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「そ、んな…………」
シェルアが思わず息を呑んだ。
サトーの腹部に深々と刃物が刺さっているのだ。
刺したのは青年の足に握られた刃物。
組み伏せられた体勢のまま、彼はサトーに攻撃をしていた。
(人間、なの…………?)
骨格的に決して不可能ではない行為ではあるが、それでもその光景は人間がするには無理のある格好だった。
腰を中心にぐにゃりと折れ曲がった体はまるで蛇のように見える。
「手だけじゃなくて足も使えたら倍楽しめるかなって思ったんだよね」
悪戯がばれた子供のような無邪気な声で、何度も何度も何度も腹部を刺す。
そのたびに血が噴き出し、口元からは血がしたたり落ちていた。
だが。
「…………あれ?」
「…………」
「あれれ?あれれれれれれれれれれ?」
両手を抑える拘束は離れることはなく、段々と力が増していった。
額には血管が浮き出ており、目は血走っている。
口に溜まっていた血を吐き出すと、顔をぐっと近づけた。
「生憎と、俺は死なない体質でな。こんなんじゃ離さないんだわ」
にやりと、血を含んだ笑みを浮かべた。
『不死』の権能。
青年の放つ攻撃は全てが致命傷。
だからこそ、彼は死なずに済んでいる。
その摩訶不思議な現象を目の前にして、青年は満面の笑みを。
ずっと探していた宝物を見つけたかのような恍惚の笑みを浮かべた。
「あはははははははははははははは!やった!やった!やった!」
そう叫びながら、青年は何度も何度も何度も何度も刺し、斬りつけ、抉った。
その度に灼熱のような激痛と共に視界が点滅するが、それでもサトーは拘束を緩めることをしなかった。
(耐えろ俺…………!これで手を離したら、いよいよ何もできねぇんだ!それに、シェルアを守れてたのはコイツが遊んでくれたおかげだ!本気を出されたら、俺じゃ足止めもできねぇ!!)
時間を稼げばリーゼが助けにくるかもしれない。
ザハが人員を呼んで応援に来てくれるかもしれない。
それなら、それまでの間、こいつをここに留める。
シェルアに手出しさせなければ、サトーの負けは絶対にありえない。
意地の張り合いで、負けるわけにはいかない。
(譲らねぇぞ、オラァ!!)
ありったけの力を込めて両手を地面に押し込む。
感覚なんてまるでないけれど、それでも力を緩めることはしなかった。
できない理由がなかった。
だからこそ、近くで起きていた異常事態を知ることができなかった。
それはある意味で最も最悪で、あってはいけない事態。
他のどのことよりも避けないといけない、最悪の事態。
ズン、という地響きがした。
直後、恍惚とした表情が焦燥に変化すると、青年は足で握っていた刃物を捨て、両足を畳むとサトーの胴をめがけて思いっきり蹴り上げた。
的確に喰らったサトーは踏んばることができず、宙に吹き飛ばされ地面に落下する。
地響きの正体は数体のミノタウロスだった。
どうやらここでの戦闘に気付いたのか近づいてきたらしい。
あれがどの程度強いのかは分からないが、少なくとも万全の状態でも勝てる要素はない。
しかも度重なる権能の行使で、サトーはいつ倒れてもおかしくない状態だった。
「…………シェルア、は…………」
視線を動かすと、何かが目に留まった。
シェルアだ。
但し、先ほどまでのシェルアではない。
「冗談、だろ…………?」
真っ白な髪にサファイアのような瞳。
間違いなく、あの日のシェルアだ。
一体何が条件でこうなったのかまるで理解できないが、少なくともあの日と同じ状態だということだけは間違いない。
違いは二つ。
一つはサトーがギリギリ動ける点。
もう一つは、ここは人の目がすぐ近くにあるダンジョンだということだ。
「まずい…………!」
あれが何なのか分からないが、少なくとも人の目に入ってはいけない代物のはずだ。
その証拠に、あの日できた石の柱は跡形もなくなっていた。
恐らくリーゼが片付けたのだろう。
そういった対応をしたということは、きっとそのままにしておけない何かがあるはずだ。
そう考え、足をひきずりながらもなんとかシェルアに近づく。
だが、彼女の方が早かった。
静かに、ゆっくりとミノタウロスに向けて手をかざした直後、ミノタウロスの胴体を縦に引き裂くように宝石が出現した。
色は赤。
どことなくルビーに似たそれは、またしても一瞬で姿を現した。
「けひゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」
直後、けたたましい叫び声と同時に斬りかかる人物がいた。
先ほどまで戦っていた青年だ。
ついさっきまでの余裕はどこにもなく、瞬く間に背後を取ると右の腕で刃を振りぬこうとしていた。
「──────」
しかし、刃物が持ち手を残して焼失し、その直後彼の姿は宝石の塊にかき消された。
宝石でできた細長い柱が彼を捉え、周囲の地形をえぐりながら吹き飛ばしたのだ。
一秒にも満たない時間で起きたそれは、サトーの目からは青年が宝石になったかのように映った。
ふと目が合い、互いに動きが止まる。
なんとか近づくことはできたものの、まだ五歩ほどの距離がある。
なにより、これ以上近づいたところでできることがない。
(考えろ…………)
この状態を解除できた時。
(考えるんだ…………!)
俺は一体、何をした?
「……………………まさか、な」
重たい足をなんとか引きずりながら、サトーはシェルアに近づくと。
そっと頭に触れてみた。
「…………ッ!」
血まみれの手で触れることに気づかず、震えていることを悟らせないように全身に力を籠める。
そのまま数回、優しく撫でる。
すると、あっという間に髪の色が元に戻り、光を放っていた瞳も元に戻った。
そしてシェルアの言葉を聞く前に、サトーの意識は急速に落ちていく。
二度目でありながら、それでも耐えることはできなかった。




