしい。
「…………ホント、一緒にいても退屈しねぇな」
どこか懐かしさを感じながらも、ザハは嬉しそうにリーゼの後を追うのだった。




